第30話 課外活動

「陽斗さんは課外活動はなさいませんの?」

 昼休みに食堂で食事を終え、紅茶を飲んでいると穂乃香が陽斗にそう聞いてきた。

 陽斗と同席しているのは穂乃香の他に陽斗と同じく外部入学で入ってきた都津葉セラ、セラの幼馴染みで内部進学組の武藤賢弥、それから同席していながらブスっとした仏頂面を保ったままの天宮壮史朗だ。

 

 陽斗はこれまでのところ昼食を食堂で摂っている。

 そもそもが“弁当”という発想が無いのもあるが、黎星学園の場合弁当を持ってくる生徒が極端に少ない。

 衛生面の配慮もあるのだろうが、経済的に節約する必要のある家庭がほとんど無いというのも理由のひとつだろう。それに学生寮で生活している生徒も多い。

 芸術科の生徒には平均的な収入以下の家庭の生徒もそれなりにいるが、その場合はほとんど特待生として食堂の利用は自己負担なしとなっている。

 もちろんアレルギー等で食事に制限がある場合や、単に親の方針などで弁当派の生徒も居ないではないのだがごく少数だ。

 その事を知っている皇家の屋敷のメイド達も弁当に言及することはなかったので特に疑問に思うこともなく昼休みは食堂へと足を運んでいるのだ。

 

 メンバーはほぼこのメンバーに固定されつつある。

 最初は穂乃香が陽斗に声を掛けたのだが、そこにセラが喰い気味に加わり賢弥と壮史朗は陽斗が頑張って誘った。

 賢弥はあっさりと了承したのだが、壮史朗は最初怪訝な様子を隠そうともせず断った。

 壮史朗としては誘われる理由が分からなかったし、四条院家の穂乃香と馴れ合うつもりもなかったからなのだが、それでもメゲずに毎回誘い、断られる都度心底残念そうに、悲しげな目でウルウルと見られることにこれでもかと良心をつつかれてとうとう陥落した。

 誰しも純粋な好意を向けられて邪険にし続けるのは精神的にクルものがあるのだ。

 

「えっと、課外活動って、クラブ活動のこと、ですか?」

「そうですね。後は委員会活動などもありますが」

「で、でも、僕は生徒会に誘われたんですけど、クラブ活動ってしても良い、の?」

 そう。陽斗は入学式の後生徒会長である錦小路琴乃から穂乃香と共に生徒会執行部に勧誘されている。

 そんなこともあってクラブ活動には参加できないと思い込んでいた。

「生徒会役員のクラブ活動参加は認められていますよ。そうでなければクラブに所属している人は生徒会役員になれないことになってしまいますから。

 どちらを優先するかも自由ですし、辞めることもできます。そもそも生徒会は催し物の直前でなければ毎日あるというわけではありませんから、気になる課外活動があるなら参加してみてはいかが?」

 

 穂乃香にそう言われて陽斗は考える。

 中学時代、家事とアルバイトに追われていて部活動というものに陽斗はほとんど参加していない。

 陽斗の通っていた中学は全員がどこかのクラブに所属するという決まりがあったので一応文芸部に籍だけはあったものの、文芸部自体部活動をしたくない生徒が籍だけを置く幽霊部員の吹きだまりとなっていて特に活動などはしていなかったのだ。

 ただ、普通の学生生活というものに憧れを持っている陽斗は、当然クラブ活動にも興味がある。なので参加できるのであれば是非ともやってみたい。

 しかし最初から参加できないと思い込んでいたために、黎星学園にどんなクラブがあるのかをろくにチェックしていなかったので困ってしまう。

 

「あの、天宮君達はどんなクラブに入る、の?」

「……弓道部だ。中等部の頃からやってるからな。他にやりたいことがあるわけじゃないし、課外活動はしておいたほうが良いからな」

「わぁ~! 弓道ってあの袴姿でやるんですよね? 格好いいなぁ」

 もの凄くキラキラした憧れを含んだ目で壮史朗を見つめる陽斗。

「れ、礼儀作法や集中力を身につけるためにやっているだけだ。べ、別にやるだけなら誰だってできるさ」

「あ、天宮君、照れてる」

 恥ずかしそうにわずかに頬を染めてそっぽを向く壮史朗をセラがからかう。

 壮史朗が睨むがどこ吹く風だ。愛想のない男子は賢弥で慣れているので動じない。

 

「賢弥君は?」

「俺は空手部だな。ガキの頃からやってるし天宮と同じく他にやりたい部活もない。まぁこの学校の空手部は大したレベルじゃないが自主練代わりくらいにはなる。あくまでメインは今でも通っている道場だからな」

 賢弥の答えを聞いてまたキラキラ。

 どうやら陽斗は男らしい言動に対し無差別に憧れを抱いているようで、無愛想と仏頂面がトレードマークとなっているふたりをして照れさせる事ができるらしい。

 とはいえそんなふたりが所属しようとしているクラブ活動は陽斗にとって参考になるかというとそうでもない。

 長年のアルバイト生活で小さな身体の割に体力自体はあるし、今でも邸宅で警備班の大山による指導の下、格闘訓練を頑張ってはいるのだが根本的に向いていないのはさすがに陽斗も理解している。基本的に陽斗は運動が得意ではないのだ。

