第三節 常識の相違

 イカヘーケ商会の御曹司とのお見合いから早数日。

 ルマは本館にて、これまでの見合い中に溜まっていた商会の仕事を一気に片付けるため、朝から机に向かっていた。


 八年前とは違い、商会での仕事量も桁違いとなった今、実際の作業場は慌ただしい様子で職員らが駆け回っており、逆によくルマが見合いのために不在だった中で持ちこたえられていたと言える。


 ルマの担っている仕事内容は、取引相手や新人採用時の選定の他、主に書類整理が大半で、齢十四ながらもその卓越した処理速度と正確さは、他の職員が数人がかりで数日掛かる仕事量を朝から始めて、その日の日暮れ前には終わらせる程だった。


 時刻は夕暮れとなり、その日の業務を終えたルマは椅子に座りながら体を伸ばす。


「はぁー! んんー! つっかれたぁ!」


 親子だからか、所々見受けられるルマの言動には父親と重なる部分が多くあった。


「お疲れ様ですお嬢様」


 ムヌケがルマの横からさりげなくお茶を出す。

 いつもルマが仕事を終えると、こうしてムヌケが労ってくれているのだ。


「いつもありがとうムヌケ」


「いえ、これくらいは当然です」


 一息つく間に二人の雑談にも熱が入り、ムヌケがある一つの話題を出してきた。


「――そういえばお嬢様。例の噂のことはご存じですか?」


「噂? いいえ、最近は業務にかかりっきりだったから聞いてないわ。どんな噂なの?」


「はい。セヨエ・ヨルクという者なのですが、何でもセヨエ家という中流貴族の嫡男で、非常に優秀らしく、いずれ歴史に名を遺す将軍になると有力視されているらしいのです」


 それを聞き、ルマにも若干の興味が湧く。


「へぇ! ……でも、そんなに凄いなら、どうして私の所にお見合いの話が来なかったのかしら。既に意中の相手が居たり、一家共々出世欲がないとか?」


 取り敢えずでも自分の所に話が来ないのはあまりにも不自然だと感じるルマ。

 しかしその疑問の答えは、すぐにムヌケが教えてくれた。


「いえ、近日中に予定されていましたが、お嬢様がお見合いを中断されたのでお会いになることが出来なかっただけです」


「そうだったの……ねぇムヌケ。明日業務の後、二人で会いに行ってみない?」


「はい。是非ともご一緒させて頂きます」


 ルマならそう言うと思っていたのだろう。ムヌケはすぐに了承した。




 その翌日の夕方前、ルマたちは馬車を使い、帝都にあるセヨエ家の邸宅に来ていた。


「いやー! ようこそお越しくださいました! 以前にルマ様はお見合いをされなくなったとお聞きしておりましたが、この度はご本人たっての希望だとかで。大変光栄でございます!」


 ルマたち二人を迎えたのはセヨエ家の当主であり、ヨルクの父にあたる人物だった。


「昨日伝えておいたとはいえ、このような時間にご迷惑では無かったでしょうか?」


「いえいえ。そんな迷惑だなんて!」


 自分に対するこの態度から見ても、セヨエ家は出世に対し無欲というわけでは無いらしい。

 ルマは目の前の、話に聞いていた者の父親とは思えないくらいの平凡なセヨエ家の当主を見て驚きながらも、目的の人物がいないことに気が付き、周囲を見渡す。


「あの、ご子息は……?」


「ああ、今は鍛錬場の方に。急いで呼んできますので、どうぞ応接室にてお待ちを!」


「いえ、こちらから向かわせて頂きますので、どうぞお気になさらないでください」


「そう、ですか……。それでしたら! 私めがご案内をば……」


「あちら、ですよね? この時間の来訪というだけでも大変失礼させて頂いている上に、更にご足労をおかけするのは、些か気後れしてしまいます。それに今回に限っては私の家となんら関係なく、私個人としてこちらにお邪魔させて頂いておりますので……」


