28話_サキュバスと天界第2層上層・接触

第2層下層の宿。

1日が経ち、僕たちは上層に向けて出発した。


目指すはチャミュの知り合いがいると言われている場所だ。

チャミュが言うには古くからの知り合いで、ソフィアのことも知っているという。


「上層に行くには列車を使う必要がある。まずは下層駅に向かおう」


駅は昨日の事件の慌ただしさはなくなり、平常の運行に戻っていた。


「それじゃあ、ちょっと手続きしてくるから少し待っていなさいな」


ミュウは上層の改札に歩いて行くと、手続きを済ませてチケットを手に帰ってきた。


「はい、これで上層に行けるわ」


「ありがとう、ミュウ」


「あら、お礼なんて」


唇を近付けてきたミュウの角をスカーレットが掴んで阻止をする。


「ちょっと!!角触らないでちょうだい!!」


「油断も隙もないんだから!!」


「いいじゃない、シオリの役に立ってるんだから」


「それだったら私もできるし!!私もシオリとチューしたいし!!」


暴れる2人をなんとかなだめる。そろそろ心労が積み重なって来たな…。


「シオリ、列車が来る。先に行くよ」


「あ、あぁうん」


やり取りに慣れたチャミュはさっさと列車の方へと歩いていく。


「2人の熱意もなかなかのものだな。ソフィアもあれくらい積極的ならわかりやすいのだが」


「ソフィアもあんな感じだったら日常生活が落ち着かないよ……」


上層行きの列車は、1~2層間の列車とは違い少し綺麗な感じになっていた。シートも柔らかい気がする。


「上層といってもすぐ着くからね」


「そうなんだ」


「外周を回るだけなのさ」


僕の両端にスカーレットとミュウ、ぎっちり詰まっている。


向かいの席にチャミュ1人とバランスの悪い配置で座る。


スカーレットとミュウの地獄のような板挟み状態にあいながら10分程すると、上層の駅へとたどり着いた。


「上層、だいぶ他と雰囲気が違うんだな」


2層の中でも、建物が洗練されているというか整っている雰囲気が見て取れる。


外に出ている天使もあまり見あたらない。


「上層の天使たちはあまり出歩かないからね。従者がいる家も多いし」


「ふぅん、そうなのか」


キョロキョロとあたりを見回すスカーレットとミュウ。


「2人とも、どうした?」


「あ、久しぶりに帰ってきたからさ、知りあいに見つからないかな~って、あはは」


笑ってごまかすスカーレット。


「こっちは知らないけれど、私は上層にあまり良い思い出はないの。出来れば関わらずに通過したいわね」


ミュウの場合は、ソフィア以外とは関係がなかったんだっけ。出来るだけ、穏便に行きたいところだな。


「私の知り合いの家はこの区画の外れにあってね、少し歩くことになってしまうが我慢してくれ」


チャミュの案内で、第3層をしばらく歩く。舗装された道路から外れ、山道のような場所になってきた。都会的な印象から自然の風景へと変わっていく。


「私の知り合いは少々変わっていてね、自然に囲まれて静かに過ごすのが好きなんだ。仕事の都合で第3層にいるけど、なにもなければ1層にいるような人物だ」


「なんだかエデモアみたいだな」


彼女の顔が目に浮かぶ。


「彼女の師匠にあたる人だよ」


「えっ!?」


「私の創造主だな」


シェイドがようやく口を開いた。


「そうだね」


「なんだよ、言ってくれれば良かったのに」


「行けばわかることだ」


「そうなんだけどさ」


相変わらず、必要そうなことでも直前まで黙っているなんて。

シェイドらしいと言えばそれまでだが。


「彼なら3層に行くチケットが用意できるはず。きっと、助けになってくれる」


「そっか、どんな人なんだろう」


シェイドをつくった人物なのだから、相当な変わり者なんだろうな……。


その時、スカーレットが僕の裾を引っ張って足を止める。


「スカーレット、どうした?」


「止まって!多分、囲まれてるよ」


「なんだって!?」


「シオリ、スカーレットの言うとおりらしい。どうやら先回りされていたようだ」


それぞれ武器を出して構える。


前から、白い軍服を着た兵士らしき集団がゾロゾロと現れる。


「天帝の手の者だな」


「私たちがソフィアを助けに来たのはもう伝わってるのかしらね」


「おそらくそうだろう。博士の安否が心配だ、急ごう」


チャミュは銀色の銃を構えると兵士たちに向けて撃つ。


「うおっ!!」


「ぐあっ!!」


銃弾をくらい次々と倒れて行く兵士たち。


「雑魚は私たちに任せて。シオリはあいつの後を追って」


「わかった!!」


スカーレット、ミュウが切り開いてくれた道を駆け抜ける。


「エメ様!!奴等が突破してきました!!」


「なにっ!!まだ博士を捕らえていないというのに……。仕方あるまい、迎え撃て!!」


チャミュの後を追うと高い壁に阻まれ立ち往生している兵士の集団と鉢合わせした。


「シオリ!!どうやら防壁が作動しているようだ。一旦ここの兵士たちを片付けよう」


「わかった。シェイド、頼む」


「了解した」


主導権をシェイドに渡す。


主導権がシェイドに移ることで、体を透明なオーラの鎧をまとう形になる。僕はそれを第三者視点で見る形になるが、実に自分とは思えない凛々しい動きで兵士達を次々と倒していくのだ。


