70話_目に映った悲劇
自分が生まれた時、そこに椅子は用意されていなかった。
私、リアは本来の肉体の持ち主であるソフィア―――正式名称“ソフィアリア”のサキュバスの部分が独立して自我を持った、言わば第二の人格として発現した。天使とサキュバスという相反する属性を持った存在は天使の中でも特に異端の存在だった。
その当時、私は全てを壊したかった。支配して黙らせたかった。
周囲からの自分たちの評価を聞きたくなかったから。他と違うことを認められず、同じであることを強制される。そんな世界はうんざりだった。
ソフィアリアは私と違って、優等生だった。
聞き分けの良い子だったし、天使として模範のような子だった。その反動が私という存在として表れたということは後から知るのだが―――。
周りと合わせるくらいなら、1人でいる方が楽だった。
途中から、ソフィアリアと私は姉と離れて隔離された地域の館で過ごすことになった。
周囲の干渉がないということは、2人にとって救いだった。世話をしてくれるメイド2人が自分以外で会う唯一の人物だ。
そこでの生活は、それはそれで退屈だった。何もない、できないというのもストレスが溜まる。
私はそこで、いつか大きくなった時に復讐する人物を決めてはどう復讐するかを考えた。
怒りが私にとっての原動力だった。
ソフィアリアは物静かで読書をしていればそれで1日中過ごせるような、そんな性格だった。
性格が全く違う私とソフィアリアだったが、互いに体を共有しているということもあり、
心の中でよく話をした。私の話をなんでも聞いてくれるソフィアリアは、私にとって姉のような存在だった。
そんな生活が変わった出来事が、天使が落ちて来たあの日―――。
外で読書をしているソフィアリアの元に、1人の天使が落ちて来た。
よく見ると翼と腕を怪我している。私はこの地域が脅かされるのが怖かったから始末した方がいいと言った。だが、ソフィアリアはそうしなかった。怪我した天使を自らの力で治癒してあげたのだ。
天使は元気になり、お礼を言って飛んで行った。
その時は、対応の内容を巡ってソフィアリアとひどく喧嘩をした。ソフィアリアは無駄な殺生を嫌う子だった。私は、自分の生活をこれ以上脅かされることにひどく恐怖を覚えた。
後日、
お礼だと言って、ソフィアリアに新しい本やお菓子を持ってきて。それを機会に、天使は時折ソフィアリアの元にやってくるようになる。私はそれが大変疎ましかった。
2人だけの領域を侵された、ソフィアリアを奪われたという想い。
憎悪がムクムクと頭をもたげてきた。
ある日、1日だけ私の能力が上回る日があった。その時、私は考えた。
この天使チャミュに罰を与えなければならない。私たちの世界に勝手に入ってきたこの天使に、同じ苦しみを与えないと気がすまない。
私はソフィアリアになりすまし、チャミュに魅了の能力をかけて自分が一番大事な人をここに連れてくるように命令した。それを私が目の前で奪う。そうすれば、自分の愚かな行いに後悔することだろう。
実際、魅了をかけて相手を連れてこさせるところまでは問題なかった。
だが、そこで大きな誤算があった。
チャミュが連れて来た天使と初めて会ったのがソフィアリアだったこと、その天使ルキに私の能力が全く効かなかったことだ。
◆◆◆◆◆
ルキはとても明るい青年だった。
サキュバスとしての能力が最大に高まっていた私は、彼の生気が欲しくてたまらなかった。
だが、ルキはソフィアリアに惹かれてしまった。
ソフィアリアもまた、ルキの明るさに徐々に惹かれていった。
ルキにはもう1つ大きな能力があった。
全ての能力を吸収してしまう能力、“オールアブソーバー”の能力が私の能力を打ち消した。そのせいで、チャミュにかけた魅了の能力まで消してしまったことでチャミュとルキに私の存在がバレてしまった。
ルキは誰に対しても平等な人だった。
私にとっては能力が効かない、初めて対等に話した人物。最初は歯に衣着せぬ物言いに何度も苛立ったが、次第に彼の人柄に惹かれていってしまった。
私の予定は、半分が当たり半分は外れた。
ルキという存在をチャミュから奪うことには成功したが、奪ったのは私ではなくソフィアリアだった。奪う、という露骨なものではなかったがルキとソフィアリアが良い関係になっていることは私とチャミュの目から見ても明らかだった。
チャミュの表情が見る見る焦りに変わっていく姿は見ていて心が晴れやかになるようだった。
一件平穏な生活が少しづつ狂い出したのは、思えばそれがきっかけだったと思う。
私は、ルキが自分を恋愛相手として見てくれないことに徐々にフラストレーションが溜まっていった。ソフィアリアとの対応に明らかに差がある。
どうして、そこまで違うのか。同じ体のはずなのに。同じ“ソフィアリア”なのに。私の愛はルキには届かなかった。そして、チャミュもまた2人の関係が進展していくことに焦りと怒りを覚えていたに違いない。
きっかけは、ちょっとしたことだった。
いつもの日常、いつもならソフィアリアとルキが木陰で楽しく話をするような日。相手をしてもらえない私は、ふてくされて意識を閉じていた。
異変に気付いたのが、しばらく経った後。ソフィアリアの悲鳴で目が覚めた。
気が付いた時には、目の前に腹部を刺されて血まみれのルキをソフィアリアが支えていた。
大粒の涙を流しながら治癒を必死に施すソフィアリアだが、特殊な呪いがかかっているらしく、一向に治る気配がない。
私は頭の中がパニックになった。どうしてこんな事態になった?誰がルキをこんな目に遭わせた?
