12話_サキュバスと初めての喧嘩と花

「シオリ、今度買い物に、い、行きませんかっ」


珍しくソフィアからの誘いがあったのは昨日、夕食での出来事だった。


今思えばなんであんな対応をしてしまったのか後悔しかないのだが、

ここ最近立て続けにスカーレットとミュウからの猛アタックに疲れ切っていたので、

あの時どんな表情をしていたのかは覚えていなかった。


「シオリ……?」


「あぁ、ごめん。ボーッとしてた。何?」


「い、いえ……」


「………」


しまった、と思いつつも、頭もフラフラで会話を遡ろうとする元気がない。

次の日に聞けばいいだろう。


そう安直な思考に至った僕は、ソフィアに聞き返すこともなく部屋に戻ってしまった。


それが、間違いだったということに気付くのは次の日の朝だった。


「ソフィア、おはよう」


「おはようございます…」


あれ?いつもこんなに元気なかったっけ。


最近はようやく目を見て話ができるようになったと思っていたが、今日は意図的に避けられたように感じた。


「……」


「…………」


食卓に流れる沈黙。

空気を呼んでいるのか知らないが、今日はフーマルもおとなしくご飯を食べている。


「あ、あのさ、昨日なにか僕に話してなかった?」


「いえ、別に大したことではないので。気にしないでください」


「そ、そうか…」


そっけなく返される。今日は一度も目を合わせてくれない。

声も心なしか突き放すような感じだ。


「………」


「………………」


再び流れる沈黙。

まずった。

まずいぞ、こんな状況に今までなったことがないのでどうすればいいかわからない。


どうしようかと考えている間にも沈黙は続く。


結局、朝はそれから大した会話にもならず、逃げるように学校に来てしまった。


「まいった……」


なんであの時話をちゃんと聞いてなかったんだろう。

頭を抱えて机に突っ伏す。


予断だが、あの一件以来、スカーレットのスクールカーストは少し収まった。

少し、というのは僕に対するクラスの当たりが弱くなったことくらいの話なのだが。

スカーレットが僕にちょっかいをかける時に暴動が起きなくなっただけ、マシといえばマシだ。


今はスカーレットの僕に対する様々な嫌がらせも一通り終わり、ぐったりと席に座っていた。


「どうした、シオリ。元気がないな」


同じクラスの伊達が見兼ねて声をかけてきた。

あまり社交的ではない僕にも気さくに話かけてくれるいい奴だ。


伊達政宗ネタでクラスからいじられたことがきっかけで右目に眼帯をするようになった彼。


アニメ、ゲームの影響を受けやすい高校生、仕方ないことだが、彼がこれを

黒歴史と称するときはくるのだろうか。


そんな心配はさておき、僕は伊達に今日起きたことを話した。


「そりゃあ、お前が100%悪いな」


即答。わかっていたことではあるが、改めて言われると心にくるものがある。


「まぁ、たしかにそうなんだよ…」


「謝ったらいいんじゃないのか?お前の話を聞くには、優しい子なんだろ?」


「うん。ただ今まで喧嘩らしい喧嘩もしたことなかったから、どうやって謝ればいいのかわからなくてさ…」


「そしたら、こういうのはどうだ?」


名案があると、伊達が僕に耳打ちしてくる。


「………なるほど、それならいけるかも。ありがとう伊達」


「ま、伊達に伊達は名乗ってないからな」


決め顔をこちらに向けてくる伊達。今のセリフが最近の彼の流行らしくことあるごとに耳にする。


「ありがとう、頑張ってみるよ」


「おう、頑張れ」


伊達にお礼を言って、席を立つ。

早速伊達に教えてもらったことを試してみるか。


◆◆◆◆◆


スカーレットをくことに成功し、

学校の帰りにやってきたのは、花屋サイサリスだった。

伊達曰く女性は花が好き、彼女の好きな花を買っていけば、謝るきっかけになるだろうということだった。


たしかに、これなら自然に謝れそうな気がする。

問題はどんな花にするかだ。知識が全くないからどんな花がいいのか皆目見当もつかない。


どうしようか…。


「なにかお困りですか?」


「あ、どんな花にするかを悩…んで…って」


何回かこの下りを経験したことがある。

長い金髪を首の横あたりで三つ編みにしている店員さんは、ニコニコしながらこちらに近づいてきた。


「ソフィアに買って行くのかい?」


