145話_双たる心と傷痕
「ここでお前を終わらせる!」
ミュウラゼルドはレティに化けたズィアロに攻撃を仕掛ける。
「お前の攻撃など、私には効かない」
しかし、ズィアロはミュウラゼルドの攻撃を簡単に避けていく。動きを完全に読まれているようだった。
「お前を倒すことはたやすい。しかし、私の目的は――」
ズィアロは視線を離れていたミュウへと移した。
「こっちだ」
「――え」
一瞬のことだった。
ミュウの足元から頭目掛けて鋭い刃が迫る。僕は考える間もなく体が動いていた。
ミュウを押した僕の腹部を、ズィアロの刃が貫いた。
◆◆◆◆◆
日差しの良い朝、僕は見慣れた場所に立っていた。ここは、僕の家の庭だな。
状況がわからず、そのまま立っていると、玄関の扉が開き、男の子と女の子が出てくる。
思わず陰に隠れて様子を伺うが、あれは…。
「ソフィアと…僕だな…」
髪が短い頃のソフィアと、僕が楽しそうに話をしながら街の方へと歩いていく。
「あれって、僕だったよな…夢なのか…」
ギュッと手をつねってみる。痛い、普通に痛い。
「夢じゃないのか、どういうことだ。僕、さっきまで何やってたんだっけ?」
ついさっきまでのことが思い出せない。
このまま立っていても仕方ないので家の中へと入ろうと玄関のドアノブに手をはじめとするかけると、幽霊みたいにドアをすり抜けてしまった。
「!!?なんだ今の…。僕、死んでしまったのか?」
どうやら幽体になっているらしい。
考えても仕方ないので、家の中を見て回ることにする。
間取りなんかは僕のいた家と一緒だが、違うとすれば、2人しか住んでいる気配がないということ。
洗面所の歯ブラシやコップ。キッチンの箸やスプーンなんかも、男女のセットというものしかない。
「これは……」
僕の部屋に飾られた写真立てを見ると、そこにはソフィアと僕の2人が写っていた。
2人とも穏やかな顔を浮かべて幸せそうにしている。僕の中で、ソフィアとこんなツーショットを撮った記憶はない。
「幸せそうだな…」
写真立てを取ろうとするが、すり抜けて触ることが出来ない。幽霊だし、仕方ないみたいだ。
しばらく家でゆっくりしていると、僕とソフィアが帰ってきたみたいだ。スーパーに寄ってきたのか、食材を詰め込んだ袋をキッチンに持ってきて、そのまま2人で料理を始める。
その光景を端から眺めていると、まるで若い夫婦のようなやり取りだった。
「ソフィア以外には誰もいないんだろうか」
他に誰かいるような気配はない。フーマルも、シェイドも、オリコも、いないようだ。
2人で料理をつくった後は、仲良く手を合わせてご飯を食べる。
その後は、2人で片付けをして、ソファに座ってくつろいでいるみたいだ。
普段の光景として映る2人のやりとり。
「もしかしたら、そんな世界もあったのかもな」
僕はボソッと呟いた。
その時、目の前の景色にノイズが入ったようにザザ、ザザザと歪んでいく。
「これは…!?」
場面が代わり、雨が降りしきる中、誰かと戦っている僕の姿が映し出される。隣には、ミュウがいる。そして、戦っている相手は──。
「ソフィア……」
その相手は、ソフィアだった。
それはズィアロがソフィアの体を奪った後の光景だったんだろう。
ソフィアの姿をしたズィアロがミュウを殺そうと剣を振り上げる。ミュウをかばうために間に入る僕。血を流しながら、その場に倒れる僕。その光景に絶叫するソフィアとミュウ。
倒れて息のない僕の目の前に、ソフィアを吐き出すズィアロ。
最愛の人を自らの手で殺め、力なく僕を抱きかかえるソフィア。それを背中から串刺しにするズィアロ。絶命した2人に、ズィアロは黒い
赤く染まった林檎が徐々に光を放ち、その光景は闇の中に消えていった。
言葉が出なかった。今の光景はなんだ?既に起きたことなのか?
