深層世界編
63話_サキュバスともう1人の私
「これはまた困った事になったな」
チャミュは僕とソフィアの話を聞いて開口一番そう言った。
先日のこともあり、ソフィアのサキュバスとしての発情周期の間隔が想定以上に短くなっていることをチャミュに相談をしたところだった(具体的な解消法については話していない)。
「2人の関係が進展したという点についてはまぁ、喜ぶべきことではあるのだが、面倒が増えた形でもあるな」
「ソフィアの症状を解消する方法はないのか?」
「こうなれば、サキュバスの能力を克服するしかない。彼女と直接話をしないと」
「彼女?」
「以前に話したことがあったかな。ソフィアの中にはサキュバスとしての人格が眠っているんだ。それは私とある一部の者しか知らない」
「もう1人の私……」
「ソフィアも直接は会ったことがない。もう1人が表面に出てくることはないからね」
「その、もう1人のソフィアと話をすればいいんだな?」
「大事なことは、ソフィアがサキュバスの能力を制御できるかどうかだ。彼女が力を貸してくれれば、ソフィアは力を制御できるようになるだろう」
「そうか。それで、どうすればその彼女と話ができる?」
「ソフィアの心の中に入るしかないな。そこで直接彼女と話してみるといい。なかなか一筋縄ではいかないぞ」
「怖いこと言うなよ……」
「まぁ、会ってみればわかる」
「じゃあ、早速今日会いに行ってみようか。ソフィア、それでいいか?」
「はい、不安はありますけど」
ソフィアのサキュバスの能力を解決するため、僕とソフィアは、もうひとりのソフィアと言われる存在に会いに行くことになった。
「で、ソフィアの心の中にはどうやって入ればいいんだ?」
「それは……私が連れて行きます。シオリ、私の部屋に来てください」
ソフィアに連れられて階段を上りソフィアの部屋に入る。
「これで目隠しをしてください」
ソフィアからアイマスクを渡される。だいぶ前にもこんなことがあったような気がするな。
「はい、こっちに。横になってください」
恐らくベッドに横になったのだろう。仰向けに寝ると、頭の下に枕のようなものを差し込まれる。枕にしてはわりと高さがあるが。
顔の上には弾力のある暖かいものが覆い被さってくる。これも前にあったな……。
「シオリ、何も見えてませんよね?」
「うん、見えてない見えてない」
「はい、もう目を開けていいですよ」
ソフィアに言われて目を開ける。
目の前には変わらずソフィアの部屋があった。違うのは僕が立った状態であることと、アイマスクをしていないこと。
「ここってソフィアの部屋?」
「はい、イメージのですけどね。外はもう別の世界です」
ガチャッとドアを開けると、そこには
部屋とは全く関係ない広い世界が続いていた。チェック柄の
「ここがソフィアの心の中?」
「そうみたいですね。私もこういう使い方はしたことがないので」
「こういう使い方?」
「いっ、いえ、なんでもないです。さ、さぁ行きましょう」
ギクシャクしながら先に進み出すソフィア。
「にしても、不思議な世界だな」
「そうですね。自分でもよくわからない景色があります」
「試しに中に入ってみようか」
僕は近くにあった木造の扉を開ける。
中はキッチンが広がっていた。
棚には様々な調味料、壁にはフライパンやおたまなどが掛かっている。
ソフィアが興味のありそうなジャンルの部屋、というのが一目でわかる。
「料理の部屋かな?」
「そうみたいですね。私が気になっている材料や道具があります」
「ソフィアの心の中を反映しているんだろうね。にしても、この中からもう1人のソフィアを探し出すのはなかなか大変だぞ」
「そうですね、せめてヒントか何かがあれば見当もつくのですが」
その後、白塗りの扉や、まわりが金細工で象られた扉。自動ドアに、
ソフィアの心の中を盗み見るみたいな感じで、気になる反面申し訳ない反面。
「シオリ、あんまりじっくり見られると恥ずかしいので…」
「あ、う、うん!そうだよね!」
「おっ?このドアは…」
そこに、ビビッドなピンク色のドアが現れた。今まで見たドアとはだいぶ毛色が違うような。
「ソフィアにしてはだいぶ派手な色使いな扉だね」
「そうですね、こんな色は見たことないです……けど」
「開けてみよっか」
「あっ、シオリ」
ガチャリ。扉を開ける。
「あんっ…シオリ…好き!大好き!!シオリ、もっと抱きしめて!シオ―――」
バタンッ!!
