異次元のあなた編
136話_異世界からの願い
どこともわからない場所。
雷雲激しく、雨は横殴りで吹き荒れる。
嵐の真っ只中、宙に浮き対峙し合う者が2人。
1人は黒いローブを目深に被り、もう1人は白いローブを身にまとう。
お互いに顔は見えず、思考は読めないが少なくとも目的は
「これ以上何を望む?」
黒のローブの声は女性。
向かい合う者に対して、言葉を発する。
「ここにはもう用はない。お前にも」
低く太い声。
「……私がみすみす見逃すとでも?」
「お前の意志は関係ない。最早、この世界に求めるものはない」
「自分でやっておいて……よく言う!!」
怒りを露わにする黒の女性。
「あれは私が望んだものではない。次こそは必ず手に入れる」
白いローブの者は、その身を
「待て!!………クソッ」
女性の悔しがる声は、打ちつける雨とともに消え去った。
◆◆◆◆◆
その日は、ありふれた日常のひとつだったように思う。
家の中は相変わらずミュウとレティの喧嘩でうるさく、自分の時間は拘束されソフィアとの会話もままならない。賑やかであるという点においてはいいのだが、その文句を言うのも贅沢な悩みなのだろうか。
僕は、様々な方向から降ってくる無理難題を自分の身が壊れない程度に聞いては対処していた。別段嫌ということもない。ないものねだりのようだ。
そんなある日のこと。
普段のように朝食を食べ、学校に行く準備をする。今日のレティはこれから魔界の学校へ。
学校に行く前にレティとミュウからお弁当をもらい、通学路を皆で歩く。
美人と並んで歩くのももう慣れたというか、奇異な視線で見られるのにも慣れたものだ。
「シオリ、あの女から渡されたお弁当渡して頂戴。私が処分してあげるから」
「そんなこと出来ない。もったいないだろ」
隣を歩くミュウが手を伸ばしてくる。
「いいから渡しなさいっての」
「イーヤーだ」
無理矢理鞄からお弁当を取り出そうとひっついてくるミュウを引き剥がそうとする。
「やれやれ、相変わらずの2人だな」
「怪我だけはしないようにしてくださいね」
この光景に慣れたのは僕だけではない。シェイド、ソフィアの2人もまた日常として受け入れていた。
変わらないドタバタとした日々、
僕はこの日常がこれからもずっと続くものだと思っていた────。
学校につき、授業を受ける。
いつもと同じくベタベタしようと近付いてくるスカーレット。しかし、ここ最近でそれが叶ったことはない。
「シオリ、どうして構ってくれないのよー」
「いつものことだろ」
「それがイヤなのよ、構いなさいよー」
「あんたは自分の教室に戻って予習でもしてなさいな」
「ここが私の教室よ!出てくのはあんたでしょ!」
スカーレットとミュウの喧嘩を後目に外を眺める。
「シオリ、どうかしましたか?」
「いや、特に普段と変わらないなあって思ってさ」
「それが一番ですね」
ソフィアは優しく微笑む。
「そこ、勝手にイチャイチャし始めなーい」
「普通に話してるだけだろ!!」
そんな学校のやりとりも終え、帰る時間になる。
掃除当番だった僕とソフィアは、最後に残って後片付けをしていた。
「これで終わりですね」
「あぁ、ありがとうソフィア」
「いえ。なんだか、懐かしいですね」
「懐かしいって、何が?」
ソフィアは僕の瞳を見つめる。
「2人だけの時間って最近なかなかとれないから。初めて会った時は目を合わせられなかったけど――今は違う理由でなかなか目を合わせられないなって」
確かにソフィアの言うとおりだ。
「確かに、今じゃ沢山いるもんな。でも、それもソフィアのおかげだな」
今、2人の間に壁は存在しない。
「そこー、イチャイチャしなーい」
そこには、掃除が終わるのを待っていたミュウ、シェイドがいた。
「い、いいだろ、普段そんなに会話する時間とれないんだから」
「じゃあ、帰ったら私ともゆーっくりお話してね」
ミュウの意地悪そうな顔も、彼女の甘えたい気持ちから来ているのがよくわかると、そう
「さぁ、帰って夕食でもつくろう」
「そうだな、今日はレティいないからオムライスが食べたい」
レティがいると完璧な栄養バランスのとれた食事が出てくる。それ自体はいいのだが、たまには自分の食べたい物を食べたいと思ってしまうのが人間なわけで。
「しょうがないわねぇ、じゃあ今日は私がつくってあげるわ」
「おっ、まじか!ミュウのオムライスは旨いからなぁ」
「褒めたって何も出ないわよ」
自分の料理を褒められて
下駄箱のところまで来たところで、ふとソフィアが辺りを見回す。
「変ですね……。他の生徒が、いないみたいですけど」
「もう帰ったんじゃないのか?」
「それにしては、部活の方や、先生がいてもいいような」
たしかに、掃除で遅くなったとはいえ数人の生徒がいてもおかしくない。
僕はソフィアの言葉に言いようのない不安を覚えていた。
