第73話 もう一方の祖父母
黎星祭の2日目。
この日は在校生の親族や知人など、在校生や保護者から招待された一般の人も学園内に入ることができる。
ただし、正式な招待状を持参した者だけであり、その招待状も事前に参加者の名前や続柄、関係などを記した書面で申請し、学園から許可を得たものだけが発行されることになっている。
招待状には通し番号も振られ、なおかつ身分証の提示も求められるという徹底ぶりである。
下手をすれば国の経済が大混乱しかねないほど影響力のある家柄の子女が集まっているのだからある意味当然とも言える。
この日ばかりは警備員も大幅に増員され、学園のどこに居ても必ず数人の警備員が視界に入るほどだ。
そんな学園の前で一組の老人が面白くなさそうに鼻を鳴らす。
「ふん、大仰なことだ。家が金持ちなだけの世間知らずな子供が、まるで政府要人のような扱いじゃないか」
「世の中は自分達が中心に回ってると考えている馬鹿なガキばかりなんじゃないかね。ひとり残らず破産して貧乏生活になっちまえばいいのにねぇ」
男の方はスーツ姿、女の方は一応フォーマルに見えない事はないという感じのワンピースだが、それなりの生地の、それなりの仕立てではあるのだろうが、どちらもお世辞にも似合っているとは言えない。
姿勢も悪いし、なにより顔つきがあまり良い相貌と思えない。
誰の耳に入るかもわからないのに学園のすぐ側で口にした先程の言葉でその人柄が察せられるというものだ。
老人ふたりは校門の守衛所で招待状と身分証明書を提示して中に入る。
と、そこに黎星学園の制服を着た2名の男女が近づいてきた。
「西蓮寺ご夫妻でいらっしゃいますね。わたくしは生徒会の四条院と申します」
「黎星祭にようこそ。私は同じく生徒会の天宮です。申し訳ありませんが、今、西蓮寺陽斗君は生徒会の仕事で手が外せませんので代わりにお迎えに上がりました」
折り目正しく一礼する穂乃香と壮史朗。
どちらも育ちの良さを感じさせる気品ある仕草である。頭を下げながらも謙っているという印象は無い。
「あ、ああ」
「…………」
その気配に圧倒されたのか、つい先程まで学園の生徒に対して悪態を吐いていた老夫婦もろくな返事を返すこともできず頷くのが精一杯のようだ。
「黎星祭の主要な催し物が始まるまでまだ少々時間がございますので、その前に陽斗さんと面談なさった方がよろしいでしょう。ご案内致しますわ」
笑みを浮かべながらそう促して穂乃香が先に歩き出す。
普段の穂乃香を知る生徒ならよそよそしさを感じる態度だが、老夫婦にそれがわかるはずもなく大人しく後に続く。そして壮史朗は後ろから冷ややかな目で観察するように見ながら歩いている。
「ず、随分と大きな学校なのだな」
無言で先導する穂乃香に、堪えかねたように老人が声を掛ける。
校門から生徒会室まではそれなりに距離がある。笑みを浮かべつつも校内の説明をするわけでもなく黙ったままという雰囲気が気詰まりなのだろう。
「はい。この学園には国を代表する企業の創業家や歴史ある名家の子女が通っていますので環境や設備はかなり充実していますから」
簡潔な返答。
決して会話を拒絶しているわけではないのにそれ以上言えなくなってしまう。
そして、再び沈黙に耐えられなくなった老人が口を開こうとしたとき、ようやく穂乃香が建物の入口で立ち止まった。
「ここが生徒会室のある科目棟です。靴はそのままで結構ですのでお入りください」
それだけ言って先に入ってしまう穂乃香。
老夫婦は一瞬躊躇うように顔を見合わせ、それから中に入る。
「クソっ、いちいち面倒なことだ」
「年寄りをこんなに歩かせるなんて、どういう教育をされているんだか」
ブツブツと口の中で愚痴をこぼす。
