14話_サキュバスと根性野球の成り上がり1
「野球対決?」
その話があったのは数日前、学校帰りのことだった。
突如数人の野球部員に拉致されて、学校の屋上に連れて行かれた。
なんだ、僕はこれから突き落とされでもするのか。
そんな縁起でもないことを考えていると、視界に映ったのはスカーレットとおそらく野球部の部長だろう、丸刈りのガタイのいい男子生徒だった。
「先輩!天寿さんを連れてきました!」
僕を拉致してきた野球部員Aが元気な声で先輩に報告した。
「よし、下がっていいぞ」
上下関係とはいえ、人を連行するのに使ったりしていいんだろうか。
丸刈り野球部部長は、僕の前にどんと仁王立ちした。
これから野球の練習なのであろう、練習着姿だ(野球には試合で使うユニフォームの他に、汚れてもいいように練習用のユニフォームのようなものがある)。
「君が天寿くんか、僕の名前は津田沼球児。硬式野球部の部長をやっている。いきなりだが、君に野球の対決を申し込みたい」
本当にいきなりな話だった。全然話がつかめない。
部長の後ろで立っているスカーレットの方に目を向けると、僕の顔を見てニヤッと笑った。
こいつが発端だな……察するのにそう時間はかからなかった。
「先ほど、スカーレットさんに交際を申し込んだのだが断られてな。どうすれば付き合ってもらえるかと尋ねたところ……」
「シオリに勝ったらいいよ、って答えたのっ」
僕にウインクをして、いたずらっぽく答えるスカーレット。
また話を面倒にしてきたな……。
そして、野球部部長までがスカーレットの毒牙にかかっていたとは。
「勝った方が、アタシを好きにしていいよ」
両腕で胸を挟み、腰をくねらせて色気たっぷりのポーズをする。
好きにしていいよ、ではないのだが…。
「…と、いうことだ」
かっこよく決めようとしてますけど、先輩めっちゃ鼻血出てますよ。
「なぁ、それ僕にメリットないじゃないか」
「えっ、ひどーい。アタシを好きにしていいんだよ?そしたらぁ、こんなことや、こんなことなんて……」
文句を言いながら僕に近付いてきたスカーレットは、僕の手をとり自分の胸へとあてがう。
「自由にしていいんだゾ」
「!!?スカーレットさん!!?」
部長に怒りが込み上げている。クソゥ、こいつ悪魔だ。
まぁサキュバスらしいと言えばそれまでなんだがこれ以上話をややこしくしないでほしい。
僕はおっぱいの感触が残った手をスカーレットから遠ざけるように後ずさる。
「天寿くん、君はこの対決を受けなければいけない。男と男の勝負だ」
鼻血出しながら言われてもな…。スケベ心満点だし、しかも勝負って言ったって自分の得意分野じゃないか。勝負もなにもあったもんじゃない。
「でも、僕素人ですよ…」
同じ土俵で戦うのは得策じゃない。そうじゃなくたって、僕のいる高校は地区内でもベスト4には毎回入るくらいの実力を持っているチームなのだ。部長の勝ちはほぼ間違いないだろう。
そこで、別にこの勝負勝たなくてもいいのでは、ということに気がついた。
スカーレットが誰と付き合おうが、別に僕の知ったところではないのだ。僕やソフィアに迷惑をかけない範囲でやってくれれば問題ない。
「あの、僕別にスカーレットと付き合ってるわけではないので、あとはお2人で話し合っていただければ……」
「シオリー!ひどーい、じゃあ…あの日あんなにアタシを求めたのは遊びだったって言うの?」
部長の精神を荒立てるような言葉を投げてくるスカーレット。本当に人を弄ぶのが好きな悪女だ。
「求めとらんわ!!いつの話だ!!大体付き合ってないだろ!!」
「あんなにベッドで好きだって、愛してるって言ってくれたのに」
「言ってない。言ってない」
地面に女座りをし、わざとらしく泣くスカーレット。
合間にチラリとスカートをあげて紐パンアピールをしてくるあざとさを忘れない。
顔を動かさず目線だけそちらに向けてガン見する部長。いや必死だなオイ!