「チャミュ…花屋もやってたのか」


「ふふ、私はなんでもやってるよ」


この女、どこにでも出没するな。


「花を探してるのかい?」


「あ、ええとソフィアに、花を、とおもって寄ったんだけど、どんなのがいいかなって」


言葉がたどたどしい。

とてもソフィアと喧嘩をしたとは言えず、どう説明しようか迷っていると、チャミュは優しい黄色い花の鉢植えを持ってきた。


「これなんかどうかな、マーガレットアイビー。花言葉は仲直り、だそうだ」


「ふぅ、なんでもお見通しか……」


「まぁね」


チャミュにはかなわないな。


「私がソフィアと君の家に初めて行った時のことは覚えているかな?」


「あ、ああ覚えてるよ」


「その時は、君がここまでソフィアに影響を与えるとは思っていなかった。私自身、ソフィアが自分の意志で何かをしたいって言ったことは数えるくらいしかない。ソフィアにとって、初めてちゃんとコミュニケーションのとれた異性が君なんだ。彼女の想いを大切にしてあげてくれ」


チャミュは、マーガレットアイビーの鉢植えを包装すると僕に手渡してくれた。


「ありがとう、チャミュ」


「ソフィアのためだからね、お安いご用さ」


チャミュはそう言って手を振ると、お店の中に消えていった。


花の入った袋を下げ、家へと向かう。そう言えば、ソフィアは昨日僕に何かをしたいって言ってた気がする。彼女にとって、提案をするということは他の人の何十倍も何百倍も勇気のいることだったんだ。そのことにやっと気がついて、自分の行動が恥ずかしくなる。


「あ、ソフィア……」


家の近くまで来ると、ソフィアが一人座っているのが見えた。


「シオリ……」


ソフィアが僕に気がついて、ゆっくりこっちに歩いてくる。


「昨日は、その、ごめん……」


謝りながら、花の入った袋を前に出す。


「ソフィアの話、ちゃんと聞いてなかった」


「………」


向き合った2人。視線は右下のまま。

沈黙が流れる。これから判決でも言い渡される用な気分だ。


ソフィアがゆっくり口を開く。目にはうっすら涙を浮かべながら。


「こんな気持ち、初めてだったんです。シオリに言葉が届かなくて、悲しくて………」


「だから、やっぱり自分から何かしたいって変なのかなって、自信なくなっちゃって……」


その言葉を聞いて、咄嗟にソフィアの震える手を掴んでいた。


「ごめん、僕ソフィアに甘えてた。明日聞けばいいやって……。ソフィアがどうしてこっちに来たのか、忘れちゃってた…」


「……」


「もう、しませんか?」


ソフィアは潤んだ目でこちらを見てくる。


「うん」


「私の話、聞いてくれますか?」


「うん」


「……じゃあ、許します」


ソフィアはニッコリ笑う、それと同時に一筋の涙がこぼれた。


「忘れないでくださいね」


「うん、もう忘れない」


僕とソフィアは見つめ合うと、お互いの手を優しく握り合った。


「シオリ…」


「…サキュバスがちゃんと恋をしたい、って変ですか?」


「ううん、サキュバスっていうのは関係ない。ソフィアがどうしたいか、でいいんだよ」


「シオリ……」


「僕も、ソフィアとちゃんと恋をしたい。恋がどんなものか、正直よくわかってないけど…」


困ったように、頭をかく。

ソフィアを見ると、目には大粒の涙を溜めていた。今にも泣き出しそうだ。


それをギュッと近くに抱き寄せる。

ソフィアの体は思ったより細くて、柔らかくて、

お風呂上がりのシャンプーのような優しい匂いがした。


ひとしきり泣き終わった後に、目を合わせる。

ソフィアの目は真っ赤になっていた。


「見ないでください…恥ずかしくて…」


「ソフィアの恥ずかしいところも知りたいよ」


ボッ。


あまりの恥ずかしさに瞬間湯沸かし器のように真っ赤になるソフィア。


顔を見られまいと僕の胸に顔をうずめる。


「今のは恥ずかしすぎます…」


「はは、ごめん」


ソフィアの頭をポンポンとなでてやる。


「帰ろうか」


「はい」


2人で手を繋ぎながら、家までの道を歩く。


「ソフィア」


「なんですか?」


「今度さ、買い物にでも行こうよ」


「ふふっ、いいですね。賛成です」


ソフィアはそう言うと、今日一番の笑顔で笑った。

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