第48話 隠密スキルと賭けの結果
カレーナが「スリLv5」というスキルを持っていることは前述した。
「スリ」はユグトリア・ノーツにも存在するスキルで、ゲーム内では、戦闘中、敵を攻撃した際に一定確率でアイテムを盗めるスキルとされていた。
魔物相手にも人間相手にも使用でき、もちろんレベルが高いほど成功確率は高くなる。
ただ、この世界ではちょっと違うらしい。
カレーナに尋ねたところ「魔物相手に『スリ』なんて聞いたことない」という返事が返ってきた。
まあ現実にはそうだろう。
ちなみにスキルの取得条件もゲームとは違うらしい。
ゲームでは「さす魔手袋」という腕装備を着用して物理攻撃を繰り返すことでスキル取得できたが、カレーナに尋ねたら「その……昔、色々あったんだよ」と言いづらそうにしていたので、それ以上は訊かなかった。
紳士だからね。
今回、美術商を尾行するにあたり真っ先に浮かんだのが、彼女のこのスキルのことだった。
スリのスキル。
一言で言うと、サイフを頂戴するスキルだが、実際にはそう単純な技術ではないだろう。
まず、人波に違和感なく溶け込む技術。
次に、目標に目立たず接近し、接触する技術。
一瞬でサイフを抜き取る手先の器用さ。
速やかに追っ手を撒く逃走技術。
ちょっと考えるだけでも、様々な技術の複合スキルであることが分かる。
そしてこれらの技術は、尾行に必要な技術とかなりの部分で被る。
で、あれば、スリLv5のスキルを持つカレーナが尾行の訓練を続けていれば、短期間に尾行関係のスキルを身につけられるのではないか。
頭にあったのは以前スタニエフが取得した「盾」のスキルのこと。
あの時スタニエフは、繰り返し盾で剣撃を防ぐ中で、ユグトリア・ノーツには存在しないスキルを取得した。
尾行に関するスキルなどゲーム内には存在しなかったが、ひょっとしたら、という予感があったのだ。
そしてそれは正しかった。
街中で尾行の訓練をしてもらうことわずか二日。
カレーナは見事「隠密Lv1」を取得していた。
調子に乗ったカレーナは、さらに様々な領民を尾行、あげく我が屋敷に様々な方法で侵入を試み、瞬く間にそのスキルレベルを4まで引き上げてしまう。
まあ、来たる本番のことを思えばスキルレベルの上昇は喜ばしいことなのだが、調子に乗りっぷりがなんとも危なっかしい。
っていうか、うちの屋敷の警備はどうなってるのかね。
彼女の進入に気づいて捕らえることができたのは、クリストフだけだったんだが。
話を戻す。
さて、この隠密スキルだが、一体どんな効果があるのか。
ステータスを確認したところ、Lv4では「他者からの認識率−40%」とあった。
なんのこっちゃ、である。
額面通り受け取れば「意図的に自分の存在感を薄くできる」ということだろうか。
そんな馬鹿な。
そこで検証のため、カレーナに色んなことを試してもらった。
玄関ホールの片隅につっ立ってみたり。
廊下に並んでいる彫刻の横に並んでみたり。
厨房に勝手に入って行って、料理人たちの横で皿洗いをしてみたり。
要するに、屋敷の中で「隠れないかくれんぼ」をしてみた訳だ。
結果は驚くべきものだった。
日常の中で彼女の存在に気づいた者は、二人だけ。
クリストフとクロウニーを除く全員がカレーナの存在に気づかなかった。
それはまるで、道ばたに落ちている石ころのように。
もう自称ネコ型なロボットのひみつ道具のような異常さである。
スキル怖ぇえ!!