 そう口八丁手八丁で、何とかセヨエ家の当主を言いくるめると、相手の親の目がない状況下でヨルクとの接触を図る準備を整えたルマたちは、話にあった鍛錬場へと向かう。

 中流階級とはいえ流石は貴族。ルマたちの前方には立派な鍛錬場が建っていた。




 ルマたちが鍛錬場の入り口に着き、入り口の扉を少し開けて中を見てみると、自分たちと同じ年齢であろう一人の青年が木剣を素振りしている姿が見えた。

 ムヌケの視線がその若者にではなくルマに集中する中、ルマはその若者を見た。


「……――!!」


 ルマはその青年を見て、先程セヨエ家当主に会った時の驚きとは別の驚きを感じる。

 あまりにも異常な本質、更には感じるあの異様な親近感。

 故に一目で分かった。

 その青年は自分やルマに並ぶ、ルマの人生において二人目の存在――神人だったのだ。


 唯一ムヌケの時とは違うと確信出来るのは、その青年には総合的に他より優れた素質の中で簡単に区別出来る、あまりにも突出している一つの能力があったことだろう。


「お嬢様……?」


 驚きのあまり呆気にとられるルマだったが、ムヌケの声により意識が現実に戻る。

 ルマは無言でムヌケを見ると小さく頷き、主人のその尋常ではない態度にムヌケも状況を察すると、二人は既に少し開いている鍛錬場の扉を軽く数回叩いた後、鍛錬場に入った。


 ムヌケが扉を閉め、二人が相手と対峙すると、向こうも最初からルマたちに気付いていたのか、二人に対して驚いた様子はなかった。

 目を合わせる両者。

 するとムヌケと青年の二人の方も、お互いがあの謎の親近感を感じ取ったようで両者とも目を見開いて驚いていた。


「……君たちは、どこかで会ったことはあるかい?」


 先程の当主との受け答えと同様に、ルマがムヌケの代わりに答える。


「いいえ。これが初対面よ」


 自分で言った言葉に、ルマは不意にムヌケと初めて会った日を連想する。

 そして向こうもまたその自覚があるのか、それ以上は聞いて来なかった。


「あなたがセヨエ・ヨルクね。聞いていると思うけど、私はヘターム・ルマ。こっちはムヌケよ。……いつも剣の鍛錬をしているの?」


 ルマは相手の手にある木剣を見て話題を振る。


 ――いつも初対面の人に対してだけでなく、その他大勢の人に対し丁寧な言葉遣いをするルマが、ヨルクに対し開口一番に砕けた話し方をしたのは、その期待値の大きさを表しているのか、はたまた見合いとは無関係に、今後この相手とは長い付き合いになると感じたからなのか、この時のルマには分からなかったが、少なくとも、ヨルクの方は初対面のルマが自分に対して砕けた話し方をした事に嫌悪感を抱くことはなかった。


「え? ああ、うん。まあ……」


 二人と違い、初めて会った自分と通じる存在を前に、ヨルクは返答が朧げになる。


「噂で聞いたんだけど、あなた相当強いんでしょ?」


「うん。まぁね……。でもそういう君も女の子で、しかも商人の子って聞いていたんだけど……中々強そうだね。うちにもそれなりの腕前の者は何人かいるけど、そいつらにも勝ってしまうんじゃないかな?」


「まあ、そうでしょうね」


「……どうだろうか。一度手合わせをしてみたいんだけど」


 それはヨルクからの突然の提案だった。

 セヨエ家の嫡男であるヨルクは少し前のルマと同様、今まで自分より上の者と出会ったことが無かった。

 勿論、剣を習い始めた頃は、剣の師匠からはただの一本も取れなかったりもしていたが、その驚異的な成長速度によりすぐに追い越し、次第に周りには自分に勝てる者が居なくなっていた。


