第24話 高校最初のお友達
4月初旬。
桜の花も終わりに近づいた頃。
陽斗は寝室の大きな鏡の前で自分の姿を映しながらクルクルと回っていた。
「あの、どう、ですか? 変じゃない?」
専属メイドである湊と裕美に何度も何度も確認するのだが、二人はしつこさに辟易するどころかその度に表情が崩れないように堪えている。
小学生にしか見えない小動物系少年の上目遣いはそれだけの破壊力があるのだ。ましてや本人にその自覚がないものだから尚更である。
「大丈夫ですよ。とても良くお似合いです」
「ええ。本当に愛らし、いえ、凛々し、えっと、似合ってます!」
言葉選びも大変だ。
「それよりも、初日ですから少し時間に余裕があった方がよろしいと思いますので、そろそろ行きましょうか」
「あ、そ、そうですね! えっと、カバン…」
「こちらに準備してあります。お車までお持ちしますので」
「だ、大丈夫! 僕が持つから!」
日を追う毎に過保護になっている使用人達は最近ではカバンひとつ持たせようとしない。
いまだに使用人達に傅かれる生活に慣れない陽斗は慌てて裕美の手からカバンを受け取り、両手で抱えた。
陽斗が朝からこのようにバタバタしている理由。
それは今日が『黎星学園』の入学式の日だからだ。
夢にまで見て、待ちに待った高校生活の始まりの日。
昨夜もなかなか寝付けず、今朝も4時前には目が覚めてしまったほどだ。
朝食も普段の半分ほどしか喉を通らなかったし、真新しい制服に着替えても落ち着かずにやたらと変じゃないかを気にしていたのである。
中学の時の入学式は陽斗を祝福する人間など誰も居なかった。
制服すら用意してもらえず、困り果てていたところであまりに落ち込んだ様子を商店街の八百屋のおばさん見られた陽斗は事情を聞かれ、息子のお古を貰うことができたのである。
それに比べて今は陽斗のために仕立てられた真新しい制服が、替えも含めて5着も用意されているし、重斗はもちろん使用人達までもが陽斗の入学を祝福してくれている。
重斗にいたっては入学祝いとして何が良いのか悩んだ挙げ句、高級車やクルーザーなどと言いだして和田(執事頭)や彩音に呆れ混じりに反対される始末だ。
結局和田の提案でもあった腕時計で落ち着き、そのシンプルで大人びたデザインの時計に陽斗は恐縮しながらも喜んでいたのだが、実はその時計ですらスイスの独立時計師による超高級機械式時計の逸品であり並の自動車価格を超えるものなのだが、当の陽斗にはそんなことはわかるはずがない。
間違いなく陽斗の場合はそこらの雑貨屋で売っている千円程度のものでも同じ反応だっただろう。
陽斗が玄関を出ると、重斗と彩音を始め、使用人達が勢揃いで見送りに出ていた。
ただ、その中に家庭教師を務めていた麻莉奈の姿は無い。
麻莉奈は『黎星学園』の合格発表の後、1週間ほど主要科目の苦手分野の指導と高校での勉強方法などを教えてから依頼完了と言うことで辞めてしまったのだ。
もちろん陽斗の麻莉奈に対する評価は最高であり、無事に希望していた私立高校の教員として重斗の推薦を得、すぐに採用が決まったらしい。
陽斗としては寂しかったが、受験が終わった以上引き留めるわけにはいかない。
追加報酬として麻莉奈から要求されたハグに真っ赤になりながら応え、お別れすることになったのである。
相変わらずの真っ白なリムジンに陽斗が乗り込むと、続いて湊と、警備員の中から2名がボディーガードとして一緒に乗り込む。ちなみに助手席にも一人警備員が乗っている。
全員が自衛隊や警察の特殊部隊、要人警護の経験を持つ腕利きであり、格闘・捕縛術、応急処置などの技能を持ったスペシャリスト揃いだ。
さらにリムジンの後ろからもう一台の車両で警護することになっている。
たかが通学のためにここまでするかというほどだ。
『黎星学園』までは車で30分ほど。
陽斗が実際に訪れるのは実は初めてである。
入学の手続きは郵送で行ったし、入学の説明も書面でされたために行く機会は無かった。
それに『黎星学園』では在学生と教職員、特別な許可を得た業者以外の立入が厳しく制限されており、事前の見学は行われなかったのである。
黎星学園の前は一方通行の広い道になっていて、送迎のためだろう、校門前近くでは何台もの車が左側に寄せられて生徒を降ろし、すぐに離れていっている。
その先にはバス停もあり、今も停車したバスから制服に身を包んだ生徒達が降りてきていた。
「それでは終わる頃にまたお迎えに上がります。もし時間がずれるようであればご連絡下さい」
まず警備の人が、次いで湊、最後に陽斗が車から降り、確認のためにカバンをチェックしたところで湊が陽斗にそう告げる。
新聞販売店の社長から渡されたスマートフォンのことは既に重斗に告げてあり、社長とも話した結果、正式に契約名義を陽斗に変更して持つことになったのである。
もちろん機種は渡された物そのままだ。
なので、アドレスには重斗や彩音、湊、裕美、執事頭の和田の連絡先が登録されている。
陽斗は頷いて湊と警護の人達に小さく手を振ると、校門に向かって歩き出した。
ここから先は陽斗ひとりで行かなければならない。警護としては校門に陽斗が入るまで見届けたいのだが、混雑防止のためにすぐに車を移動させなければならない決まりになっているからだ。
黎星学園の高等部は大部分が中等部からの内部進学であるため、特に入学の式典等は行われず、来賓なども居ないらしい。なので保護者の参列もない。
全校生徒が集まって簡単な式は執り行われるらしいが。
初めての場所に緊張はしているが、それ以上に高校生活への期待が大きい陽斗の足取りは軽い。
事前の案内書に従って、校門の横に立っている警備員に学生証を掲示する。
それを見た警備員は陽斗のあまりに小柄な身体に一瞬驚いたような顔をしつつも学生証の顔写真と陽斗を見比べて確認し、頷いて通してくれた。
校門を通り、ようやく学園の中が見えるようになると、陽斗は驚いて足を止めてしまった。
とにかく最初の印象は大きい、だ。
入ってすぐの場所は洋風庭園のようになっており、校門から一番手前の校舎まで優に200メートルはありそうだった。
見える範囲の建物だけで一番大きな手前の校舎、その隣に渡り廊下で繋がった少し小さな校舎、奥に体育館と思われる建物が2つ見える。
隣の敷地には中等部もあるのだが、そこはまた壁で仕切られているはずなので、純粋に高等部だけでこれだけの施設があるのだろう。
陽斗は誰かに追い抜かれる気配に我に返ると、カバンから入学案内の紙を取り出して見る。
校舎入り口近くにクラス割りの掲示がされていることを確認して、とにかく校舎に向かって足を速めた。
行ってみると場所はすぐに分かった。その場所だけ人だかりができていたからだ。
陽斗は近づいてみるが、前に人が居るので小柄な陽斗では掲示板を見る事ができない。
位置を変えたり首を伸ばしたりしても見えず、ピョンピョン跳びながら見ようとしているうちに人にぶつかってしまった。
そこにいたのは、ややウェーブが掛かったセミロングの髪ですらりと背が高く、厳しさと気品を兼ね備えた大人びた美少女である
「あ、ご、ごめんなさい!」
「いえ、大丈夫です。あら?……中等部の子? でもその制服は」
すぐに振り返って頭を下げた陽斗に、ぶつかってしまった女子生徒は柔らかく笑みを浮かべて返し、すぐに怪訝そうな表情をする。
「あ、あの、僕、高校生です! その、ちょっと背は低い、けど」
実際にその女子生徒は陽斗よりも背が高い。というか、陽斗よりも背の低い生徒は見える範囲では誰も居ないのだが、それでも目の前の女子生徒と陽斗の身長差は20センチ近くあるだろう。
「え?! あ、ごめんなさい。えっと、外部進学の人、ですね?」
質問からしてこの女子生徒は内部進学なのだろう。これほど小さな生徒が中等部に居たのならさすがに知らないことは無いはずなので陽斗を外部進学だと察したのだ。
「はい、以前は九州の中学校に通ってました。あの、よろしくお願いします」
陽斗はそう言ってピョコンと頭を下げ、女子生徒を見上げる。
必殺の無自覚上目遣いである。
見られた女子生徒はといえば、一瞬で頬に朱が混じる、だけでなく、陽斗の頭を撫でていた。
重斗やメイド達から頭を撫でられるのには少しばかり馴れてしまった陽斗だったが、さすがに同じ年と思われる女子に撫でられるのには戸惑う。
「あ、あの」
「あ、ご、ごめんなさい!」
恥ずかしいし子供扱いされているようで思うところが無いわけではないが、それでも嫌だとまでは思わないので陽斗は首を振って、改めて掲示板を見ようとそちらを向いた。
「ちょっとごめんなさい。前を空けてもらえるかしら?」
その様子を見てやり取りをしていた女子生徒が掲示板の前にいた他の生徒に声を掛けた。
「え? あ! 穂乃香さま!」
「ほ、穂乃香さま、申し訳ございません!」
女子生徒の声に振り向いた生徒達は、その姿を見て慌てたように場所を空ける。
「さ、空きましたよ。貴方のお名前は?」
まるで魔法のように視界が開けたことに驚いていた陽斗に、女子生徒が声を掛けた。
「えっと、あの、西蓮寺 陽斗、です」
「西蓮寺さんですね? ああ、4組のようですね。わたくしと同じですわ。
申し遅れました、私、四条院 穂乃香と申します。先ほどは失礼致しました」
陽斗の頭を撫でてしまったことだろう。穂乃香は少し恥ずかしそうに頬を染めながら謝罪する。
「だ、大丈夫です。僕、背が小さいから子供に見えるみたいで、家の人にもよく撫でられてしまうので。
それより、ありがとうございました。えっと、四条院さんって、もしかして凄い人なんですか?」
陽斗は困ったように笑いながら、それでも穂乃香のおかげでクラスを確認できたことのお礼を言う。それと、ちょっとした疑問も。
穂乃香が一言声を掛けただけで掲示板の前の人がすぐに場所を空けた。それも、別に穂乃香を恐がっているというわけではなく、皆が穂乃香に敬意を払っているように見えたからだ。
憧れがこもったようなキラキラした目で見られた穂乃香が逆に慌ててしまう。
「そ、そういうわけではありません。わたくしの家は、その、少々大きな事業を営んでいますので、そのせいで皆から距離を置かれてしまうのですわ。
で、でも! 西蓮寺さんはそのような事を気にせずに接していただけると嬉しいですわ」
「良いんですか? 僕、多分育ちはあまり良くないですし、あまりものを知らないんですけど、あ、でも、僕はこの学校で沢山友達を作りたいです。だから、その、四条院さんみたいな、大人っぽくて綺麗な人が友達になってくれたら嬉しいです。
それと、僕、まだ名字で呼ばれるのに馴れてなくて、陽斗って呼んでください」
何かが撃ち抜かれた音が響いた、ような気がする。
少なくとも周囲の生徒達はそう認識した。が、それも無理はないと思ってもいる。
「そ、そそそ、そうですわね! べ、別にわたくしは生まれ育ちにはそれほど拘りませんし、この学校に入学が許されたということはきちんとした家柄と、教育を受けたということでもあるので問題ありません。ええ、問題ないのですわ。
これから同じクラスで学ぶわけですし、そ、そう! わたくしたちが友達になっても不都合などありません。いえ、むしろ今この瞬間からわたくしたちはお友達ですわ!
わ、わたくしのことも穂乃香とお呼びください。わわ、わたくしも陽斗さんとお呼びしますから」
(ど、ど、どうしましょう。初対面で名前を呼び合うなんて、で、でも、陽斗さんは男性というよりも男の子、いえ、仔犬のような感じですから、そ、それに、私の事を、き、きき、綺麗で大人っぽいと。こ、この子、うちに連れて帰っちゃ駄目かしら)
若干危ないことを考えていることを知るよしもなく、友達だと言ってくれたことに陽斗は心から嬉しそうな笑顔を見せた。
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