166話_唐突な終わり

修行を始めて早1ヶ月。


相変わらず技の修得をすることは出来なかったが、身体能力は大いに向上し、日々の修行内容もロードワーク的な意味でこなせる程になっていた。


ただ、問題が発生し、僕の修行は突如終わりを迎えることとなる。まぁ、むしろよく保ってくれた話なのだが。


レティ、ミュウ、ソフィアの3人が、天雅師範による度を超えたセクハラにとうとう嫌気がさし、家に帰ることになったのであった。


「旦那様、もう我慢できません!あのクソ爺、殺さなければ気が収まりません……」


「今回ばかりは青女と同意見ね。あの爺、串刺しにして放置してやりたいわ……」


「………(無言による爺への抗議)」


とは3人の弁。おっぱいを揉む、お尻を触る、スカートをめくるといった行為自体は小学生以下の内容だったらしいのだが、頻度がとにかく多くて疲れてしまったのだそうだ。


無理もない。心中お察しする。


1ヶ月も自分のワガママに付き合ってもらった結果なのだから、僕から言えることは何もなかった。むしろ、帰ったら彼女達のケアをするという約束が残っている。


そんなこんなで、僕の修行の日も唐突に終わりを迎えようとしていた。


結局、リュウキや師範の技の解明まで至れなかったのは残念だったが、今後自分で編み出していくのもいいだろう。課題はまだ残っているのだ。


「それでは師範、お世話になりました」


「うむ、実に残念じゃが、あの女子達がいなくてはお主に用はないからの。また3人を連れてきたら考えてやらんこともないがの」


「それはもうないですね」


変態師範からの言葉も相変わらず。ここを訪れることはもうないだろう。


あるとしたらこの爺を倒すときのみだ。


「では、これで失礼します」


「ほう、達者での」


門をくぐり、階段を降りていく。途中、階段にリュウキが立っていた。こちらを睨みつけるように見ている。


今日の格好は、黒シャツに赤いジャージ姿と今まで見た中では一番普通の格好だった。


「帰るのか?」


「えぇ、もうあそこにはいられないですし」


「そうか。一つだけ聞きたいことがある。何故、あの爺にお前の女達を渡した?」


「別に渡したつもりはないですが……」


「本当にそう思っているのか?だとしたら本当のごみ野郎だな……」


リュウキは吐き捨てるように言う。


「あの女達がどれだけのことをされたのか、お前は見てみぬフリをしているだけだ。自分のエゴのために他人を犠牲にする。最低な野郎だてめぇは」


「結構な言い草ですね……」


流石にこれだけ言われると、カチンとくる。


「腹が立ったか?事実だからな。お前はあの女達を自分に便利な物として扱ってるだけだ。そんな奴がくたばるのをこの目で見ることができないのを残念に思ってな」


リュウキは僕の目の前にゆっくり歩いてくる。


「俺からの最後の手向けだ。霞食は体力回復だけの技術じゃねぇ」


そう言って4箇所同時に打撃を与えるパンチをくらわされた僕は、階段を転げ落ちていった。



◆◆◆◆◆



「いってぇ…………」


リュウキに殴られた箇所がズキズキする。それに、階段から落ちたところも。


ただ、自然と霞食を取り入れる癖がついていて、徐々に痛みが引いていく。


「なんなんだよ、一体……」


リュウキに言われたことが、尾を引いていた。僕が彼女達を便利な物扱いをしているだって?そんなことはない。彼女達は僕にとって大事な存在だ。


だが、果たして、他の人は大事な存在を見知らぬ男の手に触れさせることを良しとするだろうか。


大事なら誰にも渡したくないと思うのではないだろうか。それは僕も同じだ。渡していいはずがない。渡すつもりなど毛頭もない。


それがちゃんと彼女達に伝わっていたか不安になった。彼女達を守る力を得るために、今回の修行を決意したのだから、彼女達に僕の思いが伝わっていなければ意味がない。


その彼女達が今回のことで傷付いていたのは紛れもない事実だろう。


…………。


僕は周りのことがよく見えていなかったことに気が付いた。彼女達にきちんと謝らないとな。


「シオリ、どうしたこんなところで?」


そこには、シェイドが立っていた。実に1ヶ月ぶりの対面だ。


「シェイド!?どうしてここに?」


「シオリの顔が見たくなってな。霞郷を訪れたのだが。修行はもう終わったのか?」


「あぁ、実は…」


僕はシェイドに事の顛末てんまつを話した。


「なるほど、そういうことがあったのか。それはまた大変だな」


「あぁ、だから彼女達にはちゃんと謝らないとなって思ってさ」


「そうか、それも一理ある。だが、シオリ、そこはな────」



◆◆◆◆◆



「ただ今」


家の玄関を開ける。


「お帰りなさい、天寿様!!」


「お帰りなさい、シオリ」


「お帰り、遅かったじゃないの」


「旦那様、よくお戻りになりました」


アイシャ、ソフィア、ミュウ、レティが迎えてくれる。


「皆、ただいま」


皆の表情を見渡す。自分のことを出迎えてくれるのがわかってホッとする。


「ソフィア、ミュウ、レティ、3人に話があるんだ」


僕は家の中に入り、リビングの椅子に腰掛けて3人に話を始める。シェイドと話し合った結果を彼女達に伝えることにしたのだ。


「今回の修行の件、3人には無茶な要求を受け入れてもらって大変感謝している。おかげで1ヶ月修行をすることが出来て体力的に向上することが出来た。これからもっと3人を守れるように頑張っていきたいと思っている。どうかこれからもそばにいて見守っていてほしい」


僕は感謝の意を表すために、深々と頭を下げる。謝罪ではなく、感謝を表すために。


「旦那様」


レティが僕の近くに来て手を取る。


「そう言っていただけるだけで、全ての事が報われます。あなたのためにしたことなのですから後悔はありません。感謝の言葉を、あなたの役に立てた、ということをお伝えいただけただけで、私が覚悟を決めた甲斐がありました」


僕の頬を両手で包み込み、唇を近付けようとする。


「ですから、この後の夜伽を一緒に…」


「あーっと何勝手に話を進めてるのよ」


ぐいーっとレティの顔を押しのけ、ミュウが僕の膝の上にドンと乗ってくる。


「ちゃんと変化してるみたいね。一安心だわ。これで謝罪なんてされたらシオリのことを殴っていたかもしれないけれど。私も、あなたの役に立ちたかったからあの提案を受けたの、ただそれだけよ。でも、あなたが私達に感謝を伝えてくれるのはとても嬉しいわ。もっと言葉に出してもらえると、私だって」


そう言ってミュウは僕の胸に顔を押しつける。


「しっかり逞しくなってるじゃないの…」


「ゴシック女、旦那様から離れなさい」


「青女こそ離れなさいよ」


バチバチと火花を散らす2人。


「2人とも、ありがとう…」


テーブル越しにいるソフィアの方を見る。


「ソフィアも、ありがとう」


「シオリの役に立てて良かったです」


ソフィアも僕の近くに寄って来る。


「姉様は特に頑張ったんだから、ちゃんとお礼言いなさいよ」


「ありがとうソフィア。ソフィアのおかげで強くなれたよ」


「シオリ……」


「ソフィア……」


僕に抱きついてきたソフィアを優しく抱きしめる。


3人の幸せそうな顔を見ながら、シェイドは軽くほほえむのだった。

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