 鍛錬自体は楽しいが、それは大山達が色々と気を使ってくれているからだということも分かっている。

 それに、そんな緩~い訓練すら過剰に心配してくれるメイド達に囲まれているから学校で運動部に入ると言おうものならどんな反応が返ってくるか分かったものじゃない。

 

「えっと、穂乃香さんとセラさんはどうする、の?」

「実はまだ決めていないんですの。中等部では茶道部に所属していましたけれど、今月中は勧誘期間ですからいくつか見てから決めようかと思ってますわ」

「う~ん、私も同じかなぁ。身体動かすの好きだから運動部も良いんだけど、運動部系って結構時間とか融通きかないでしょ? だったらスポーツは学外でやって学校では文化系ってのが良いかなとも考えてるし」

 ちなみに時折陽斗の語尾がおかしくなるのは、基本敬語で話す陽斗にセラが『同級生と親しくなりたいんだったらもっと砕けた口調の方が良いよ』と言ったからだ。

 特にこの黎星学園の生徒は品が良く落ち着いた大人びた生徒が多いのでつい陽斗は口調が丁寧になってしまう。

 中学時代はあまり同級生と話すことは多くなかったし、アルバイト先は年上しか居なかったのでどうしても口調は丁寧語になってしまいがちだった。

 

「そ、それで、もし陽斗さんがまだ決めていないのでしたら、その、本日の放課後から一緒にクラブ見学はいかがですか? あ、もちろん都津葉さんもご一緒に」

「あ、えっと、良い、の、かな? うん、穂乃香さんと一緒に廻れるなら僕も嬉しいです」

「う~ん、ついでに誘った感が凄いわぁ」

 穂乃香は陽斗の返答に華が咲いたような笑みを浮かべる。が、セラが悪戯っぽく混ぜっ返すと顔を真っ赤にして狼狽えた。

 穂乃香は入学初日に初めて会ってすぐに陽斗のことを気に入ったらしく、事あるごとに一緒に行動しようとしている。

 この昼休みの食事に関してもきっかけは穂乃香からの誘いだ。

 といっても今のところはどちらかと言えば愛玩動物に対する感情に近い、と、本人は思っているようだ。

 

「そ、そんなつもりは、えっと……」

「あははは、冗談だって。っていうか、四条院さんってもっと堅い感じかと思ったけど結構親しみやすいのね」

 普段の穂乃香は四条院家の令嬢に相応しく凜とした雰囲気と華やかさを持つ、まさに“お嬢様”といった印象だ。

 周囲の生徒も穂乃香の立場を知っており、常に一歩退いたような態度で接する生徒が多い。

 

 財界に大きな影響力を持つ四条院家の令嬢の不興を買いたくないという意識が強いのか、学生らしい距離感で接するのは同等に近い家柄の子女ばかりだ。比較的親しくしているクラスメイトの女子数人でもそれなりに壁を感じることがあるほどだ。

 その点今この場にいるメンバーは同じく名家の令息である壮史朗は別として賢弥やセラは家格としてはそれほど高いとは言えないし、陽斗は家柄というものをそもそも理解しているようには思えない。

 だが穂乃香に対して変に構えるような様子を見せることはなく自然な感じで接してくれている。賢弥は寡黙な質だし壮史朗は口が悪く皮肉屋な面はあるがそれもまた飾っていないとも受け取ることができる。

 なので穂乃香にとって陽斗を好ましく思っている心情を抜きにしても心地良い集まりとなっている。

 

「陽斗君はどこか興味のある部活とかあるの? 中学校でやってたこととか」

 ひとしきり穂乃香をからかっていたセラが話を戻すように陽斗に尋ねる。

「あの、本が好きなので一応文芸部に入ってたんですけど、アルバイトに行かなくちゃいけなかったからあまり参加できなくて、幽霊部員みたいな感じでした」

「ゆ、幽霊部員? ってなんですの?」

 さほど考えることなく返した陽斗の言葉に、意味のわからないワードをみつけて穂乃香が聞き返す。が、ニヒルを気取ってというわけでもないが我関せずといった態度ながらしっかりと聞き耳を立てていたらしい壮史朗は別の部分が気になり思わずつっこんでしまう。

「ちょっと待て! 幽霊云々はともかく中学校在学中にアルバイトって何だ? 義務教育を終了していない児童の労働は禁止されているはずだろう」


 至極当然の指摘。

 普通なら相当経済的に困窮していても中学生に働かせようとは思わないし生活保護等のセーフティーネットがある程度整備されている日本ではそもそも許されることではない。

 ちなみに労働基準法第56条には『使用者は、満15歳に達した日以後の最初の3月31日が終了しない児童を労働者として使用してはならない。但し、児童の健康及び福祉に有害でなく、軽易な業務である場合には、所轄労働基準監督署長の許可を受けて、満13歳以上の児童を使用することができる(なお、映画、演劇の事業については、満13歳未満の児童でも使用は可能)』と定められている。