 しかし今自分の目の前にいる、自分と同じくらいの歳の少女二人には、もしかしたら自分は勝てないのではないか、そう思わせる程の何かを感じたのだ。


「いいわよ。ここの木剣を借りてもいいかしら?」


 突然の申し出に対しルマは少しの思案もなく快諾する。

 確かめたいことがあったのだ。


「もちろん。どうぞ好きなのを」


 ヨルクの許可を取り、ルマは近くにある木剣が数本入っている樽に手を伸ばす。

 普段から手入れが行き届いているためか、見ただけでも木剣はどれも状態が良く、ルマが適当な木剣を選び、両者共に準備が整うと指定の位置に付いて相対した。


 普通ならここでムヌケが止めに入るべき所なのだろうが、この状況においてムヌケは、率先して審判を申し出ていた。


「それでは、始めさせていただきます。勝敗は双方の納得がいくまでという形式でよろしいでしょうか? …………それでは……始め!」


 双方の異議が無い事を確認したムヌケの号令がかかると、ルマとヨルクの両者は即座に互いの距離を縮め、次の瞬間には壮絶な剣戟が始まった。


 最初は流石のヨルクにも、女性であるルマに対し僅かばかりの手加減の念を持っていたが、相対するルマはヨルクの剣をいなすだけでなく、すぐさま攻勢に転じ、その木剣がヨルクの顔に触れそうになった事で、余裕がなくなったヨルクは考えを改めるのだった。


 しばらくして、依然として無口なままの両者は、互いに相手が未だ本気を出していないことを察すると、次第に示し合わせたように互いが剣を振る速度を上げていく。


 この一連の運びを、審判として客観的にかつ冷静に見ていたムヌケからすれば、両者の剣の腕は男女の差を感じさせない程に互角であった。


 身体能力において、神人に男女の差がないにしても、何故武人として育てられたヨルクに対し、商人の娘であるルマが互角の勝負を繰り広げているのか。

 簡単に言うならば、それこそまさに経験の差であった。

 ヨルクは日頃から鍛錬を怠らず、修練度で言えば確かにルマに勝ってはいたが、神人同士での手合わせはこれが初めてなため、日頃からムヌケのような尋常ではない身体能力や反射速度のある者を相手していたルマの方に一日の長があり、それ故に、武人として育てられたヨルクに対し、ルマは互角に渡り合えていたのだ。


 いよいよ勝負も終盤に差し掛かり、とうとうお互いが本気で剣を振り始める。

 こうなってくると、もはや達人でない限り、二人の剣を目で追える者はいないだろう。

 ルマの剣の腕はヨルクの見立て通り、いやそれ以上で、ヨルクは勝負の最中にもかかわらず、興奮すると同時に歓喜していた。

 無理もない。最初は遠慮から始まり、ある程度相手の実力を知り、いざ本気になってみると、相手はそれに応えてくるのだから、嬉しがらずにはいられない。


 そうして時間が進むにつれ、お互いが互いの癖を掴むことで状況は拮抗し、双方決め手に欠けていたために決着はつかないでいた。


「……そこまでっ! この勝負、引き分けとさせて頂きます!」


 これ以上は無意味だと判断したムヌケが二人に待ったをかける。

 二人共に状況は理解しており、ムヌケの一言で木剣を床に置くとその場で崩れ落ちた。


「ハァ、ハァ……。や、やるわね……」


「そっ…………スゥ……ハァー。……そっちこそ」


 両者とも息を切らし、肩で息をしている状態。

 ヨルクは初めて出会った自分と対等な存在を前に打ち震えており、対するルマの方も、ヨルクの実力は圧倒的に自分を上回っていなかったからとはいえ、充分に及第点と言えるもので、やはり自分のその力で見た通り、自分たち神人には男女の差はないのだと確かめられたので満足していた。


 しかし本音として、出来れば相手には自分を一瞬の内に完膚なきまでに倒して欲しかったが、ルマ自身もそう贅沢を言ってはいられない事を理解していた。ふとヨルクがムヌケを見る。