僕はショックのあまり、そこからしばらく動くことができなかった。
◆◆◆◆◆
「シオリ、シオリ!!」
現実世界では、ミュウとソフィアが必死に僕のことを呼び続けていた。僕の意識はそこにはない。
ミュウラゼルドの攻撃によって倒れた僕はミュウとソフィアによって抱きかかえられていた。屍のように、脈もなく、呼吸もなかった。魂を抜かれた殻のように、ただ横たわっているだけだった。
「シオリ、目を覚まして!!」
必死で訴えるミュウとソフィア。目からは大粒の涙がこぼれる。ミュウラゼルドは、自分の迂闊さを悔やみつつも、ズィアロと交戦していた。
「何故だ、何故今のタイミングで奴が飛び出てくる……そして、何故完全に吸収できない…」
ズィアロはズィアロで予想外の事態に困惑していた。
吸収の対象はソフィア。シオリはソフィアを乗っ取った後に殺す生贄でしかない。今まではそうだったはずだ。ずっと守られる側だった。誰かを守るために飛び出るなど、万に一つも有り得ない。そう思っていた。
「この世界は、どうやら違うようだな……」
ズィアロは姿を本来の自分のものに戻していく。白くウェーブのかかった長い髪を垂らし、若々しい青年の姿に変化する。純粋で残酷な瞳がミュウとソフィアを見据える。
ミュウは涙を拭くと、何かを決めたように立ち上がる。
「姉様、シオリをお願い」
「……ミュウ」
黒薔薇の剣と白薔薇の剣が、一体となりひとつの剣に姿を変えていく。
「ミュウラゼルド……」
「あぁ、わかっている」
ミュウラゼルドも、ミュウの言葉に合わせて剣を取り出す。
2人のミュウがズィアロの前に立ちはだかる。
「まだやるというのか?」
「終わりにするのよ。あんたは絶対に許さない」
「この世界で、終わりにする」
「やれるものならやってみろ!!」
ズィアロの慟哭とともに、ミュウ2人は同時に駆け出した。
◆◆◆◆◆
どれだけ悲しんだだろう。
どれだけ苦しんだだろう。
僕は1人暗闇の中でしゃがみ込んでいた。
「――そのままでいいのか?」
誰かが僕に声をかける。
「――お前に出来ることは、もうないのか?」
その声は確かに僕に届く。けれど、振り返っても闇が続くだけ。
「――お前を待ってる人がいるんだろう」
声は、僕の心に響き続ける。もう一度、振り返る。一筋の光から伸びる手を、思わず掴もうとする。
「……ハッ!」
暗闇が晴れ、目の前に映ったのは真っ白な棺の山だった。無造作に置かれた墓場が僕の前に広がっている。
「ここはどこだ?」
さっきまでズィアロと闘っていたはず。そして、腹部を貫かれた。しかし自分のお腹を触ってみても傷跡らしきものは見当たらない。僕は死ななかったのか?
状況を理解できないまま、ひとまず辺りを調べることにする。
棺の山を歩くと、レティやシェイドが眠っているのを発見した。
「レティ!!」
棺の蓋をどかしてレティの体を起こす。体温はある。まだ、彼女は生きている。
「……旦…那様…」
「レティ……」
彼女が目を開けたことに安堵する。こんなにホッとしたのはいつぶりだろう。
「…旦那様、良かった。再びお会いできて」
「あぁ、良かった…」
僕はレティの手を優しく握りしめる。
「…ここは?」
「わからない…」
「私、あの敵に串刺しにされた後、記憶がなくなって…」
頭を抱え、
「そういえば、僕も……」
ミュウをかばってズィアロの攻撃を受けた後、目覚めるまで自分がどうなっていたのかは思い出せない。
「ひとまずここから出ましょう」
「僕達の他にもいるみたいだ。皆でここを出よう」
チャミュにシェイド、2人を見つけて同じく棺から起こす。
「……ここは…。シオリ?」
意識を戻すシェイド。
「シェイド、無事で良かった」
「……私は何故ここに?」
「チャミュも無事で良かった。どうやら僕たちはズィアロの中にいるみたいなんだ」
「ズィアロの?」
「あぁ、何故そうなっているかはわからない。ただ――」
「生かしておく理由があるということですね?」
「あぁ、そうだ。さぁ、ここからの出口を探そう」
◆◆◆◆◆
ミュウとミュウラゼルド、ズィアロの激しい攻防は、まだ続いていた。2対1のハンデをものともせず、軽々と攻撃をいなしていく。
「ハァ、ハァ………。全然効いていないみたいね…」
「奴が本来の姿に戻ったのはいつぶりだ…それだけ、奴を追い詰めているのは間違いない」
「だったら……後はやるしかないわね」
ミュウの剣から繰り出される風の刃がズィアロを直撃する。それをその場から動かず、手で弾き返すズィアロ。構わず、ミュウは攻撃を続ける。
「奴も万能ではない。万能だったら、わざわざ相手の能力を吸収などしない。勝機は必ずある」
ミュウラゼルドは拳銃を構え、ミュウに語りかける。
「そう、諦めなければ勝機は見えてくる」
2人の間をゆっくりと抜けて歩いてくるソフィア。いや、ソフィアではない。瞳の色が変化し、攻撃的な笑みを覗かせる。
「大事な人を傷つけられて、黙っているほど大人しい性格はしていないから」
目に力のたぎるリア。
「あんたは滅ぼさないと気が済まない」
大きな刀を何もない空間から取り出すと、両手でそれを構える。
「揃いも揃って、余程足掻くのが好きと見える。そんなに地獄を見たいのなら、見せてやろう!!」
ズィアロは地面を力任せに抉り破壊すると、リアと真正面から対峙した。
◆◆◆◆◆
「シオリ、こっちに来てくれるか?」
どこともわからない場所を歩いている僕と3人。その中で、シェイドが何かを見つけたらしい。
棺の山の奥の奥。1つだけ、大切そうに飾られた棺があった。
周りには白い花が敷き詰めてある。
「ここは……」
「他とは、扱いが違いますね」
周りを見回すレティ。
「旦那様、これを…」
何か見つけたレティが、僕を手招きする。
「これは………」
そこには、今ミュウ達と戦っている長髪の男が棺の中に入っていた。
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