さすがに生徒に対して直接文句を言わない程度には分別があるらしい。もっともすぐ後ろを歩く壮史朗には聞こえているのだが。
建物に入り、長い廊下の先、突き当たりにある扉をノックした穂乃香は、返事を確認してからドアを開く。
「陽斗さんがお待ちですわ。中にどうぞ、わたくしたちはここで失礼致します」
穂乃香はそう言って、壮史朗は無言で一礼すると踵を返す。
いきなり放り出されることになった老夫婦だったが、扉の外から中を覗くと同じような制服を着た男子生徒がひとり居るだけだったため眉を顰めながらも中に入っていった。
「失礼する。ここに陽斗が居ると聞いたのだが」
円卓の向こう側で何かのプリントを読んでいる男子生徒に、そう声を掛ける。
「陽斗って、
男子生徒はそう言うと立ち上がる。
老人よりも頭半個分ほど
今どきの高校生としては珍しくないのかもしれないが、良家の子女が通うというこの学園の生徒らしくはない。
「陽斗、なのか?」
「ん? そうだけど? なんか、皇の祖父ちゃんが父さんの両親が会いたがってるって言ってたからさ。んで? 俺に何か用だった?」
飄々としたもの言いに、老夫婦は呆気にとられたような表情で
彼等が想像していた孫の印象とはかけ離れすぎていて戸惑いが強いのだろう。
それでもなんとかここに来た目的を思い出して言葉を絞り出す。
「う、うむ。私達は行方不明になっていた陽斗が見つかったと聞いていても立っても居られなくなってな。無事な姿を見たいと皇さんに頼んでいたのだが、彼はあまり良い顔をしなかったのだよ。それでもなんとか頼み込んでこうしてやってきたのだ」
「陽斗、もっとよく顔をみせておくれ。ああ、やっぱり佑陽の子供の頃とよく似てるねぇ。会えて嬉しいよ」
老夫婦が口々に言い、男子生徒と距離を詰めようとする。
その言葉はどこか探るような色を含んでおり、それほど想いがこもっているようには思えなかった。
「あ~、ごめん、俺、祖父ちゃんと祖母ちゃんのこと覚えてないんだわ。だからちょっと戸惑ってるんだけど」
「無理もない。幼い頃に掠われて辛い思いをしてきたのだろう。私達が会ったのは陽斗がまだ小さかったしな」
「私は貴方の顔をしっかりと憶えていますよ。随分と立派になって」
困ったような顔をする
「悪いけどこういう行事の時って生徒会は忙しいんだよ。あんまり長いこと話してられないから要件を聞きたいんだけど」
老夫婦の言葉にもあまり心を動かされた様子が無いことを訝しみながら顔を見合わせる。だが話を進めなければここまできた意味が無い。
「あ、ああ、すまん。陽斗に話したかったのは、私達と一緒に暮らさないか、ということだ。どうも私達は皇さんから嫌われているらしくてな、陽斗があの家で暮らしているとなかなか会うこともできないんだ」
「皇さんは悪い人じゃないんだけどねぇ。私達とは考え方が合わないから気に入らないみたいなんだよ。なまじ金持ちだと私達みたいな庶民と付き合いたくないんだろうねぇ」
「もちろん私達のところで暮らしても皇さんと会うのを止めたりしない。いつだって自由にしてくれればいい。皇さんよりも遥かに年上の私達はいつお迎えがきてもおかしくないからな。少しの間だけでも陽斗と暮らして思い残すことが無いようにしたいんだ」
ふたりの言葉を黙って聞いていた
「ん~、そっちに行ったら転校しなきゃいけないんじゃないの? せっかく頑張って合格したんだし、生徒会役員までやってるからこのままこの学校にいたいんだけど」
陽斗の立場からすれば当然の望み。
だが老夫婦は一様に眉を寄せて難しい顔をする。
「いや、それは、う~ん……」
「できれば私達の家の近くの学校に移って欲しいんだけどねぇ」
渋るふたりに首を振る。
「だったら一緒に暮らすのは無理かなぁ。今さら編入試験の勉強とかもしたくないしね。この学校に残れるなら考えてみても良いけど」