「き、君も……彼女と同じくらい、強いの?」


 息を切らしながらも、ヨルクはムヌケに対しそう質問する。


「えっ? ……まぁ、互角と言ったところでしょうか」


「か、勝つ時もあれば……負ける時もあるって感じよね」


 ルマがムヌケの横から息を整えながら補足を加える。


「そうですね」


「へぇ……!」


 実際に手合わせをして、ヨルクの実力に確信を得たルマの頭の中では、ヨルクとの見合いを始めるための算段がすでに始まっており、ムヌケの方も、これはもう決まっただろうと確信する。

 今のルマにはヨルクに対する恋愛感情は一切なかったが、これから好きになって行けば問題は無いと、そんな心持ちだった。


 苦労の末に見つけたのは良いが、その結末は余りにもあっけなく、ルマは理想との違いに、現実はこんなものかと若干の不満を感じる――その時、ヨルクが口を開いた。


「ねぇ、物は相談なんだけど。二人とも――僕の妻と妾になるつもりは無い?」


 その瞬間。ムヌケは自分の顔から血の気が一気に引いていくのを感じるのと共に、すっかり表情の変わったルマの方を見た。


 何度も言うが、国や階級に限った話ではなく、養えるのであれば誰でも妾を持てるのがこの世界、少なくともこの国での常識。

 しかし、ルマにはそれが理解できなかった。


 その思考の一因となっていたのが、他ならぬ父親のテルだった。

 元々、商会が今みたいに急成長するよりも前から、テルは十分妾を持てるほどにその生活は安定していたが、結局テルは妾を持たず、その理由は小さい頃にルマも聞いていた。


 テルは妾を持たなかったことを一切後悔しておらず、それどころか一途に妻を愛し続け、そんな女性への愛を一身に受けるルナは娘のルマから見て、何よりも幸せそうだった。


 だからこそ、そんな両親を間近で見て育ったからこそ、ルマは夫婦というものに憧れ、誰かのお嫁さんになることを夢に持ち、結婚相手に理想を求めたのだ。


 結婚したからと言って終わりではない。肩書きが欲しかったわけでもない。

 ルマが誰かのお嫁さんになるのを夢見たのはただ純粋に――幸せを願ったからだった。


 しかし、ルマがようやく出会えた存在は、自分に並ぶも圧倒的に超えて行く存在ではなく、それでも良いと思った矢先、ルマの目の前でムヌケを妾に誘う始末。

 そう、ヨルクはルマの三つある理想のうち、その殆どを満たしていなかったのだ。


 確かにルマはこれまでの経験から、相手に求める理想に対して妥協を考えていた。

 優しさの面で言うなら、初対面で建前のある相手の場合、判断が難しい所だが、ルマにはそれが可能だった。

 優しい人というのは先日のイカヘーケ商会の御曹司にも言えることだが、これまでもルマとお見合いをした中でも多くいた。

 人とは誰かに厳しい反面、誰かには優しいもの。

 人による違いはその割合なだけで、寧ろ優しくない人の方が稀だ。

 しかし、どんなに能力面で妥協しようとも、ルマはただ一点。自分の伴侶が妾を持つ事にはどうしても妥協することが出来なかった。


 もしこれを妥協してしまえば、自分の夢は根底から覆ってしまう。

 それを自覚していたルマはこの状況に、夢に、もはや怒りを通り越して只々絶望していた。


「……妾?」


 ただ一言。そうヨルクに問うルマ。


「ああ! 二人とも気品も風格もあるし、器量も申し分ない! 其方にとっても悪い話じゃ……」


「お断りよ。私、一途な人が好きなの」


 是非前向きにと出されたその提案を、ルマはヨルクが言い終わる前に却下する。


「……えっ!?」


 ムヌケはこの展開を予期していたが、大多数の考えを持つヨルクの方はそうでは無かった。

 だがしかし、ヨルクはすぐさま考えを改めると、再びルマに対しこう提案した。


「それなら、君だけならどうだい? なんなら僕はもう妾を持たないと約束するよ」