 なので陽斗のように中学生で就労を強制され賃金を全て搾取されるなど普通の家庭で育った、ましてこの学園のような裕福な家庭の子女からすれば想像することすら難しいだろう。

 

 壮史朗の指摘に穂乃香やセラも『そういえば』と口にし、賢弥は片眉を上げて難しげな表情をした。

 それを見て陽斗はアッという顔をする。

 陽斗はこれまでの素性を隠しておくように重斗や彩音から言われている。といっても外聞が悪いとかそういう理由からではなく、誘拐されたことや虐待されてきたことなどが公になると陽斗の望む“普通の高校生活”が送りづらくなることを重斗が懸念したからだ。

 学園外ならば重斗の力でどうにでも押さえつけることができるし、そもそも陽斗に非や過失、瑕疵など一欠片もないので後ろめたさなど感じることもない。

 だがまだ未熟な若者が多い学園で知られるようになれば心ないことを言う者が出ないとも限らない。大切な孫に髪一条ほどの傷も付けたくない爺馬鹿の発露とも言える。

 

 とはいえ、言うつもりなどなくても根が素直な陽斗だ。

 思わずポロッと出てしまった言葉に気付いてアワアワする様子を見て、家柄の関係で未熟では居られなかった穂乃香と壮史朗は何か察したらしい。

「いや、まぁ、それぞれ事情はあるか。社会経験を積ませるために若い頃から事業を手伝わせる家もあるしな。余計な詮索をした、悪い」

「そうですわね。それより、その、幽霊、部員、ですの? それはどういった人なのか教えてくださる?」

 さすがの対応である。

 慌てるでもなく発言を撤回した壮史朗とさり気なく? 話題を元に戻す穂乃香に陽斗は恐縮しながらもホッとした表情を見せた。

 

「えっと、幽霊部員っていうのは籍だけ置いてほとんど部活に参加しない人の事、です。

 僕の行っていた学校の文芸部は活動自体ほとんどしていなくて、参加していた人も部室で図書室から借りてきたり自分で持ってきた本を読んでるくらいで、人数はそれなりに多かったらしいんですけどほとんど幽霊部員でした」

「まあ!?」

 穂乃香が驚いたように口元に手を当てて声を上げる。壮史朗や賢弥は若干呆れたような表情だ。

 本人に意欲もないのに課外活動を強制する意味がわからないし、与えられた環境の中で得られるものを上手く利用しようとしないことも理解が難しいのだろう。

 このように育った環境で受け止める感性というものは異なりがちだ。

 

「この学校の文芸部では詩作したり、ニーチェやフーコーについて議論したりしているようですよ。私は哲学や古典文学にあまり興味がないので加わったことはありませんけれど」

 試作? 何を? ニーチェは聞いたことあるけど、フーコーって誰?

 陽斗の頭の中に疑問符が乱舞する。

 本好きとは言っても基本的に小説などの物語やドキュメンタリー系の書物くらいしか読んだことはないので哲学などを語られてもついていける気がしない。

 穂乃香から出た情報であっさりと文芸部という選択肢を諦める。

 新入生なので先輩達に迷惑を掛けてしまうのは仕方ないとしても、ちょっとやそっとの努力で埋められるような差に思えなかったのだから仕方がない。

 

「何か他に趣味や特技はないのか? 興味があることでも良いが」

「そうだな。華道部や日舞部はそれなりの家柄の者が多いしレベルも高いらしいから高等部から参加するのは難しいかもしれないが、その他のところは基本的に息抜きを兼ねている生徒が多いから難しくはないと思うぞ」

 ちょっと落ち込んだ様子の陽斗を慰めるためか、賢弥と壮史朗がアドバイスする。

「えっと、他の趣味、料理、とか?」

 家事やアルバイトから解放された陽斗だったが、入学までは受験勉強や高校の予習くらいしかやることが無く、特に入学が決まってからは時間を持て余すこともあった。本を読むのも良いがそればかりではあまり健全とは言えないと思ったりもする。

 結果、部屋の掃除などの家事をしようとしてはメイド達からやんわりと窘められてたりする。じゃないとメイドの仕事がなくなってしまうので。

 それもあってもう半年近く料理などしていない。

 

「お料理? 陽斗さんはお料理をなさるのですか?」

 フッと思い浮かんだのを言葉に出すと穂乃香が反応する。

「この学園にも料理部があるみたいだし、良いんじゃないの?」

「そうですわね。わたくしも料理部は見に行くつもりでしたし、最近は趣味で料理をする男性も多いと聞きます。いかがですか?」

 深く考えずに言った陽斗だったが、実際あのろくでもない家の連中に殴られないために料理は勉強したのでそれなりにできる。職場の人にも披露する機会があって、その時にもかなり感心され褒められたので少しばかり自信があった。

 こんな凄い人達が集まっている学校の部活だからちょっと不安だけど、と思いながらも、少なくとも他の部活よりは何とかなるかもしれないと見学に行ってみることにしたのだった。

 

 

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