視界の奥にいる悪魔が映る。手には血塗られた剣。
私の怒りは一気に頂点に達した。ソフィアリアから主導権を奪う。
悪魔が言ったことは今でも覚えている。
「そこの天使のおかげでここに入ってくることができた。ありがとよ、天使さん」
地面に横たわるチャミュを見る悪魔。
私は、怒りに任せて悪魔たちの心臓を素手で抉り取った。
チャミュがこの場所を悪魔達に教えたんだ。ソフィアリアを殺すために。ルキを奪われたから。
だが、今そこに横たわっているのはルキだ。
ソフィアリアは再び私から主導権を奪い返すと、ルキの元に歩み寄った。
ソフィアリアが私に語り掛けてくる。
蘇生はもう手遅れであること、転生の術を施すしかないことを。
転生の術は、術者の命と引き換えだ。
ソフィアリアは自分の命を使うことでルキを転生させることを選んだ。
私は止めた。ルキを失いたくない。
だが、それと同じくソフィアリアも失いたくなかった。
だから、私も自分の能力を差し出した。
2人分なら問題ない。
私はソフィアリアに能力のほぼ大半を託して眠りについた。
次起きた時には、ルキにまた会える。
その時はルキとソフィアリアをこんな目に遭わせたやつに復讐してやると誓って―――。
結果は見ての通り、ソフィアリアはいなくなってしまった。
私とソフィアリアの半分の能力では、転生に必要な魔力は足りなかったのだ。
ソフィアリアは自らの命全てで補った。それを、私は目覚めた後で知った。
そして、全く違う人格が自分の体を動かしていたことを───。
◆◆◆◆◆
僕は涙を流していた。リアに首を絞められたまま。リアも涙を流していた。
「わかった?あの女の最大の罪が。あの女が何をしたのかを…」
リアはゆっくりと僕を下ろす。僕は呼吸を整えるために、大きく息を吸う。
「本当にチャミュが悪魔を呼び寄せたのか?」
「見たでしょ?それが全てだよ」
リアは両手に剣を構えるとチャミュの方に歩いていく。
「リア!!チャミュを殺すことが復讐を果たすことになるのか!?ルキを殺したのは悪魔じゃないのか?」
「…関係ない」
リアの周りに紫色のオーラが溢れ出していく。
「悪いのは悪魔だ。チャミュを苦しめる必要はないはずだ」
「あいつがいなければ私たちはそもそも苦しむことはなかったのよ!」
「チャミュはそんな天使じゃない!!一度は天帝に捕まったソフィアのことを救っている。ソフィアリアのことを嫌っていれば、助けるはずないだろう」
「そんなの私の知ったことじゃないわ!!」
リアは剣を掴むと地面に突き刺す。地面が大きく隆起し、リアと僕の間に大きな壁が現れた。
「もういいよ、この街を滅ぼすから。そしたらルキも私の苦しみをわかってくれるよね?」
リアはもうひとつの剣を突き刺す。突如怒る大きな地鳴りと爆発。
「シオリ、一旦ここは退く!!このままでは皆巻き添えになる!!」
「リア!!どうしてこうなる!!話し合う余地はないのか!!」
「ルキが悪いんだよ……」
リアは黒い翼を羽ばたかせると、どこかに飛び立っていった。
「リアー!!!」
僕の叫ぶ声も虚しく、そのままリアは姿を消してしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます