第90話 少女たちの実力2
「すごいよエステル! たった半年でよくあそこまで……」
俺は戻って来たエステルの手を取り、叫んでいた。
「そんな、わたしなんてまだまだです……」
顔を赤くして俯いてしまうエステル。可愛い。
「いやいや、大したものだよ。あれならそこらの魔物は敵じゃない」
聞けば、彼女のレベルは14。
俺たちと同じじゃないか。
「ひょっとして、魔物と戦ったりもしてる?」
「はい。領内で、少しだけですが……」
どうやらカエデさんによって、実戦の訓練もしてるらしい。
なんてスパルタ教育!
それについていってるエステルは、どれだけ頑張り屋さんなんだろうか。
……う。ちょっと涙が出てきた。
しかし、エステルがこれだけ戦えるなら、編成もよく考えた方がいいかもしれない。
正直なところ、これまで俺は、彼女に封術士の二人と同じ後衛にいてもらうつもりだった。
なぜなら、そこがうちのパーティーで一番安全なポジションだからだ。
だけど彼女の戦いぶりを見た今、その考えを改めるべきじゃないかと思い始めている。
エステルは薙刀を使うだけあってリーチが長い。
逆に言えば、長物なので至近に仲間がいると武器を振るいにくい可能性がある。
いざ敵に襲われた時に自らの身を守るのに支障が出たら、本末転倒だ。
それなら中衛か、場合によっては前衛で、追撃や斬り込み役をやってもらった方がむしろ安全かもしれない。
隣に俺がいれば、すぐにカバーに入ることもできるし。
…………下心なんて、ないぞ?
「まあ、何度か戦って一番いい形を探すしかないか」
俺のひとり言に、エステルは小さく首を傾げた。
直接攻撃組の手合わせが終わったところで、俺たちは練兵場の端にある、封術の訓練エリアに移動する。
まあ特に大した施設があるわけではないけれど、標的にするための特殊な案山子(かかし)が二体立っているのだ。
この案山子は封術で防護処理が施されていて、物理攻撃には弱いけど封術にはある程度の耐性を持っている。
俺はカレーナとエリスを呼ぶと、標的の案山子から二十メートルほどのところに引かれた白線のところに連れて行った。
「このラインから、同時に詠唱をはじめて得意な術を撃ってみてくれ。詠唱時間や威力を見たい」
「なんでもいいの?」
エリスの質問に、ちょっと考える。
「……できれば、同じ属性の似たような術にしてもらえると、比較しやすいんだが」
「いいわ。……カレーナ、あなたが使えるのは?」
「各属性の初級攻撃封術は一通り使えるよ」
さらりと返すカレーナ。
だけど俺は知っている。
彼女は冬の間に結構な時間をかけて練習し、新たに二つの封術を使えるようになっていた。
今、攻撃に使える封術は『火球(ファイアボール)』、『氷槍(アイスランス)』、『雷撃(サンダーボルト)』、『風刃(ウインドカッター)』、『石弾(ストーンバレット)』の五つ。
最近の戦闘では、これらを様々な状況で試して使い勝手を検証してくれていた。
『ちょっと悪ぶってるはいるが、根は真面目で面倒見がいい』というのが、彼女に対する俺の評価だ。
そんな彼女に、エリスは驚いたようだった。
「冒険者用の短期コースでは、『灯火(トーチ)』と一属性の初級攻撃封術のマスターが卒業要件じゃなかったかしら。カレーナ、あなたまだ卒業して一年しか経ってないわよね?」
「在学中に火と水、ボルマンのとこに来てから雷と風と土の初級をマスターしたんだよ」
ちょっとドヤ顔のカレーナ。
気は強いし口も悪いけど、可愛げがあるんだよな、こいつ。
それにまあ、確かにこの一年の努力は誇っていいと思う。
俺から見てもよく頑張ってたし。
父さんも誇らしいぞ!
