第61話 ダルクバルトを行く

 

「それじゃあ、明日から領内(うち)の村を見てまわろうか。体力的にキツければ途中で切り上げるということで」


 ボルマンさまの提案に首肯します。


「はい。ご迷惑でなければ、ぜひお願いします」


「迷惑じゃないよ。君と一緒に見てまわれるなら、全然手間じゃない」


 自然にそんな言葉が出てくるボルマンさまは、やっぱり女たらしに違いありません。


 なんだか頰が熱くなってきました。


「エステルのことを領民(みんな)に知ってもらういい機会だし、僕も楽しみだよ」


 そう言ったところで、ボルマンさまは「あ……」と口を開かれました。


「どうかされました?」


 首をかしげるわたしに、ボルマンさまは申し訳なさそうな顔をされます。


「ええと……前に言ったように、うちの領内の道は土を踏み固めただけの簡単なものなんだ。石畳じゃないから馬車が滅茶苦茶揺れる。酔ったり、腰が痛くなったりするかもしれない」


 そういえばわたしは、舗装されていない道で馬車に乗ったことがありません。


「村々への移動は、どのくらいかかるのですか?」


「馬車で行くと半日くらいだね」


 わたしは、ぽん、と手を打ちます。


「それでしたら、皆で馬で移動するのはいかがでしょう?」


「はい???」


 ボルマンさまは珍しく驚いて訊き返されました。




「馬車で半日ならば、馬車を使わず馬で移動すれば、二、三時間で着く距離ですよね」


「いやいやいやいや。ちょっと待ってエステル。君、馬に乗れるの? 貴族の女性で馬に乗れるのって、珍しいと思うんだけど」


 確かに、乗馬は貴族の男性には基礎的な素養ですが、女性で嗜む方は滅多におられません。

 お転婆なイメージがついたり、噂されるのを嫌がられる方が多いからです。


「わたしも先日まで、乗ったことはおろか触れたこともなかったのですが。カエデから『馬も乗れなくてダルクバルト男爵家の嫁が務まるのですか』と言われてしまって……。今は移動するだけであれば、半日程度は乗っていられるようになりました」


「カエデさんが……。それは大変だったろう」


 わたしは首を振ります。


「最初は抵抗がありましたけど、今では大好きになりました。実はこちらに伺うのも、半分くらいは馬に乗って来たんですよ。ですから明日の移動も大丈夫です」


 こぶしを握り、ふん、と力を入れると、ボルマンさまは笑って頷かれました。


「分かった。君がそう言うなら、明日は皆で乗馬して行こう。ただし、魔物が現れた時はすぐに距離をとるように。まあ、うちの護衛もつけるし、カエデさんもいるから問題はないだろうけど」


 こうしてわたし達は、乗馬してダルクバルトを巡ることになったのです。





 翌日。

 朝食を終えたわたし達は、ペントの街を出発しました。


 向かう先はペントの東、狭間の森の入口にあるオフェル村です。




「やっぱり、この地(ダルクバルト)は豊かですね」


「土地だけはたくさんあるからね」


 わたしの言葉に、隣を行くボルマンさまが苦笑されます。


 麦や野菜の畑の向こうに、なだらかな丘が続いています。

 丘ではブルーベリーやブドウなどを栽培しているようでした。


「いえ、果樹も元気に育ってますし。こちらに来るまでいくつも領地を見て来ましたが、やはりダルクバルトの豊かさは群をぬいていると思いますよ」


「そうか。エステルが太鼓判を押してくれるなら、間違いないんだろう。そうなると、やはり物流と保存の問題をなんとかするところからかな」


 ボルマンさまは目を細めて遠くの畑を見つめられました。




「ねえエステル。ミエハル領では遠方から野菜を運ぶ時に、何か工夫をしてる?」


 しばらくのんびりと馬を歩かせ、周囲の畑が途切れて草原に出たところで、ボルマンさまが尋ねてこられました。


「工夫、ですか?」


「うん。枝道の整備は馬車を迅速に目的地まで移動させる工夫だと思うけど、例えば野菜を運ぶ時に、揺れや気温の変化で商品が傷まないようにする工夫とかあるのかな、と思って」


「どうでしょう。よく言われる話として、凍らせると長持ちする、という話は聞いたことがあります。王族の方は封術を使って冬の間にイチゴやオレンジなどを凍らせておき、夏に溶かして食されるとか。ですがミエハル領でそのようなことをしている、という話は聞きませんね」


 わたしが領内で目にする輸送風景は、荷馬車や幌馬車に野菜を山積みにして運ぶ、というものです。

 工夫は……あまりしていない気がします。


「そうか。まあ封力石は高価だし、コストを考えれば封術で冷凍保存なんて、なかなかできることじゃないよね」




 ボルマンさまの言葉にわたしが頷いた時でした。


 前を進んでいたジャイルズさんが、急に馬を巡らせてわたしたちのところにやって来られました。


「坊ちゃん、魔物だ。前方に野犬(ワイルドドッグ)の群れがいる」


「数は?」


 即座にボルマンさまが訊き返されます。


「五匹。……なんだが」


 歯切れの悪いジャイルズさん。


「どうした?」


 ボルマンさまの問いに、ジャイルズさんは苦い顔をされます。


「奴ら様子がおかしい。群れの中で争ってるように見える」


「なんだって?」


 ボルマンさまは顔を上げ、前方を睨まれました。

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