ないとは思うが、気の迷いで悪用してしまうことを防ぐ為、カレーナには「ボルマンの指示、命令の遂行上、必要と認められる時以外、使用禁止」と言っておいた。
彼女は俺との奴隷契約によって縛られている為、俺が禁止したことは絶対にできない。
……らしい。
前に契約の儀式を引き受けてくれたオルリス教の神父がそう言っていた。
今回の尾行は俺(ボルマン)の指示によるものだから、スキルを思う存分使えるはずだ。
「……という訳だ」
ジャイルズとスタニエフに一通り経緯を説明したところで、ようやく料理が出てきた。
皆でそれをつつきながら、俺はカレーナに釘をさすことにする。
「色々試してみた結果、相手が余程警戒してない限り、尾行に気づかれることはないと思う。あと、低レベルなら魔物をやり過ごすこともできるだろう」
うちの猟犬も、十メートルくらいに近づくまで彼女に気づかなかった。
どうやら「隠密」はにおいも抑えたりできるらしい。
ニンニク料理を食べた後にも重宝しそうなスキルだな。
「だが逆に言えば、警戒して周囲を観察している高レベル者には看破できるとも言える。くれぐれも無理はしないようにして欲しい」
「だいじょーぶ。わたしがヘマする訳ないでしょ?」
いや、ヘマしたからここにいるんだろ、お前。
「なんか言った?」
カレーナがじろりと睨む。
「……ごほんっ。とにかく、最優先はお前の安全だ。無事帰還するように」
「分かってますって。結果を楽しみに待っててよ」
カレーナはそう言って不敵な笑みを浮かべた。
…………不安だなあ。
翌朝。
宿の食堂で朝食をとった俺たちは、カレーナと別れて出立した。
ジャイルズ、スタニエフと共にテンコーサの市門を出て、一路南へ。
途中、もはや障害物(ザコ)でしかないゴブリンとホブゴブリンの群れを屠り、更に南へ。
速やかに移動できたおかげで、昼前にはミモック男爵領モックルの街に到着した。
「さて。どうかな?」
街の食堂で腹ごしらえをした俺たちは、モックルの北門に近いところまで来ていた。
門横にある停車場の様子を、少し離れた建物の陰から窺う。
停車場には二台の幌馬車が待機し、乗客と思しき商人が数名、乗車待ちをしていた。
「あ! あれ、そうじゃねーか!?」
声をあげたジャイルズに、静かにするよう口に人差し指を当ててみせ、彼の視線を追う。
そして、確認した。
「……諸君。どうやら我々は賭けに勝ったようだ」
まごうことなき例の美術商がそこにいた。
売れ残ったであろう美術品を馬車に積み込むよう、人夫に指示を出している。
スタニエフが小さく笑う。
「あれだけ荷物があれば、そう簡単には見失わないですね」
「ああ、そうだな。あとはカレーナに任せよう」
彼女には、商人ギルドの郵便システムを使って毎日、状況報告の手紙を出すように言ってある。
ダルクバルトに届くのは四日に一度だが、何かあった時の手がかりにはなるだろう。
何もないことを願ってるけどね。
こうして俺たちは、カレーナに後を託し、ペントの街に戻ったのだった。
二日後の夕方。
カレーナから一通目の手紙が届いた。
その手紙は俺たちと別れた翌日、つまり昨日書かれたものらしい。
一枚きりの手紙には、汚い字でこう書かれていた。
『王都方面。同乗する』
馬車に乗る直前に走り書きし、こっち方面の定期便に手紙を託したのだろう。
どうやら彼女は無事、ターゲットと同じ馬車に乗れたようだ。
昨日の昼に王都方面の馬車に乗ったということは、昨日中にタルタス男爵領タルタスに到着。
今頃は、ターゲットの目的地がタルタス領ならそこに。
更に王都方面に向かったなら、ミエハル子爵領に入っているはずだ。
次の連絡は四日後になるだろう。
すごく心配だが、今はカレーナを信じるしかない。
俺は祈るような気持ちで、自室の窓から夕焼けの朱に染まる空を見上げたのだった。
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