第84話 エステルのお家、そして来訪者
エリスとの話し合いを終えた俺たちは、これから女の子二人が住むことになるエステルの家の前に来ていた。
屋敷としてはこじんまりとしているが、家として見れば十分大きい。
この別邸は、我がエチゴール家が土地を提供し、エステルの実家・クルシタ家が上物を建てる形をとっている。
当然うちは間取りについてはノータッチだ。
「ええと……。本当に、お邪魔しちゃっていいのかな?」
先導するエステルの背中に呼びかける。
玄関の扉の前に整列する、六名の使用人。
カエデさんを始めとする住み込みのメイドと料理人たちだ。
彼らはクルシタ家の使用人で、今はエステルを出迎えている。
正直、ちょっと入りづらい。
「もちろんです! ぜひ一緒に見て行ってください」
振り返ったエステルの笑顔が眩しい。
「いや、でも、女の子の家に上り込むのは……」
自慢じゃないが、前世でも今世でも女の子の家に上がったことなんて一度もない。
あ、ミエハル領に行った時はお邪魔したか。でもあれは『ミエハル子爵の屋敷』って感じだったしなあ。
エステルの家に上り込むのは、使用人の皆さんの視線も相まって、なんかこう、気まずいというか、なんというか……。
躊躇している俺に、横から呆れたような声が飛んで来た。
「あれだけ他人の前でイチャついてるのに、今さら何をためらってるのよ」
言うまでもなくエリスである。
「い、イチャついてなんかないわ!」
「あー、はいはい。あなたたちにとっては、あんなのイチャついてるうちに入らないわよねー」
そう言って、はあ、やれやれ。とでも言うように首をすくめる天災少女。
くっ、男心の分からん奴め。
ほら、エステルも真っ赤になってるじゃないか!
「あの、ボルマンさまはわたしの未来の旦那さまですし、わたしもぜひ一緒に中を見て頂きたいなって……」
頰を染め、俯きながら恥ずかしそうに呟く婚約者。
ああ、もう!
愛し過ぎて鼻血ふきそうだわ!!
俺は彼女の手をとった。
「分かった。それじゃあ遠慮なく上がらせてもらうよ」
「……はい!」
輝く笑顔に、俺が沈没しそうです。
実際に中に入ってみると、エステルの家は外から見た以上に広かった。
小さいながらも客間や談話室など、貴族の屋敷として必要な部屋が揃えられていて、裏には使用人用の別棟まで建てられている。
正面向かって右側の二階のつきあたりがエステルの部屋。
その反対側がエリスが借りることになった来客用の客室だ。
どちらの部屋も俺の部屋の倍近い広さがある。
すげー。
エステルの馬車に先行し、一昨日のうちにダルクバルト入りしていた使用人たちは、二日で屋敷を使える状態に整えていた。
おかげでエステル達は、もう今日からこの家で寝泊まりできるらしい。
家の見学を終え、談話室でお茶を頂いていたところに、カエデさんがやって来て一礼した。
「失礼致します、ボルマン様。どうやら本邸にご来客があるようなのですが」
「来客? 僕に???」
「はい。ボルマン様と……あと、エステル様もぜひに、と」
こっちの世界に来てはや半年。
豚父ではなく、俺を訪ねて来た者などあっただろうか? いや、ない。
なんせ人望が壊滅的な子豚鬼(リトルオーク)だったからな。威張ってる割に権力なかったし。
その俺に来客だって?
「ええと、心当たりがないんだけど。客の名前は分かる?」
「オルリス教会・史跡調査部の、ラムズ様とジクサー様と名乗られておりますが」
オルリス教会の史跡調査部?
なんじゃそりゃ。
「エステル、聞いたことある?」
向かいのソファのエステルに尋ねるが、彼女も首を傾げる。
「クルスのオルリス教会にはいくらか存じ上げている方もいらっしゃいますが『史跡調査部』という部署と、今伺ったお二人のお名前は、わたしも心当たりが……。お役に立てなくて申し訳ありません」
申し訳なさそうに頭を下げるエステル。
「ああ、いや、謝らなくていいよ。ひょっとして君の知人かも、と思っただけだからさ」
そう言って笑いかけると、彼女は顔を上げ、困ったように微笑んでくれた。
「仕方ない。とりあえず会ってみるか。……君はどうする?」
「もちろんご一緒します」
即答するエステル。
「分かった。……エリス。そんな訳で、俺たちはちょっと席を外すけど」
「どうぞ、ごゆっくり。私に気を遣わなくてもいいわよ。荷ほどきでもしてるわ」
「分かった。じゃあ行こうか、エステル」
「はい!」
こうして俺とエステルは、カエデさんとともに本邸に向かったのだった。
本邸の応接間で俺たちを待っていたのは、二人の男だった。
「これはボルマン様、エステル様。突然の訪問にも関わらずご挨拶の機会を設けて頂き、ありがとうございます」
そう言って上品に挨拶する中肉中背の眼鏡の男。
隣のゴツい若者がそれに合わせて立礼する。
二人の服装が思っていたもの……聖職者のそれとは異なり、少し驚く。
先に声をかけてきた眼鏡の中年男性は、昭和の学者のようなブラウン基調の洋装。
隣に控える若者は革の鎧を身につけており、こっちはまるで冒険者のような風体だ。
「オルリス教会の方だと伺ったが?」
俺はエステルが隣に腰掛け、カエデさんが彼女の後ろに控えるのを待って、話を切り出した。
「はい。私はラムズ、この者はジクサーと申しまして、オルスタン神聖国のオルリス教会本庁から参りました。まあ教会関係者とは申しましても、私どもが働いている『史跡調査部』は遺跡の発掘やら古文書の解読やらといったことが主な仕事です。いわゆる考古学の研究者と思って頂ければ差し支えないと思います」
なるほど。
それで学者然としているのか。
「それでその研究者の方が、父ではなく、私や私の婚約者を訪ねて来られるというは、一体どういったご用向きですか?」
俺が今まで教会と接触を持ったのは、カレーナの奴隷契約の時だけだ。
転生前の記憶を含め、それ以外の関わりはないはず。
なのに、なぜ俺とエステルのところに挨拶に来たのか。
こちらの訝しげな視線に気づいたのか、ラムズと名乗る眼鏡の男は慌てて両手を振った。
「ああ、いえいえ。お父上には昨年、一度ご挨拶させて頂いております。その時は『テナ村の伝承の調査をさせて頂きたい』ということでご挨拶させて頂いて、ご快諾を頂きました」
え、うちに来たことがあるの?
俺、知らないんだけど???
「昨年の春頃でしたか。確かボルマン様は隣村を訪問されていて、残念ながらご挨拶させて頂くことができませんでした」
なるほど。
ボルマンの留守中に来た訳か。
あとでクロウニーに詳しく聞いておこう。
あと、今気になることを口にしたな。
「『テナ村の伝承』ですか?」
「はい。私どもが書庫に保管しておりました古い旅行記に、こんな記述がありました。『村の伝承に曰く、心清らかなりし者、湖中に天界を見ん、と』」
その言葉に、俺は固まった。
背中を嫌な汗が流れる。
この二人、まさかあの湖の神殿を探索しに来たんじゃないだろうな?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます