第15話 因果応報

 チャイムが鳴り響き、教室は喧噪に包まれる。

 どこの学校でも見られる光景ではあるが、そのうちのいくつかの教室はそれでもあまり騒々しいとはいえない程度で収まっている。

 それもそのはず、3年生の2月半ばともなれば推薦や私立の単願で合格した生徒以外は公立高校の一般入試を目前に控え他人のことなど構っている余裕は無い。

 ホームルームを終えたらすぐに塾や予備校に行くか、自宅の机に向かうかしかない状況なのだ。

 

「エージ君は良いよなぁ。S高に推薦決まってるからもう遊び放題でしょ? 俺と佐々木なんてまだ県立の試験あるんだぜぇ」

「ホント、マジで羨ましい! ウチなんて絶対公立行けって親がうるさいんだよなぁ」

「そう言うなって。オマエらだって私立には合格してるんだろ? 気持ち的に楽じゃん。まぁ、ストレス解消の玩具が学校来なくなったからつまんないけどよ」

「そう、それな! アイツどうしたんだろ、登校拒否か?」

「それか、どうせ学校行っても進学しないから意味ないって働かされてるんじゃねぇの? ああ、こんなことならもっとボコボコにしておきゃ良かったよ」

「確かにな。けど、卒業式くらいは来るんじゃねぇの? その時はその分まで痛めつけてやろうぜ」

 陽斗を虐めていた男子生徒3人が言い合う。

 二学期の終了式を最後に陽斗を学校で見かけなくなったことで、彼等は内心苛ついていた。

 他にストレス解消の捌け口を見つけようにも、今は学校の雰囲気的にもそんなことをしている余裕などない。

 だからこそ、この時期に来なくなった陽斗に対する理不尽な怒りが募っていたのだ。

 

 担任である青山が教室に入ってきてホームルームが始まる。

 といってもこの時期は連絡事項などほとんどないし、そもそも学校に来ていない生徒も多い。

 ごく簡単に話した最後に青山が英治達のグループに声を掛けた。

「藤堂と森田、佐々木の3人はこの後生徒指導室に来るように。それでは解散」

「起立、礼、ありがとうございました」

『ありがとうございました!』

 当番の合図で生徒が挨拶し、ほとんどの生徒は脇目もふらずに教室を出ていく。

 

「青山先生、指導室って、何かあるんですか?」

「いや、俺も聞いてない。ただ、教頭先生が俺にお前達を連れて来るように言っててな」

 生徒にとって指導室に呼び出されるというのはあまり良い思いはしない。英治が3人のリーダーらしく真っ先に聞くが青山の返答も曖昧なものだった。

 不満そうに唇を尖らせながらも大人しく3人は青山と一緒に生徒指導室に向かった。

「失礼します。藤堂、森田、佐々木の3人を連れてきました」

「入りなさい」

 指導室の中でも一番広い部屋を青山がノックするとすぐに返事が返ってくる。

 部屋に入ると、教頭だけでなく、校長と学年主任、それから見たことのないスーツ姿の男が2人椅子に座っていた。

 

「3人はそっちの席に座りなさい。青山先生はその隣に」

「? 私もですか?」

 青山が意外そうに聞き返すも、校長は頷いて促した。

 ただならぬ雰囲気に、まだ15歳でしかない英治達3人は不安げな面持ちで席に座る。青山も眉間に皺を寄せて座った。

「さて、まず藤堂君、森田君、佐々木君の3人を呼んだ理由を説明しましょう。

 藤堂君はS高の推薦の結果、合格ということになっていましたね?

 それと、森田君と佐々木君はR高を受験し、合格したと聞いています」

「は、はい」

「えっと、はい」

「はい」

 校長の言葉に違和感を覚えながらも3人はそれぞれ頷く。

 

「結論から言いましょう。

 3人とも合格は取り消されました。まだ公立高校の受験は間に合いますので頑張ってください」

 続けて告げられた言葉に愕然とする英治達3人。

「な?! ちょ、ちょっと待ってください!」

「ど、どうしてですか!」

 当然納得など出来るはずもない。

 それに、校長の言葉には英治達を思いやる様子も申し訳なさそうな様子もまったくなかった。

 

「校長先生! いったいどういうことですか! どうして……」

 青山も声を荒げるが、校長は一瞬だけ青山に目を向けただけで無視するかのように言葉を続ける。

「君達3人は別のクラスの男子生徒を1年生の頃から虐めていたそうだね。それも殴る蹴るの暴力を伴った悪質なやり方で。

 S高もR高も、何の非もない生徒を感情のまま虐めるような生徒の入学を認めることは出来ない、と、そういうことです。親御さんにも今日中に連絡させて頂きます。抗議することは別に止めませんが、結果が覆ることはありません」

 校長の言葉に、英治は怒りで顔を真っ赤にし、森田と佐々木のふたりの顔は真っ青になっていた。

 つい先程も陽斗、彼等にとっては井上達也だったが、その生徒を虐める相談をしていたのだ。その行為に罪悪感など持っていなかったが、その行為の結果をこういった形で突きつけられたのである。

 森田と佐々木は結果に青ざめ、英治はその判断に対して怒りを覚えていた。

 

「それはあまりに酷すぎます! この子達はまだ将来のある未成年ですよ! その程度のことで将来に大きな傷を…」

「その程度のこと? 教育者の言葉とも思えませんね。

 まぁ、それは置いておくとして、自分達のしたことの結果に責任を持たせるのも教育です。まして、彼等に何かしたわけでもない、なんの罪もない生徒を集団で暴行するなど許されることではありません。それに、公立高校の願書の出願にはまだ余裕がありますし、2次募集もある。生徒にとって致命的とは言えないでしょう。まぁ公立校は内申点も影響しますから何事もなかったようにとはいえないでしょうが」

 青山の抗議も言葉の途中で切って捨てられてしまう。けんもほろろとはこのような状態だろう。

 

「そんなこと、許されるわけがない! 校長先生、俺の親がどんな立場なのか忘れたんですか?」

 怒りに震えながら英治が校長を睨み付ける。

 実際、これまで英治が好き勝手やってきても問題にならなかったのは父親が地区選出の国会議員だったからだ。

 それも近いうちに閣僚になるだろうと言われている有力議員だ。少々のことはもみ消せるし、周囲の大人達もその権力を恐れて見て見ぬふりをしてきたのだ。だからこそ英治がここまで増長したのだが。

「立場、国会議員でしたね。ただ、議員というのは職を失えばなんの権限もありませんよ。教頭先生、藤堂君に見せてあげてください」

 校長がそういうと、教頭は手に持っていたノートパソコンを開いていくつかの操作をし、画面を英治の方に向けた。

 

「え? 収賄? 逮捕? 父さんが? う、うそ、だろ?」

 ニュースサイトの見出しを見て英治が呆然と呟いた。

 そこに書かれていたのは大手新聞社の速報で、英治の父親が収賄の疑いで逮捕されたという記事だった。

「親の権力というものは君自身のものではない。ましてや議員などというものはいつ失っても不思議じゃないんですよ。これからは自分自身で力を積み重ねていってください。教育者としてそれを強く望みます」

 言いながらも校長の態度は気持ちがこもっていなかった。

「君達への話は以上です。気をつけて帰りなさい」

 そう退出を促されても呆然としたまま立ち上がることもできない3人を、学年主任がひとりずつ指導室の外に連れて行った。

 

「さて…」

「校長! いくらなんでも…」

 ため息を一つ吐き、視線を向けた校長にくってかかろうとする青山を手を上げて制止する。

「次は、青山先生、君の事です」

「な?! 私が何をしたと?」

 自分が呼ばれたのが英治達の件だけでないことを知って鼻白む。

「校長先生、ここからは我々が話をしましょう」

 そう言ってここまで口を開かなかった男2人が立ち上がり、名刺を青山に差し出した。

 

「教育委員会の教育長、それに文部科学省の総合教育政策局長? な、何故そんな人達が?」

 事実上、学校教育のトップがこんな一公立中学校に来ているという意味が理解できず戸惑う。

 そんな青山に苦笑いしつつ教育長を名乗った男が応じた。

「まぁ、内容としては別に我々ではなくてもかまわないのでしょうが、今回は被害者の生徒の立場が問題でしてね。

 それは別の話として、青山教諭、あなたは教育者としてあるまじき事に、生徒を差別し、一部の生徒に対し侮蔑的な言動や虐めを助長させるような言動をしていた事実が判明しました。さらに、恣意的に生徒の成績を評価し、一部生徒の成績及び内申を不当に低くしていたことも分かっています。

 よって、本年度終了をもって県の教育委員会が行う再教育プログラムを受けてもらいます。そこで改善が見られなければ再研修を受けるか教員免許を取り消すかどちらかになります。拒否した場合は即時教員免許が取り消されます」

 

 断定的な処分の通知。

 これまで一切の指導や警告無しの突然の処分に青山は言葉を失う。

 理由に関しては心当たりがある。

 実際、青山が気に入った生徒と気に入らない生徒への対応がまったく違うことは接した生徒が皆感じていたことだし、青山自身も自覚がないわけではない。

 特に、先ほど英治達が指摘されていた虐めの対象だった生徒にはかなり酷い態度で接していたし、授業態度やテストの成績がどれほど良くても評価は最低にしていた。だが、いきなりこれほど重い処分が下される程の事ではないはずだ。

 

「そ、それは、誤解です」

「あなたが認めようが否認しようが事実関係の調査は終了しています。多くの生徒や他の教員の証言もありますし、あなたが評価した生徒の実際の状況も確認してあります。

 実際、私も学校教育の問題というのは把握していたつもりですし、一部の教員の指導方法に問題があるというのも聞いています。これは時間を掛けて解決しなければならない問題ですからな。

 ただ、あなたの行状はあまりに行きすぎています。本来ならすぐさま懲戒免職にしたいくらいなのですが、今の時期は受験が終わっていませんから、生徒達に動揺を与えたくありませんし、再就職できない人を放り出すのもさすがに気の毒ですからね」

 

 かなり辛辣な言葉の数々だったが、その中でも一つ聞き逃せない言葉があった。

「再就職できない、とは?」

 その疑問には総合教育政策局長と名乗った方が答える。

「あなたが不当に貶めていた生徒、確か井上達也とこちらでは名乗っていたのでしたか、実はとある資産家の嫡子でね。まぁ事情があって本名を名乗ることが出来なかったのだが、先日ようやく本来の家に帰ることができたというわけです。

 そこで、あなた方のその御子息に対する所行を知った御方が大層お怒りでしてね。

 その御方は国内外に非常に大きな影響力をお持ちで、そんな方の怒りを買ったような人、それも人間性に問題があり、なんの技能も持っていないような30過ぎの中年男性を好きこのんで雇うような企業があると思いますか?

 まぁ、非正規の肉体労働や人手不足の3K職場ならなんとか働くことくらいは出来るかもしれませんがな」

 

 その言葉で青山は全てを理解した。

 英治達3人の合格が取り消されたのも、英治の父親が失脚したのも、自分がこうして弾劾されているのも、全てはあの小学生のような外見の少年を虐げていたせいなのだと。

 これだけの事をしてのける相手にどのように抵抗しようと無駄だろう。

 いや、抵抗しようとするだけで虫けらのように踏みつぶされる未来しか見えない。

 青山は崩れ落ちるようにガックリと項垂れた。

 

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