兵士はあっという間に倒してしまい、残るはエメだけになった。


「く、くそっ…!!」


「なんでここに私達が来るってわかったのかしら」


「そんなこと、教えるわけないだろう!!」


盾を構え、徹底抗戦の姿勢を見せるエメ。


「シオリ、ここはまかせて」


スカーレットは1人前に出ると、自分のスカートに手を伸ばす。


「な、なんだ!?色仕掛けなど通用しないぞ!!」


強がりを言うエメだが、目線はスカーレットのスカートがたくし上がるのをしっかりと追っている。


「単純だとわかりやすいね。集中魅了コンセントチャーム


スカーレットの目とエメの視線が合うと、エメの目の色が紫へと変色する。強ばっていた身体が緩み、盾を構えていた腕が下へと下がる。


「さて、なんで私たちがここに来たのを知っていたの?」


「リーガロウ様からいただいた情報を元に、2層からお前達を尾行していたのだ。そこの天使が博士と関係があるという情報を掴み、待ち伏せしていたのだ」


「なるほど、そういうことだったのか。天帝側には私たちの情報は筒抜けみたいね」


「尾行は何人くらいしてるの?」


「私の部隊だけだ。捕まえ次第、リーガロウ様の部隊が来る手筈になっている」


「そしたら、ここに長居するのもまずいわね。皆、場所を移動しましょう」


「わかった、スカーレットありがとう。もう大丈夫だ」


「ありがとう、そしたら自分で気絶してくれるかしら?」


「わかった…」


ドスッ


「うっ……」


エメは手に持っていた剣の柄を自分の腹に当てて気絶する。


結構痛そうな音したな……。


「行くわよ、シオリ」


「あ、あぁ…」


倒れこむエメを踏み越えていくミュウ。スカーレットも構わず踏んでエメの巨体を乗り越えていく。


「シオリ!!どう、見直した?」


「流石スカーレットだな」


「でしょ~。もっと褒めて褒めて☆」


「それくらいにしておきなさい」


「ふーん、あんた魅了使えないから悔しいんでしょ」


「うるさいわね。次喋ったら斬るわよ」


こんな状況でも変わらない険悪な雰囲気。


「2人とも、静かにしてくれ。博士の声が聞こえない」


防壁に耳を当てて様子を伺うチャミュ。


「奥に誰かいるのか?」


「おそらく博士がいると思うんだが」


「呼んでみればいいんじゃないの?」


「そんな安直な……」


「おーい、誰かいますかー!?」


スカーレットが壁に向かって大声をあげる。


「スカーレット!?」


「その方が早いか……。博士ー!!敵は倒しましたー!!」


チャミュも続いて声をあげる。


「そんな声をあげたくらいで壁が解除されたら苦労しないわよ」


呆れて後ろから見ている僕とソフィア。僕もソフィアと同意見だった。


ゴゴゴゴ…。


その時、壁の一部がゆっくりと下がっていく。


「開いたみたいだな……」


「みたいね……」


「博士が気付いたみたいだな。中に入ろう」


そんな簡単に開いていいのか、と戸惑う僕とミュウを置いて、チャミュは中に入っていく。


「何をしているシオリ、博士に会いに行くよ」


「あ、あぁ…わかった」


防壁の中に入ると、先程下がった防壁は再び元に戻っていく。


「あれ、元に戻るのね…よくわからないわ」


「あ、あぁ…」


「…な、なによ」


「いや、ミュウもそんな顔するんだなって」


普段あまり見たことのないテンションの顔だったので、気になってしまった。


「あ、あまり見ないでくれるかしら…///」


予想外の返答に照れて目を逸らすミュウ。


「さて、中に入ってみようか」


木造の家の扉を開けるチャミュ。僕とソフィアも後に続いて入る。


「博士、いるか?」


薄暗い部屋の中。エデモアの骨董屋に入った時もこんな感じだったのを思い出す。


「……チャミュかい?」


暗い部屋の中から声がする。徐々に声が大きくなり、こっちに近付いてくる。


「この人が……」


僕の目の前に現れたのは、背の高いクセ毛の男性だった。

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