俺は温かい目でカレーナを見守った。
「……なんだよ」
「え?」
カレーナがジトっとした目で俺を見る。
「そうニヤニヤされると、正直キモいぞ? さてはいよいよ私を毒牙にかけようと……」
「しとらんわ!!」
ふーん、と悪そうな笑みを浮かべるカレーナ。
「まあ、二十年くらいしてダンディな大人の男になってたら、考えてあげなくはないかな」
カレーナは「はあ、やれやれ」といったように首をすくめる。
「なんだその上から目線。お前こそ、もうちょっと大きくなってからだな……」
そう言いかけて、カレーナの向こうで何やらひそひそやっている二人の少女に気づく。
「大きいのがいいんですって。男ってやあね。私も気をつけないと」
「ボルマンさまは、やっぱりオトナな体型の女性の方が好みなんでしょうか……?」
ゴミを見るような目をこちらに向ける伯爵令嬢(エリス)と、泣きそうな瞳で呟く婚約者(エステル)。
「だあっ、勝手に変な補足をしないでくれ!」
くそ。
エリスのやつ、分かって遊んでやがる。
ーーこのあと、エステルに釈明して慰めるのが大変だった。
「わたし、頑張りますっ」
「いや、頑張らなくていいから。そのままの君でいて」
なぜかカレーナまでどよ〜んとしてたが、俺はフォローしないぞ。
自業自得だ。
演習場に二人の少女が立っている。
言うまでもない。カレーナとエリスだ。
俺は少し離れたところに立ち、彼女たちの準備を待っていた。
傍らではスタニエフが小さなイスに腰掛け、同じく小さな卓の上で、糸で吊ったコインを揺らしている。
「それじゃあ、いくぞ!」
彼女たちに声をかける。
そして、二人が頷いたところで、掲げていた腕を振り下ろした。
「はじめ!!」
掛け声とともに、二人が詠唱に入る。
スタニエフは振り子が振れるごとに、木炭で紙にカウントを刻む。
少女たちの前に二つの光環が現れ、詠唱とともに封術陣に理解不能な文字が刻まれていく。
それは、違う世界から来た俺にはとても幻想的な光景だった。
そして、一つの封術陣が完成する。
「『火球(ファイアボール)』!!」
カレーナが右腕を突き出し叫ぶと同時に、手の中の封力石から封術陣に向かって青白い光が吸い込まれ、封術陣の中心からバスケットボール大の火の玉が放たれた。
「スタニエフ?!」
「やってます!」
カレーナが術を発動すると同時にスタニエフは長い線を引き、発動のタイミングを記録していた。
ーーそして、カウントを続ける。
火の玉はグルグルと回転しながらゆっくり飛んでいき、標的の案山子にぶつかるとボンッと爆発した。
案山子は一瞬火に包まれるが、耐封術処理のおかげですぐに鎮火する。
その直後、エリスの封術陣も完成した。
「『破裂火炎弾(バースト・ファイア)』!!」
ドンッ!! という衝撃とともに、封術陣から赤く輝くテニスボール大の炎弾が放たれ、一直線に標的に向かう。
それは一瞬のことだった。
ドォオオオオン!!!!
標的に着弾した炎弾が破裂。
カレーナの火球の数倍の威力の爆発があたりを蹂躙した。
標的の案山子は無残にも四散。
爆発の余波で、カレーナの方の標的も片腕を持っていかれたのだった。
「「「…………」」」
皆、開いた口が塞がらなかった。
辛うじてカレーナから「なんて威力……」という茫然自失の呟きが聞こえたくらいだろうか。
そんな中、一人涼しい顔で口を開く元凶。
「ざっとこんなところね。……しかしボロい案山子ね。買い換えたら?」
それを聞いた俺の中で、何かがぶちっと切れる音がした。
「…………しろ」
「え、なに?」
聞き返すエリス。
「弁償しろっ! あれ、高いんだぞ? なのに二体とも壊しやがって……。お前が弁償しろぉっ!!!!」
俺は涙目で絶叫した。
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