老夫婦が顔を見合わせて目で何やら会話を交わす。
「し、仕方がない、か。それなら私達がこの近くに引っ越してくることにしよう」
「マジ? あ、でも、大丈夫なの? この学校って授業料かなり高いって話だけど、祖父ちゃん達払ってくれるの?」
その言葉に今度こそ虚を突かれた顔をするふたり。
「い、いや、私達だけでは難しいが、皇さんの援助もあるだろうし、それに、陽斗には佑陽と葵さんの遺産があるだろう?」
なんとかそう返すと、陽斗は呆れたように首を振る。
「皇の祖父ちゃんの家を出るなら頼るわけにいかないじゃん。それに、そうなったら父さん達の遺産は全部皇の祖父ちゃんに返すつもりだし」
「な?! な、何故だ?」
「いや、だって、皇の祖父ちゃんは俺を捜すために全国の学校でDNA検査を2回もしてるんだぜ? とんでもない費用がかかってるわけだから、それには足りないだろうけどできるだけ返さなきゃ。もう祖父ちゃんにもそう言ってあるし」
それを聞いて慌て出す老夫婦。
「ちょっと待ちな! そんなの許すわけないだろ! 佑陽の遺産はあんただけのものじゃないんだよ!」
「そうだ! そんな勝手な事はさせんぞ!」
「なんで? 父さんと母さんの遺産は俺が相続したものだぜ? なのにどうして祖父ちゃん達の許しが必要なんだよ」
「っ!」
冷めた口調で返され二の句が継げなくなる。
「それにさぁ、アンタ達、会ってから一度も俺の事を心配したり、元気かどうか、保護されるまでどんな暮らしをしてたか、聞こうともしてないよな? 本当は俺の事なんてどうでもよくて、遺産が欲しいだけなんじゃないの?」
「そ、そんなことはない!」
「そうか? 普通だったら誘拐された孫と十何年ぶりに会ったら少しずつ話をしながら距離を縮めて、そこでようやく一緒に暮らすとかの話になるんじゃないのか? っつか、そもそも本当に
「う、うるさい! 子供のくせに偉そうな口を利くんじゃない! 私は貴様の父の親なんだぞ! 黙って言うことを聞いていればいいんだ!!」
とうとう顔を紅潮させて怒鳴り声を上げる老人。妻の方も忌々しげに舌打ちして睨み付けてくる。
そして、それを向けられた方はというと、フンッと鼻を鳴らしながら肩を竦め、部屋の奥側にあるドアに向かって声を張り上げた。
「だってよ、“たっちゃん”。やっぱ、爺さんの言ってた通りコイツらクソだわ」
「「はぁ?!」」
予想外の行動に、老夫婦が一瞬惚けてしまう。
それに構わず、奥のドアが開かれ小柄な男子生徒と大柄な男子生徒、それからもうひとり、老夫婦にとって会いたくもない女性が姿を現した。
「き、貴様は……」
「たっちゃん、ちゃんと見えてたか?」
「う、うん、ごめんねコー君、嫌な役やってもらって」
「良いってば! 結構楽しかったぜ? 途中でぶん殴りたくなったけどさ」
困惑する老夫婦を余所に、ふたりの男子生徒が親しげに会話を交わしている。
「ど、どういうことだ?」
「貴方達がどんな人間か全部見せてもらったってこと。本物の陽斗に、ね」
心底馬鹿にしたような口調で女性、桜子が老夫婦に事実を突き付ける。
それに続いて、ふたりの背後からも別の声が投げつけられる。
「まさかこうまであっさりと性根を晒すとはな。あれこれと気を揉んだのが馬鹿馬鹿しくなってくるわ」
慌てて振り向くと、生徒会室の入口が開かれ、老夫婦を案内してきた穂乃香と壮史朗、それに重斗が冷ややかな目を向けていた。
その後ろには一際ごつい警備員姿の大山他数名が無表情で待機している。
驚きに固まる老夫婦に、奥から出てきた小柄な男子生徒が近づいて一礼した。
「えっと、初めまして、僕が西蓮寺佑陽と葵の息子、陽斗です」
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