第24話 迷探偵カエデ・前編
その知らせは私に、喜びと苦悩を同時にもたらしました。
「エステル様のご婚約」
それ自体は非常に喜ばしいことです。
なかなか婚約が決まらず、一部の姉君から意地悪をされることもしばしばでしたから。
私はそんなエステル様が痛ましく、なんとか良い縁談が来ないものかと祈っていました。
ですから、婚約の話をエステル様から伺ったときには、思わずお嬢様を抱きしめて小躍りしそうになったくらいです。
……なんとかその衝動を抑え込み、冷静なメイドを通しましたが。
ですが、続いて聞いたお相手の名前は、耳を疑うものでした。
「ダルクバルト男爵家の長男」
つまり、あの悪名高い子豚鬼(リトルオーク)です。
婚約のことを私に告げたエステル様は、気丈に振る舞っておられましたが、部屋に戻ったあと、ひとりで泣いておられたのを、私は知っています。
生涯をかけて、エステル様をお護りする。
エステル様の母君であり、私の命を救って下さったフィオナ様が亡くなられた日に私が立てた誓いです。
子豚鬼(リトルオーク)がどんな人物なのか、実際のところは分かりません。
ですが、エステル様を泣かせるような殿方であれば、何らかの方法で排除しなければならないでしょう。
一度きちんと調べる必要があります。
両家の顔合わせの日まで、ひと月足らず。
準備の面でも、あまり余裕はありません。
顔合わせのような大事な行事では、相手方の性格や好み、嗜好をも反映させて場をつくらねばなりません。
そういう意味でも、早急かつ正確な調査が必要です。
私は自分自身でダルクバルト領に赴くことを決めました。
馬車で片道五日の道のり。
馬で駆ければ半分に短縮できるでしょう。
こうして私は、ダルクバルト男爵領の子豚鬼(リトルオーク)の調査を始めたのです。
領都クルスを出立して三日目の昼頃、ダルクバルト男爵の館があるペントの街に着きました。
「お昼を頂きながら、話を聞いてみましょうか」
私は街に一軒だけある宿屋にチェックインして馬を預け、一階の食堂で昼食をとることにしました。
「意外と、お客さんが多いですね」
食堂は昼時ということもあるのか、それなりに混んでいます。
旅装のままカウンターに座り、元気な女将に食事を頼んで待っていると、女性の一人旅が珍しいのか、隣に座っていた小太りの商人が話しかけてきました。
「お一人でこちらに来られたんですか?」
「そうですよ」
「おお、それはすごい。街道を一人で旅できるのであれば、相当な腕でいらっしゃるのですな」
人探しの旅をしている、という設定で色々話をして (兄を探しているのは本当ですが) 話題を領主とその家族の話に誘導します。
「ゴウツーク家の方々はなあ……。あたしも昔からこの街に行商に来てるけど、来る度に悪い話が増えてるよ」
そう言ってその商人は、ひそひそと、いくつかの噂話を聞かせてくれました。
「本当に、そんなひどいことを?」
「本当さ!」
私が訊き返した時、カウンターの向こうの女将が返事をしました。
そして彼女は、水を得た魚のように話し始めたのです。
「例えばさっきの話は…………」
おしゃべり好きの女将は、商人の話の被害者がどこの誰なのか、全て教えてくれました。
見たところ、女将も商人も、嘘をついたり、私に対してうしろめたいことを考えたりはしていないようです。
裏をとる必要はありますが、確度の高い情報でしょう。
なぜ、そんなことが分かるのか。
教えてくれるものたちがいるからです。
私には、見えざるものを見る力があります。
それらは私の故郷では「妖(あやかし)」や「鬼」、あるいは「カミ」と呼ばれているものたちです。
一部に限ってですが、特定の条件下で私が使役できるものもいます。
彼らの中には、生物の強い感情に引かれ、集まって来るものがいます。
「怒り」や「悲しみ」、「喜び」、「恐怖」、「後ろめたさ」そして「悪意」といった感情です。
その様子を見ることで、ある程度、その人の感情や話の真偽、隠し事があるかどうかが分かります。
本来見えないものを見るのは、非常に疲れます。
また、あえて見ていると、悪鬼を引き寄せてしまうこともあるのです。
なぜ、私にこのような力があるのか、はっきりしたことは分かりません。
ただ一つ言えるのは、私にはアキツ国の皇族の血が流れており、その血は伝承によると、創世の「カミ」に繋がっているということです。
そして私たち皇族は「カミ」の祭祀を取り仕切り、人の世とカミの世をつなぐ役割を担うことで権威を持ち、アキツ国を治めてきたのです。
話が逸れました。
食堂で様々な話を聞いた私は、その日の午後を、噂の裏づけをとる時間に当てました。
結果は言わずもがな。
ダルクバルトの領主、ゴウツーク様。
その妻のタカリナ様。
そして一人息子のボルマン様。
評判通りの方々でした。
もちろん悪い意味で。
特にボルマン様の悪行は突出していました。
「この縁談は、絶対に破談にしなくては」
私はその日、強く心に決めて床に入ったのです。
翌日。
午前中はエチゴール家を訪問して、執事のクロウニー様から、ご家族の好みや癖、習慣などを、差し支えない範囲で伺いました。
そして午後。
さらにボルマン様の噂の裏づけをとるため、私はダルクバルト領第二の集落、オフェル村に向かったのです。
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