143話_悲しみの連鎖を越えて

レティの状況を知らないまま、僕達はアウトレットモールを後にした。


姿を変えたズィアロを倒すために、4人は天界へと向かうことを決意する。チャミュ、シェイドと合流を果たした僕達は、エデモアの骨董屋を通り、天界第二層のある場所へと足を踏み入れていた。


そこは、チャミュが天使隊のアナから教えてもらった天の境界と呼ばれる、天界の中でも隔離された特殊な場所だった────。




「レティさん、大丈夫でしょうか」


「簡単にやられるような青女ではないわ」


「そうだな、今は彼女を信じたい」


「シオリ、天界には来たがこれからどうするつもりなんだ?」


「奴が何者なのかを探りたい。それとは別に、結界が効かないこの場所で奴を迎え撃つ」


「奴は天使クロノチアの姿をしていたと言ったな。この世界のクロノチアは天界罪囚院に収監されている。ソフィアを狙うために彼の姿を奪ったとなれば、少なくともソフィアの過去を知っている奴ということになるが」


諸々の事情を理解したチャミュは、現在のクロノチアについて情報を教えてくれた。


「ここ数日前だが、魔界でラヴェラポーム《愛しき者で塗られた林檎》が何者かによって奪われたと聞いている。天界でも情報が上がっているらしい。姿形を自在に変えた人物だとな。恐らくソフィアを手に入れようとした犯人と同じだろう」


「奴はクロノチアの他にも姿をもっているのか?」


チャミュはミュウラゼルドの方を見る。


「私が知る限りだと3人はいる。残念だが、本体を見たことはない」


「奴を倒すことに変わりはないわ。今一番有力なのは、これなのかしら?」


「ああ、そうだな」


ミュウはそう言って、僕が手に持っている円形の道具を見る。


それは、エデモアから渡された次元圧縮装置と呼ばれるものだった。


対象の近くで作動することによって、その存在をひとつの次元に固着することが出来る。


他の次元に移動できない者にとってはただの鉄の塊に過ぎないが、ミュウラゼルドが危惧していた【敵が別の世界に移ることを避けるため】考案された案だった。






「それにしても、ミュウラゼルドと言ったか。君はいくつの世界を渡ってきたんだ?」


「数えることは出来ない…」


ミュウラゼルドの表情は重たい。思い出したくない過去が頭をもたげているようだ。


「今までは、全て姉様かシオリ、どちらかが奴の目的を阻んできたが、それでおしまいだった。ここまで仲間がいたことは正直珍しいケースだ。次元を固着するという発想も今までになかった」


「奴を倒すにも、この世界は絶好の機会ということだな」


「次元を固着された奴に逃げ場はない。それを解除するために躍起になるか、この世界を消すことを始めるだろう。そうなる前に決着をつけたい」


「ひとまず、奴がここを見つけるまではまだ時間がある。それぞれ休んでくれ」


チャミュに案内され、僕達は真っ白い休憩所のような場所へと案内される。


天の境界は、遮蔽物しゃへいぶつの一切ない広い丘の奥に小さな建物があるという変わった場所だった。天界の一部のものしか知らず、外の世界と遮断して修行する時などに用いたと言われている。


「姉様、少し休憩しましょ。気を張りつめ過ぎも良くないわ」


「そうね、これからまた忙しくなるし」


「4人とも温泉にでも入ってくるといい。まだ、時間はある。場所は混浴だ、気にしなくていい」


「ヴえっ?」


シェイドに言われて温泉に入ろうとするが、混浴と言われて変な声が出てしまった。


「今更何よ。ほら、行くわよ」


「え~、ミュウラゼルドもいるだろ~」


「関係ないわよ、私なんだから。実質、私と姉様の2人と入ってるのと変わらないわよ」


「変わるだろ!!」


「私は…遠慮しておく」


ミュウラゼルドは照れたような顔を浮かべ、脱衣場から出て行こうとする。


「何言ってるのよ。時間ないんだから。ほら早く早く」


しかし、それも叶わず結局4人で入ることとなった。


「ミュウラゼルドと言ったか。姿形は似ているが、中身はあまり似ていないな」


チャミュがシェイドに話しかける。


「別世界ではそうなのかもしれない。私のことも知らないと言っていたしな」


「彼の周りでは不思議な事に欠かないな」


「そういう性質たちなのだろう。それはそうと、チャミュは一緒に入らなくていいのか?」


「わ、私は!遠慮しておく……」



◆◆◆◆◆



「ふー……癒される……」


湯に浸かり、大きく息を吐く。久方振りの風呂に安堵。


「まだそれほど経っていないというのに、随分緊張していた気がするわ」


ミュウが僕の近くにすいーっと寄ってくる。


「時間としてはそんなに経っていないんだけどな。奴との接触は体力を消耗する」


「なかなか大変な相手ね。ねぇ、シオリ」


「ん、なんだ?」


「今回の敵は、姉様の愛の大きさを標的にしてきたわけでしょ?」


「そうみたいだな」


「それがなくなれば、姉様は自由になるのかしら」


「それは……」


敵の目的がラヴェラポームを使うことだけなら、ソフィアより大きな愛の力を持つ者がいればそっちに標的を移すことになるだろう。そうすれば、ソフィアは標的から逃れることができる。


「私だって、負けなくらいシオリのこと、愛してるつもりよ?」


ミュウは上目遣いで僕を見つめる。


「けれど、姉様のは違うのよね。シオリ、あなたは姉様を救ってくれたし、そばに寄り添ってくれたし、理解しようとしてくれた。その1日1日が、今の姉様の愛を形作っている。そう簡単にはいかないわ」


「ソフィアのこと、よくわかってるんだな」


「当然よ。私の最愛の姉様なんだから」


ミュウは当たり前だと言わんばかりの顔をする。


「だから、姉様の代わりに標的になれるのであれば、私は代わりたいわ」


「ミュウ……。その気持ちでソフィアはきっと感謝すると思うよ。敵は、僕達でなんとかしよう」


「そうね…よろしく頼むわ。それはそうと、いつまでそこにいるのよ。もうひとりの私!」


体を洗う場所でずっと背中を見せているミュウラゼルド。隣にはソフィアが付き添っている。


どうやら、恥ずかしくてこっちを向けないらしい。


「ミュウ、彼女シオリと一緒にお風呂に入ったことがないから恥ずかしいって」


「何言ってるのよ、恥ずかしいも何も、一緒に入らないとスキンシップ出来ないじゃないの」


「恥ずかしいと思う方が普通だと思うぞ……」


結局、ソフィアに連れられて、背中越しに入ることにする。


「不思議だ…。この世界は…」


ミュウラゼルドは俯いて丸くなったまま風呂に入る。


「君のいた世界とはだいぶ違うみたいだね」


「姉様とシオリの間に入ることなんて考えられない、今そうやっている私がいるなんて信じられない」


「これが現実よ」


「そっちの世界の僕とソフィアは幸せだったのか?」


「……幸せだったように見えた。2人はいつも一緒だった」


「そっか…それなら良かった」


僕は風呂の中で大きく伸びをする。


「早く終わらせて、また普段の日常に戻ろう」

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