第28話 騎乗突撃
領兵の三人が荷台から降り、前を行く父親(ゴウツーク)が乗る馬車に向かって駆けてゆく。
俺は荷台から御者席に移ると、御者の隣に立ち状況を確認した。
左前方にせり出した森がある。
どうやら盗賊たちはそこから飛び出して来たらしい。
その数、十人。
馬に乗った者が二人、徒士が六人。他に二人が離れたところに立っている。
弓を持ち矢を射ているのが一人。
その隣には、ローブを羽織った魔法使い風の賊もいて、右手の拳を前に突き出し、なにやらブツブツ唱えている。
この世界で魔法使いと言えば、封術士である。先ほどの爆発音はこいつだろうか。
封術士以外は、皆、くたびれた皮の鎧を身につけ、いかにも盗賊然とした装いだ。
一方、護衛側は六人。
馬に乗った騎士が一人、徒士の兵が五人。
揃いの金属鎧を身につけているところを見るに、どこぞの領兵に違いない。
双方はすでに近接して剣を打ち合わせており、見る限り盗賊側が押している。
技量は護衛側が上だが、数と支援で盗賊側が優勢だった。
「坊ちゃん、こりゃあマズくねーか?」
傍らのジャイルズが問うてきた。
「……ああ、マズいな」
短く答える。
正直、ヤバい。
このまま護衛が負ければ、盗賊たちは次にこちらを襲うに違いない。
引き返そうにも、道には馬車を転回できるだけの幅がないのだ。馬車を置いて徒歩で逃げても追いつかれるだろう。
これはもう、腹を決めるしかないな。
「ジャイルズ、剣は持ってるな?」
「おう!」
今回の旅、ジャイルズとスタニエフを別行動させるにあたり、今までの木剣に替えて、護身用に鋼の剣(ショートソード)をそれぞれ持たせていた。
ちなみに俺自身も、婚約者(エステル)への挨拶のため、それなりの剣を持参している。儀礼目的で装飾多めの剣だが、刃の部分は実用に耐えるものだ。
「おい」
俺は御者の青年の肩を叩いた。
「は、はいっ!!」
青年は激しく怯えているようだった。
「馬を馬車から切り離してくれ。騎乗する」
幌馬車を牽いている馬は二頭。
スタニエフはお留守番だな。
「スタニエフ、盗賊だ! 前方でよその貴族の馬車が襲われてる。護衛が劣勢だ。俺とジャイルズは騎乗突撃して加勢する。お前はここで隠れて御者を護ってやってくれ」
荷台に向けて怒鳴る。
「わ、分かりました!」
言われた子分はコク、コクと頷いた。
スタニエフも訓練には参加してるけれど、やはりデスクワーク向きだ。
対人戦闘に参加させるのは酷だろう。
「行くぞ、ジャイルズ!」
「おう!!」
俺たちは馬車から飛び降りた。
貴族としての素養なのか、幸いなことにボルマンは馬に乗ることができた。
その技術をベースに、クリストフの朝練では毎日騎乗の練習をしている。もちろん、騎乗戦闘も。
だから「騎乗突撃」などという、転生前の川流大介ならおよそ考えもしないような選択肢が出てきたのだ。
もちろん一ヶ月程度の訓練期間では何ができる訳でもない。
けれども今は敵に姿を見せ、混乱を誘うだけでもいくらか違うはずだ。
二人して馬に跨り、前方の父親(ボルマン)の馬車に急ぐ。
馬車の周りには、クリストフと領兵が護りを固めていた。
が、何やら揉めているようだ。
「ならぬ! お前たちはここで儂を護るのが仕事だろう!?」
馬車の中から豚父の喚き声が聞こえる。
その父に対し、騎乗したクリストフが食い下がる。
「しかし、このままでは前の馬車は全滅しますぞ。前が終われば次は我々。今助けに入り、力を合わせて賊を退けなければ、数に劣る我々は皆討ち取られますぞ!」
「ええい、五月蝿い! そこをなんとかする為にお前たちがいるんだろうが!!」
うん。話にならんね。
ここは強引に行かせてもらうか。
「父上!」
俺の呼びかけに、馬車から顔を出していたゴウツークがこちらを向く。
「おお、ボルマン! お前も早く馬車の中へ……」
「父上!!」
叫び、父親の言葉を遮る。
「賊を蹴散らしてまいります! すぐに戻りますので安心してお待ち下さい。……行くぞクリストフ!!」
返事も待たず、馬を駈けさせる。
「坊ちゃん!?」
「ま、待て! ボルマン!!」
背中から何やらおっさん連中の声が聞こえるが、無視する。
馬の駆ける音から、ちゃんとジャイルズが続いているのが分かった。なかなか良い動きだ。
まぁ、クリストフに追いついてもらわないといけないから、早駆けしてないんだけどね。
すぐに後ろから新たな足音が聞こえてきた。
言うまでもない。クリストフだ。
中年騎士は俺の馬に並走して叫ぶ。
「坊ちゃん、危ないですぞ! お戻りを!!」
「戻らん! このまま駆け抜けて敵を混乱させる!!」
問答をしている暇はない。
戦場はもう目の前だ。
「はぁっ!」
俺は馬に鞭を入れた。
「ああもう、仕方ないですな! 儂が先陣を切りますから、坊ちゃんたちは後ろにお続きくだされ!!」
クリストフはそう叫ぶと、俺の前に出て剣を抜きはなった。
刀身が青白く光り、光の粉が舞い散る。魔法剣というやつだ。
なんか格好いいぞ、クリストフ。
ズルい!!
殴り込み三人組は、クリストフを先頭に、俺、ジャイルズと続く。
前方で、騎乗の護衛騎士に挑んでいた二人の騎乗盗賊の内一人が、俺たちの接近に気づき、馬をこちらに向けた。
「抜剣!!」
後ろのジャイルズに向けて怒鳴り、自分の剣を抜く。
もちろん剣でやり合うつもりはない。ただの威嚇だ。
だがそれだけのことが、ばかにならない効果を生むはずだ。おそらく。たぶん。そうだと良いなあ……。
騎乗盗賊が近づく。
クリストフは大きな動作をせず、そのまま突っ込んでゆく。
「ぶるぁあああ!」
剣を振りかぶり叫ぶ盗賊。
クリストフはまだ動かない。
そしてすれ違いざま、
「はっ!」
キン!
剣が打ち合わされる音が一度だけ聞こえ、盗賊が吹っ飛んだ。
何をしたのか見えなかったぞ、おい。
圧倒的過ぎだろ。さすが元王国騎士。
俺たちは一陣の風となり、戦場を駆け抜ける。
「ウラぁあああ!!」
叫び、迫り、すれ違いざま剣を振り、そのまま走り抜ける。
クリストフが。
俺とジャイルズは喚声をあげ、何もせず、ただ走り抜ける。
だが、戦いにおいて「勢い」は時に戦局を左右する。
騎兵三騎の突撃は、盗賊たちに驚愕と衝撃を、護衛の兵たちに勇気を与えていた。
瞬く間に形勢は逆転。
最初の突撃で、敵は総崩れとなった。
よし、と。
二回目の突撃を行うために馬を巡らせながら、心の中でガッツポーズをしたその時。
視界の端にまずいものが見えた。
森の近く。
射手の隣にいた封術士の周囲に、何やら光る紋様が浮かんでいるのだ。
「封術が来ますぞ!!」
クリストフが吼える。
封術陣は、術者が前に突き出している右手を中心にみるみる大きくなり、その拳の先に、赤い炎を顕現させてゆく。
その炎が人の顔ほどの大きさになった時、術者はその腕をゆっくりこちらに向けたのだった。
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