87話_サキュバスと大泣きお姉さんと傲慢男4

シェイドは気まずそうに邪帝のチケットを取り出した。


「3人で行ってみたらどうかと思ったのだが…いらぬ心配だったようだ」


「そ、そんなことないよ!一緒に行こう、なぁソフィア」


「えぇ、皆でライブに行きましょう。その方が楽しいわ!」


珍しくしょんぼりとした声のシェイドを放っておけない空気が流れたのだった。


「そうか、ではあと2人はこちらで誘っておくとしよう」


「にしても、まさかシェイドが邪帝に興味あるとは思ってなかったよ」


「興味はない」


きっぱりと言い切るシェイド。


「少しでも2人の気晴らしになればと思ってな」


「そっか、気にしてくれてありがとう」


シェイドなりに気を遣ってくれてるんだな、と思うと僕は嬉しくなった。


「じゃあ当日は6人でライブに行くことにしよう」



◆◆◆◆◆



翌日、僕とソフィアはサマァに連れられて天界へとやって来た。


いつものエデモアのルートとは違い、今回は第二層に直接向かっている。というのも、サマァが天界のとびっきりなお嬢様だということが判明したからなのだ。そのため、送迎用の車が来ていてそれに乗って移動をしている。


「転生様、来てくださってありがとうございますぅ」


「まぁどうなるかわからないですけど、話だけは一応と思って」


「転生様のお話なら、ミミちゃんも聞く耳を持ってくれると思いますぅ」


「にしても、なんでまた僕なんですか?」


「転生様の話は天界でもちきりなんですよぅ。天帝を打ち負かすぅ。地上に現れた魔界の塔の事件を解決するぅ。数々の逆境を乗りこえてきた転生者、それがあなたなんですぅ」


「そんなに天界に話が広がってるのか…」


「(天帝のことも、シオリが転生者であることも事件に関わった人しか知らないはず。誰かがわざと情報を流しているみたいですね)」


コソッと耳打ちするソフィア。


「(そうみたいだな、でもなんのために)」


「(わかりません、でも用心はしておいてください)」


「(わかった)」


「あっ、着きましたよぅ」


サマァの言葉につられて外を見ると、とても大きなお屋敷が見えてきた。


「でかっ!!大変わやだな!!」


「大きい…」


歩いたら10分くらいはかかるだろう前庭を、玄関の門を抜け車は通過していく。


「綺麗ですねぇ」


色とりどりの花が綺麗に整頓されている庭に感心するソフィア。


「ここはぁ、庭師に頼んでやってもらってるんですぅ、後で見てみますかぁ?」


「いいんですか?」


「勿論ですぅ。庭師も喜びますよぅ」


「シオリ、後でこの庭を見ても」


「うん、しばらく時間かかるし見ておいで」


嬉しそうなソフィア。彼女が喜ぶ顔は見ていて気持ち良いものだ。


車は大きな屋敷の前で止まると、執事と思われる人がドアを開けて出迎えてくれる。


「ありがとう、爺」


「お嬢様、お帰りなさいませ」


「さぁ、お客様もこちらへどうぞ」


「あ、ありがとうございます」


促されて外へ出る。実際に近くで見ると本当に大きな屋敷だった。3階建ての中世ヨーロッパの時代を思わせるような格式高い建物。あとでかい。


「爺、お茶の準備を」


「既に整えてございます」


「あら、流石ねぇ。転生様、こちらへどうぞぉ」


サマァの案内で建物の中へと入って行く。


中央の扉から入り、真っ赤なカーペットの上を歩いて2階へ上がっていく。


広間に通された僕とソフィアは、テーブルに座った。


「しかし、広くてなんだか落ち着かないな…」


縦にも横にも広々と空間があり、いつもと勝手が違い過ぎる。


「どうぞゆっくりしていってくださいねぇ」


出された紅茶、お茶菓子などは素人目ながらもどれも一級品のようでとても美味しかった。

ゆっくり、と言われてもどうゆっくりしたらいか困る空間だ。


「ミミちゃんなんですけど、3階の部屋にいると思いますぅ。最近は帰ってきてもずーっと部屋にこもりっきりでぇ。全然話してくれなくてぇ」


ぐすっぐすっ、と泣き始めるサマァ。

涙を流すサマァに爺がハンカチを渡す。


「じゃあ、ちょっと様子だけでも見てみますね」


「よろしくお願いしますぅ」


「ソフィアはゆっくり庭でも見せてもらっていてくれ」


「はい、待ってますね」


僕は爺に案内され、3階のミミがいると言われる部屋へとやってくる。


「それでは私はこれで。何かご用がございましたらなんなりとお申し付けください」


「丁寧にありがとうございます」


「ミミ様は我々でも対応の難しいお方です。どうかお気を付けを」


頭を下げていなくなる爺。気をつけて、とはまた変わった挨拶だなと思った。



◆◆◆◆◆



爺がいなくなった後、部屋の扉へ向き直る。

この先に金髪の少年がいるのかと思うといささか緊張する。けど、大丈夫だ。年は近いし、ちょっぴり年上だし。


そう思いながら、僕は意を決してドアをノックする。


シーン。


反応がない。いないのかな?