ソフィアが今まで見たことのないスピードで思いっきり扉を閉める。
ソフィアが抱き枕を抱いて絶叫していたような、そんな気がしたが…。
「あの、、これは違うんです、、」
顔を真っ赤にしてテンパるソフィア。
「あれは、違います…!決して私が想像したとかじゃなくて…。わかってくれますよね…?ね?」
涙ながらに
「う、うん。何も見てない。見てないから」
「あうぅ……」」
涙ながらに訴えてくるソフィア。僕は目を逸らして頭を撫でてやる。
ソフィアは僕に顔を近づけて記憶を消そうとする。
「ソフィア、それはストップ!記憶は消さないで!」
「でも、シオリがあの光景を覚えたままだと私は……」
「見てない!見てないから!」
「本当ですか?」
「ほんと、ほんと」
「じゃあ…」
「ふぅ…」
間一髪、記憶消去は避けることができた。
その後も扉を開けていくが、なかなかもうひとりのソフィアに出会うことはできない。
ちらほらあるピンクの扉はソフィアが絶対に開けさせてくれなかった。
「いないな……」
「いないですね…」
「やっぱり、ピンクのドアも開けて見た方が」
「いえ、そこにはいません」
「だって…」
「いません」
「…わかった。じゃあ、もう少し探していなかったら戻るとしようか」
「はい」
2人でもう少し歩いてみることにする。
すると、視線の先に鎖で縛られた大きな扉が見えてきた。
「これは……」
「物々しい扉だな…。この先にいそうだけど」
「そうですね…」
扉をゆっくりと見つめるソフィア。とても緊張しているように見える。
ソフィアにとっては過去のトラウマに触れるような事なのだ。緊張していない方がおかしいだろう。
「大丈夫か、ソフィア…。無理しなくても」
「いえ、行きましょう。このままではいられませんから…」
僕は震えるソフィアの手を握る。
「よし、行こう」
「はい…」
僕とソフィアは2人で扉に手をやり力を込めた。
鎖が外れ、ゆっくりと扉が開く。
ギギギギ。
扉の先には、宮廷を思わせるような豪華な寝室が広がっていた。
正面の広い寝室に眠っている少女が1人。8人は一緒に寝られるくらいの広さだ。
「この子がもう1人のソフィア?」
近くまで行き顔を覗く。眼鏡をかけていないソフィアだ、と僕は思った。腰まで伸びた白髪の女の子がすやすやと寝息を立てていた。黒いネグリジェに黒い紐パンとセクシーな格好で目のやり場に困る。
「そう、みたいですね……」
「起きるのかな?」
2人で少女の顔を見ていると、少女がパチリと目を開けた。
「う~ん、だれえ…?」
体を起こした少女と僕の目が合う。
少女の目にキラキラと光が宿る。
「来た!!ほんとに来た!!ルキだーっ!!」
少女は僕をギューッと抱きしめる。
「る、るき?僕はそんな名前じゃないんだけど…」
「何言ってるんだよ、この顔はルキしかいないよ!うーっ、ルキ会いたかったよーっ!!」
グリグリと頬をすり寄せてくる。
僕もソフィアも頭に疑問符が出たまま。何が起こっているのか理解できない。
「君は、もうひとりのソフィアなのか?」
「もうひとりって何?ルキ、本当に私のこと忘れちゃったの?」
ぷーっと頬を膨らませるもうひとりのソフィア。僕の肩を掴んでガクンガクンと揺らす。
「誰?この女は?」
「ソフィアだよ」
「あの、初めまして、ソフィアです」
「あー、仮の人格ね……おつかれさま、もう帰っていいよ」
明らかに冷たい表情をするもうひとりのソフィア。
ソフィアと同じ顔なのに、ぞっとするくらい威圧感がある表情だった。
「ルキはいいけど、あんたはいらない。さっさと出てって」
もうひとりのソフィアから稲妻が走る。
「きゃあっ!!」
「ソフィア!!なにをするんだ!!」
「なにをって、邪魔者を排除しただけよ。さぁルキ、久しぶりに2人で愛し合おっ」
もうひとりのソフィアはまるで蟻を払いのけるかのようにソフィアを消そうとする。
「ま、待ってくれ。僕は君と話をしに来たんだ」
「話?私もルキといっぱい話したいよっ!ずーっと待ってたんだから!」
「だから、僕はルキって名前じゃないんだって。天寿シオリだ」
「ルキじゃないの?」
「あぁ…」
「ふ~ん、そうなんだ…」
元気なさそうにしょぼんとするもうひとりのソフィア。
「わかってくれ…んっ!?」
唐突にもうひとりのソフィアに唇を奪われる。
「ぷはっ。この味はやっぱりルキだよ。なんでそんな嘘つくの?」
「う、嘘じゃ…ない…」
身体中のエネルギーをほぼ奪われた形になり、立ち上がることができない。
「なんで、せっかくの感動の再会なのに。そこの女のせいなの?もういいよ、そんなに言うんだったら」
もうひとりのソフィアは僕を蹴ると、僕とソフィアに向けて雷撃を飛ばす。
「ルキのバカー!!」
激しい衝撃とともに、意識が飛んでいく。
気がついた時にはソフィアのベッドの上だった。隣ではソフィアも同じく意識を取り戻したようだ。
「うぅ、どうやら弾き飛ばされてしまったみたいですね……」
「なかなか強烈だったな……」
身体を起こそうとするが、全く動かない。
「シオリ、どうかしましたか?」
「体が…動かないんだ……」
「サキュバスの能力に触れたからでしょうか…今、回復しますね」
「ありがとう…」
ソフィアの心の中にいたもうひとりのソフィア、そして僕のことをルキと呼んだこと…。
彼女との初めての出会いは謎を更に呼ぶこととなってしまった。
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