第27話 投資と投機

 

「儲けるチャンスつったって、何を売って儲けるんだ? うちの領内にクルスで売れるようなもん、あったっけか」


 ジャイルズが首を捻る。


「ないな」


 ずるっ


 俺が即答すると、ジャイルズがこけた。


「坊っちゃん、売るものがなきゃ儲けられないぜ」


 ふむ。

 ジャイルズはクルスで売れるものがないから儲けられない、と。


「スタニエフならこの状況でどうやって儲ける?」


「僕ですか?!」


 もう一人の子分もあたふたする。

 いや、ジャイルズに訊いたら、次はスタニエフに訊くだろう。油断したな。


「そ、そうですね……。お金と人が集まって来てる訳ですから、色々と物入りになるでしょう。食品だけでなく雑貨なんかも。近くの領地、街で生活物資などを買い付け、クルスで売るのはどうでしょうか?」


「なるほど。スタニエフは、必ずしも領内のものを売る必要はない、近くで買い付けよう、という考えだな」


「はい。……まあ、利に聡い商人は、もう動いてると思いますけど」


 スタニエフは残念そうに笑った。


「動いてるだろうな。……なるほど。それはそれとして、二人とも利に適った考えをしてるし、悪くないと思うぞ」


 俺の言葉に、二人の顔が綻ぶ。




 そこでスタニエフが小さく手をあげた。


「ちなみに、坊っちゃんであれば、どうやって儲けます?」


 逆質問か。こいつも最近、なかなか度胸がついてきた。

 今回の旅で一皮剥けたかね。


「……そうだな。いくつか思いつくことはある。それをこれから話そうと思うんだが、その前にお前たちに訊きたい」


「なんだ (でしょう)?」


 二人が居住まいを正す。


「さっきのスタニエフの案だが、俺たちが実行しようとすると根本的に難しい問題がある。何か分かるか?」


「問題、ですか……」


「…………」


 俺の問いに、困惑顔の二人。


「分からないか? 『どうやるか』以前の問題なんだけどな」




 しばしのシンキングタイムの後、ジャイルズがボソっと呟いた。


「……そういえば、誰が仕入れしたり、売ったりするんだ?」


「ああ、そうか! ジャイルズ、珍しく冴えてますね」


 スタニエフがポン、と手を打つ。


「『珍しく』は余計だ。絞めるぞ、コラ」


 ジャイルズがスタニエフの襟首を絞めにかかる。


「まあまあ……。落ち着けジャイルズ。正解だ。俺たちは直接商人をやる訳にはいかない。全てを投げ打って商人として人生をやり直すなら別だけどな」


 ジャイルズを止めに入り、宥める。




 二人に割って入った後、レクチャーを再開した。


「覚えておいて欲しいんだが、金を稼ぐのに限らず、物事を進めようとする時には、いくつものやり方がある。それこそ百人百様だ」


 子分たちが頷く。


「ただ、そのやり方のほとんどはいくつかのパターンに分けることができるし、一つでも例を知っていれば応用もできる。例えばさっきの話で言えば、やり方は少なくとも三つある。一つ、自分でやる。二つ、人にやってもらう。最後のひとつは『カネにやらせる』だ」


「カネ、ですか?」


 きょとんとする二人。


「そう。自分でも、他人でもなく、カネ自体に稼がせる。つまり投資や投機だな」



「お金を払って人を雇うのと、どう違うんですか?」


 スタニエフが首を傾げた。


「人を雇う場合、確かにお金は使うけど、事業をやるのは自分だ。だけど投資では、他人がやる事業に資金を提供し、利益を分配してもらう。出資者自身は事業のためには働かない」


 まあ、正確に言えば違うけど、とりあえずイメージを持ってもらうのが先決だ。




「一方、投機はもっと直接的だ。短期の価格変動の差額で稼ぐためにお金を使う。例えば、現在発展中で急成長している街があるとする」


 うん、うん、と頷く子分たち。

 クルスのことだと察しているようだ。


「その街の家や土地の値段は、今と一年後でどう変化してると思う?」


「そりゃあ値上がりして……あ」


 言いかけたジャイルズが、ぽかん、と口を開けた。


「そう。そこで不動産を今買って、一年後に売り、値上がり分の利ざやをとるのが投機だ。自分を含め、誰も働かない。カネを動かすだけだ」


「つまり坊っちゃんは、クルスの不動産を買う、ということですか?」


 スタニエフが尋ねる。


「そうだなあ……。そうしたいところだけど、先立つものをどうするか。考えてることはあるんだが、それで足りるか、という問題がある」


「何をするんで?」


「母親が集めてるガラクタを売る」


 その答えに、子分たちは目を剥いた。


「それ、大丈夫なんですか? バレたらまずいんじゃ……」


 スタニエフが不安そうな顔をする。


「うちの倉庫に、母親が昔買って飽きてしまった絵やら彫刻やらが大量に眠ってる。それをこっそり持ち出して売るんだ。興味を失ってる美術品だから、多少減ったところで気づかないさ」


 子分たちは俺の言葉に、曖昧な笑みを浮かべた。


 ……あれ? ダメ???


 その時だった。





 ピーーーーーー!!


 前方から、異常を告げる笛の音が聞こえた。


 馬車がスピードを落とし、やがて止まる。


 静かになったところで、遠くから、ドォン! という爆発音と、ワー、ワーという喧騒が聞こえてきた。


「おいおい、何だ?!」


 ジャイルズが御者席に顔を出す。

 続いて俺も首を出し、前の方を窺った。




「うわ……」


 前を走っていた父親の馬車の更に先。


 百メートルほど離れた路上に一台の豪奢な馬車と、もう一台幌馬車が停まり、その周辺では護衛と思われる一団が、盗賊と思しき連中と戦いを繰り広げていた。

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