部長モロ色仕掛けにかかってるけど大丈夫なのか?そんな心配をよそに、部長は完全に僕を敵だと認識したようだ。
「君がそんなに人間のクズだとは思わなかったな…。ここで逃げるようであれば、これ以上被害者が増えないよう全校に知らさなければならない」
ひどい話だ、初対面で人間のクズと言われ、嘘の情報をばらまくのだという。恋に盲目にも程がある。流石に言われたい放題の状況に少しばかり腹が立ってきた。
「部長、それは聞き捨てならないですね。僕はそんなことをしていない」
「ならば、勝って証明してみせることだな」
「……いいでしょう」
ん?あれ、やべっ。勢いで言ってしまったが勝負に乗る形になってしまった。今更訂正することもできない。
「シオリ!!アタシのために戦ってくれるのね、嬉しい!!」
「違うって!!僕の無実を証明するだけだ。スカーレットは関係ない」
「そんなこと言って~。勝ったらとっておきのご褒美用意してるゾ」
スカーレットは僕に抱きついて、シャツの中のブラをチラッと見せてくる。
「ル、スカーレットさん!!か、勝ったら僕にも」
「もちろん、部長が勝ったら、凄いことし て あ げるっ(ハート)」
ブハーッ
鼻血を吹き出して倒れるスケベ部長。
こうして、何故か数日後に野球部部長との野球対決が決まってしまったのであった。
◆◆◆◆◆
「あなた、バカじゃないの?」
ことの顛末を話しての第一声。
家に来ていたミュウから発せられた。
「すっかり乗せられてるじゃないの。しかも相手の土俵に」
「うん、まぁ、そうなんだ……」
ミュウに説教されてシュンとする僕。ソフィアが優しく僕をなぐさめてくれる。
「シオリ、その野球というのは経験があるのですか?」
「まぁ、多少はね。ただ野球部の部長に勝てるかって言うと……」
一通り野球について知識はあるが、勝負に勝てるかというと流石にそれは自信がない。
「にしてもスカーレット、また厄介なこと…。全く、人をオモチャにして遊ぶことしか考えてないんだわ」
ふんっと鼻息を荒立てるミュウ。
スカーレットとは仲が悪いので、今回みたいな時は味方になってくれる。
「対決は何日後ですか?」
「1週間後、学校のグラウンドで」
「勝負の方法は?」
「勝負は部長がピッチャー、僕がバッターで、フェアグラウンドに打ち返したら僕の勝ち、1アウトとったら部長の勝ち」
平たく言うと白線の内側に打ち返せれば僕の勝ちと言うことだ。それであればまだ勝つ可能性はある。
それにしても、相手はあの部長だ。
校内屈指の名ピッチャーと言われているだけに攻略するのはとても大変だろう。
「それじゃ、特訓しましょ」
「えっ、特訓?」
「そうよ、何言ってるの。素人のあなたが対策もしないで勝てるわけないでしょ」
「たしかに…」
ミュウに真正面からド正論を突きつけられ、グゥの音も出ない。
「敵の情報は調べてくるから、あなたは毎日これを付けて素振り500本とこれを付けてなさい」
ミュウから重りの着いたリストバンドと激重いバット、そして眼鏡を渡される。
「リストバンドとバットはわかるけど、眼鏡?」
「それは【明鏡止水】と呼ばれる天界アイテムよ。あなたに今必要なのはバットを振る軌道を覚えることと、打つタイミングを見極めること。その眼鏡は集中力を高めると、物が止まって見えるようになるの。精神が完全に研ぎ澄まされたとき、逆転に持ってこいの曲が頭に流れるからすぐわかるわ。澤野○之さんの曲とでも言えばいいのかしら」
それはわかりやすい、なんとも一発逆転にもってこいの曲じゃないか。
ユ○コーンとか、アル○ノア・ゼロとかでかかるやつだよな!!