ここでまたひとつ、問題が起きる。
「扉が開かない?」
「嘘、そんな馬鹿なことあるわけないじゃないの」
同じく扉を触るミュウ。しかし、鍵がかかっているようで開く気配がない。
「おかしいわね……たしかに閉まっているみたい」
「シオリ……どうやらこれは普通の事態ではないようだ」
辺りを見渡していたシェイドの声のトーンが一段落ちる。
「え、シェイド。どういうことだ」
後ろを振り返ると、校内の床が徐々に紫色に変色していくのがわかる。
「どうやら私達は、校内に閉じこめられたらしい」
◆◆◆◆◆
「閉じこめられた?」
シェイドの言葉を聞き返す。
閉じこめられたとはどういうことだ。
「あぁ、これは明らかに何か特殊な力が働いている。結界とでも言えばいいのか。悪魔、それも魔界の力だ」
「ってことは、狙いは僕達なのか?」
「私達なのか、誰か1人なのか。まぁ、少なくとも友好的ではないのは確かだな」
「ひとまず、出口を探しましょう。結界ということは術者を探さないといけないのかしら?」
ミュウは黒薔薇の剣を取り出す。
「反応は屋上にあるようだ。用心しつつ向かうとしよう。離れると危ないからシオリとソフィアもついてきてくれ。いざという時は私が守る」
4人は辺りに気を配りながら階段を上っていく。
体を隠しながら廊下を見ると、なにやら黒く
「あれはなんだ?」
「術者が呼び出した霊の類か。私達を探しているようだな」
「他の生徒が見あたらないんだけど、大丈夫なのか?」
「これは推測でしかないが、おそらくここは学校と同じ構造をした別空間だ。敵が用意した」
「今、僕達がいるのは学校じゃないのか?」
「ベースは学校なのだが、なんと説明したらいいだろうな…」
「元に戻ったら後で説明してあげるわ。この結界術は……覚えがあるから」
「ミュウ、知ってるのか?」
「私も知っています。あまり思い出したくはないですが…」
ミュウ、ソフィアの顔色が青白く変わっている。
どうやら心当たりがあるらしい。
「ソフィア……」
「とにかく、先を急ごう」
階段を上がり、屋上へと向かう。
扉は開けられており、外に出られるようだ。
外は
シェイドの言うとおり、異空間に囚われているのは間違いないようだった。
「シェイド、これは…」
「あぁ、どうやら間違いないようだな。しかし……」
「結界の濃度が濃いわね……」
何か重い物が体全体にのしかかってくるように、地面に膝をつくミュウとソフィア。
「大丈夫か!?2人とも」
「シオリは無事なのね…どうして…」
「想像以上だな……。早いところ、ここから出る方法を探さないと…」
その時、屋上の奥から白いローブを
さっきまで、そこには誰もいなかったはずだ。
この結界の術者なのか?
「誰だ!?」
無言のまま歩いてくる白いローブの者。
身構える僕をスルーし、ソフィアの元へと近付いていく。
「このっ!!」
「シオリ、ダメだ!!」
白いローブを掴もうとするが、
体が思うように動かず、フラリと地面に倒れてしまう。
なんだ?何が起こった?
今、自分に起きたことがわからず地面に顔をつけたまま、白いローブの者を見つめる。
「ようやく見つけたぞ」
野太く、低い声。
白いローブの男はソフィアの方へと近付いていく。
ソフィアもシェイドもミュウも、その場から一歩も動くことが出来ない。
その男は、ソフィアを狙っている───。
「やめろぉ!!」
背中に翼が生えた感覚を覚えながら、体を起こし、ローブの男に向かって叫ぶ。
「……
ローブの男は手のひらから槍を取り出すと、僕に向かってそれを投げつけた。
僕の体は硬直され、そこから一歩も動くことが出来ない。
「シオリ、避けて!!」
「シオリ!!?」
彼女たちの悲鳴が響き渡る。
ガギィィィィン!!!
鈍い音とともに、槍が弾き返される。
黒いローブを被った女性が、僕の前に立っていた。
「お前……何故ここに」
「あんたの好きにはさせないって、言ったでしょう」
黒いローブの女性は剣を構えると白いローブの男に突き立てる。
「……まぁいい。楽しみは次の機会にとっておくとしよう」
白いローブの男は振り返ると、そのまま霞の中に消えていってしまった。
結界が解け、自由になる4人。
立ち上がり、黒いローブの女性を見る。
「あ、ありがとう……あんたは?」
黒いローブの女性は、被っていたフードを取り、こちらを向く。
「!!?」
その顔を見て、僕は驚いた。
黒い長髪に青い瞳。頭には角が生え、クールな表情を浮かべている。顔立ちは大人びていたが、僕には見覚えのある顔だった。
「あ、あんたは……」
驚いて口が塞がらない僕に、
その女性は一呼吸置いて口を開く。
「私の名前はミュウ。ミュウラゼルド=テンジュ。それが私の名前」
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