そう思ってもう1回ノックをする。


「何回もうるせぇんだよ!!邪魔すんなっつっただろ!!」


急に部屋から響き渡る怒鳴り声。僕は驚いて一歩後ろに後ずさる。


少年の声だった。どうやらミミは部屋の中にいるようだ。しかし、どうしたらいいだろうか。少年はえらくご立腹のようだ。


……。


でも、話をするって言ったしな。黙って戻るわけにもいかないし。


僕はもう一度ドアをノックした。


「ババア!!てめぇ二度とノックすんなって……」


勢いよくドアを開けて出てくる少年と目が合う。


「…誰だお前」


怪訝けげんそうに僕の顔を一瞥いちべつした後に、何かに気付いた少年は僕の手を掴み、部屋に引っ張り込んだ。


「邪帝さん、何やってんすかここで!!」


少年は部屋について入ると、驚いた顔で僕を見ている。


「いや、僕邪帝じゃないんだけど…」


「何言ってんすか!!どう見たって邪帝さんでしょ!!でも、俺の家教えてないはずなんすけど…。もしや、あのババアが……ちょっと文句言ってきます!!」


「ちょっ、ちょっと落ち着いて!!落ち着いて、まず落ち着いてから話をしよう」


息巻いて部屋を出て行こうとする少年をなだめて、近くにあった椅子に座らせる。


「なんでまた邪帝さんが俺の家に直接来たんですか。呼んでくれたならソッコーで行ったのに」


「だから、僕は邪帝じゃないんだって。ほら、これ見て。額に何もないだろ?」


僕はおでこを上げて3つ目がないことを指差して見せる。僕が邪帝と判断された時のトレードマークだから、これでわかってもらえるだろう。


「ボケちまったんすか、邪帝さん…もしかして記憶喪失?」


「え?」


真顔で返答する少年。


「3つ目はいっつもメイクでやってるじゃないっすか。『これが世界を監視する目だ!』って」


「(うわー、恥ずかしい……)あっ、そうなんだ……」


あれもメイクだったんだ……。


「で、なんなんすか今日は。ライブまで時間もないし、練習進めないといけないんで」


落ち着いてようやく周りを見回す余裕が出来たが、部屋の壁には邪帝・ザ・ギャングROXのポスターが貼られ、エレキギターが何本か立て掛けてあった。アンプやエフェクターも配置されており、ヘッドフォンをとおして練習をしていたようだ。


「練習してるところすまないね。ミミくんと話をしてみたくてね」


「ちょっ!なんで俺の名前知ってんすか!!」


マジありえねぇと言うばかりに僕に詰め寄る少年。


「いや、サマァさんから聞いたから…」


「あのババァ……。俺のことはヘルって呼んでください。本名で呼ぶのは禁止っす」


「わ、わかった。ヘルくん、まず誤解を解いておこう。僕は邪帝ではない。シオリって言うんだ」


「……シオリ?それ邪帝さんのソウルネームなんすか?」


ヘルはまじまじと僕と近くにあった邪帝の写真を見比べる。しかし違いがわからないようにはてなマークを浮かべる。


「俺にはおんなじ顔に見えるんすけど。声も一緒だし。まぁ、邪帝さんも有名お方ですから色々あるんですよね。まぁシオリさんでいいっすわ。それでなんでここに?」


もう面倒くさいからそういう設定で付き合ってあげますよ、っていう空気がありありと見える。


さて、何から話したものか。さっきの様子だとサマァの話を出すだけで話がこじれそうだし。ここは邪帝の話を聞いていこう。


「邪帝のライブをやるって聞いたからその話を聞きたくてさ。どうやって誘われたんだ?」


「ハァ、その年でボケちまったんすね……。まぁいいや、俺、邪帝さんの曲が好きで、ギターを弾いてはネットにずっとアップしてたんすよ。そしたら、どんどん人気出てきて楽しくなってきて。そしたら、本人から連絡きちゃって!!直接会えねぇかって!!」


テンション高めに話を始めるヘル。そこで邪帝と会い、ギタリストが近々辞める話になっているから代わりに入らないかと誘われた経緯を話してくれた。


「マジ、ラッキーっすよ!まさか本人から連絡貰えるなんて。ま、目の前にいるんすけど。それで今ライブに向けて全力練習中っと。こんなんでいいすか?」


「あぁ、よくわかったよ」


サマァから聞いていた印象とはだいぶ違い、ヘルも乗り気でライブに臨んでいるようだ。これはそのまま練習させた方がいいのではないか?そんな考えが脳裏をよぎる。


「そうだ!邪帝さんに直接連絡すれば、目の前の邪帝さんが本物かどうかわかる!俺って頭いいー!」


ヘルは改心のアイデアを思いついたと言わんばかりに、端末を取り出し邪帝に連絡をとる。


「あっ、もしもし邪帝さん?今、目の前に邪帝さんがいるんだけど、本人なの確認したくて連絡を。えっ、何言ってるかわかんないって?ちょっと待ってください。今出しますから」


ヘルは端末のボタンを押すと画面を僕の方に向けた。


「邪帝さん、見えます?」


画面の中には、髪型こそ違うものの顔が僕そっくりの男性が映っていた。


「おーっ!!僕じゃーん!!」


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