「わかった。それはそうと、さっき言ってた敵の情報を調べてくるって?」
「それは後日話すから待ってなさい」
ミュウは詳しく話してくれなかったが、自信たっぷりに言うので任せることにした。
「私はなにか手伝えることありますか?」
「姉さまには姉さまにしか出来ないことがあるから、後で説明するわ」
「ミュウがいると頼もしいな、ありがとう」
「べ、べつに、あいつがムカつくから一泡吹かせたいだけよ。ホント、調子に乗ってるんだから」
そっぽを向くも、顔が赤くなっているのがわかる。
「よし、じゃあいっちょ頑張りますか」
そうして、1週間の特訓が始まった。
◆◆◆◆◆
特訓を始めて2日、リストバンドと毎日の素振りで腕がパンパンだ。
両手にはまめが出来始め、ちょっと動かすだけでも痛い。
学校ではスカーレットがちょっかいをかけて来たが、腕を動かせないのでいつも以上に好き勝手されてしまった。
精魂尽き果て席で休んでいると、伊達がやってきた。
「あれ、お前眼鏡なんてかけてたか?」
「あぁ、とある事情で一時的にな」
「なんだそりゃ。まぁいいや、おい聞いたか?」
「なにを?」
「野球部に道場破りが現れたって話」
またなんか面倒な話が出てきたな……次は一体なんだ。
「道場破り?どういうことだ?」
「角を生やした小さな女の子が来て、部長にタイマンで勝負を申し込んできたらしい。しかも黒と白のバットを両手に持っていたとかなんとか」
ダラダラと冷や汗が出る。小さな女の子、角、黒と白……。思い当たり過ぎる。
調べてくるってまさか…。
「へ、へぇ…変わった子もいるもんだな…」
「だよな、しかもホントかわからないんだが片手でホームランにしちまったらしいぜ」
「………」
言葉が出ない。
「どうした?」
「いや、なんでもない。なんだか、ファンタジーみたいなこともあるもんなんだな」
「だよなー、今その話で校内持ちきりだよ。僕も見てみたかったなー」
「はは、だな……」
不思議なこともあるもんだ、と伊達。
僕は乾いた笑いで返すしかできなかった。
◆◆◆◆◆
「ズバリ、ストレートね」
カフェオレを飲みながら、僕の方に向き直るミュウ。
今日は喫茶店の仕事をしているのでウエイトレス姿だ。仕事中なのにカフェオレを飲んでいるのはいいのか。学校の帰りに、らーぷらすに寄りなさいとミュウに言われ、寄った第一声がそれだった。
「昨日、野球部のところに行った?」
「ええ」
「部長と対決した?」
「ええ」
「バット2本で?」
「ええ」
「ホームランにした?」
「ええ。使ったのは黒薔薇だけだったけれど」
ホントだったー!!
頭を抱えうずくまる僕。まさか敵陣に単騎で乗り込んで行くとは思わなかった。自信たっぷりに言っていたからなにかと思えば自ら確かめに行くとは。
「右投げのピッチャーにしてはそこそこだったんじゃないかしら?それも、人間だったらという程度だけれど」
さらりと答えるミュウ。
最早そこまでの腕前だったとは。
「シオリ、狙うのはストレート、それ1本よ」
ミュウはノートを広げると、四角を9つに区切ったストライクゾーンを書いて説明してくれる。
「部長が使う球種はストレート、カーブ、スライダーの3つ。そのうちカーブとスライダーは右バッターから見ると離れるように曲がっていくわ。また右投げに対して右打ちだと玉のリリースが見にくいから内角を攻められると太刀打ちできないでしょう。ストレートは見たところ130kmくらいだったし、それを狙うのが妥当な線ね」
「まともな解説なんだな…」
「何を言ってるの、勝ちたいんでしょ?」
「う、うん」
「じゃあちゃんと聞きなさい。いい?
部長はとても見栄っ張りな感じの人だったわ。まわりを気にするんだから、決め球はストレートで決めたくなるはず。そこを逃さず打ちなさい」
「130kmってなかなかの速度だぞ…」
「期限はあと5日しかないわ。打ち分けを覚えている余裕はない。だとしたら、そのスピードに慣れる、それが一番よ。どれだけ速くたって慣れてしまえば出来ないことはないわ。」
「なるほど…」
説得力に満ちたミュウの言葉。
「わかったら家に帰りなさい。姉さまには話しておいたから」
「ん?どういうことだ?」
「帰ればわかるわ」
ミュウ、店長さん、サラリーマンの皆さんに見送りの手を振られ僕は喫茶店を後にした。
あの店のアットホームな雰囲気は良いと思う。あれならミュウも安心だ。
家にたどり着き、玄関を開ける。
「あ、シオリ。お帰りなさい」
「ただいま…ってソフィア、その恰好は?」
僕の目の前に立っているソフィア。
彼女は、ソフトボールのユニフォームを着ていたのだった。
「さぁ、シオリ。特訓をしましょう」
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