 この提案。手合わせを終えた直後のルマだったなら喜んですぐに了承しただろうが、一度冷めたルマの頭はすぐさまヨルクの思惑に気付く。


 それは長いこと、父の商談の場に同席していたルマの経験の賜物であった。


「あなた、私が嫁げばこの子もついて来るって思っているでしょ」


「そ、そんなことはないさ!」


 ルマにはムヌケのような力は無いが、今回に限ってはその必要も無かった。


「邪魔したわね。今日はもうこれで失礼するわ」


 もうルマの体には手合わせをしていた時の疲れは完全に無くなっており、立ち上がり鍛練場を出て行こうとすると、今にもため息をつきそうな顔をしたムヌケもそれに続いた。


「ま、待っ……!」


 誰も悪くない。ただそこにあったのは善悪では無く、単純な常識の相違。

 もはや何が起こっているのか分からないヨルクは無意識に止めようとするが、ここでルマは最初にヨルクを見た時に感じた、ヨルクの特に秀でている能力について言及した。


「ああ、そうだわ。出会って最初に言っておけばよかったわね」


「な、なにを?」


「……将軍を目指しているのかもしれないけど正直あなた――武人よりも『医者』の方が向いているわよ?」


 突然のルマのその言葉に、ヨルクは思わず息を呑む。


「えっ……? 何でそれを……」


「邪魔したわね。あなたの父親には此方から上手いこと伝えておくから、心配しないで」


 ヨルクからの質問に答えずにそう言い残し、ルマは急に体調が悪くなったからとセヨエ家の当主に話を通すと、セヨエ家の鍛錬場と邸宅を後にするのだった。




 そんなセヨエ家からの帰り。移動する馬車の中で、ムヌケがルマに質問をした。


「本当によろしかったのですか? これから先、もうあれほどの逸材に出会うことはないと思うのですが……」


 その質問に対し、ルマは物悲しくも、しかしはっきりとした声調で即答した。


「うん。妥協して叶えた夢なんて虚しいだけよ。もしそれでも結婚していたなら、きっと後悔していたと思うし、絶対に幸せになれていなかったわ……それに……」


「それに?」


「あいつ、ムヌケをまるでおまけみたいに扱って……それが何よりも許せなかったのっ! そんな人の性格なんて深く知るまでもないわ!」


「お嬢様……っ!!」


 その言葉はムヌケにとって、これ以上ないくらいに嬉しいものだった。


 ムヌケはルマのお見合いを手伝う際、ルマに早くいい人を見つけて欲しいと思う反面、それと同じくらい不安に駆られていた。

 もしルマに心から好きな人が出来た時、自分の扱いは軽いものになってしまうのではないか。そこまでは行かずとも、とてもこれまでの関係ではいられないであろう、と。


 しかしこの瞬間、ムヌケは確信を得る。

 例えこの先、ルマに自身よりも大事な人が出来たとしても、きっとこの関係が変わることは無いのだろう、と。


「……あーあ。多分これじゃあ、私一生結婚できないわね……もう本当に、ムヌケが男だったらなぁ~」


 またもそう冗談めいたことを言うルマだったが、今度はいくら口で明るく振舞おうとも、その全身からは誰がどう見ても一目瞭然な程までに絶望感が滲み出ていた。


 力があれば慢心し、知恵があれば欲が出る。そのどちらでもなければ、相手は自分そのものを見なくなり、富や自分の外面のみに目がくらむ。しかしそれは、自分を上回る者が現れれば意味をなさなくなる不確実極まりないものでしかない。


 そもそもルマ本人ですら自分そのものが何なのかまだ分かっていないような状態で、ルマにはもう何が何やら分からなくなっていた。


 理想の相手と結ばれることを小さい頃からの夢としていたルマは今、理想を諦め、夢に絶望していた。

 人は誰しも夢を抱く。しかし、誰もが等しく夢を叶えられるのかという訳では無く、大半は諦め挫折する。

 それがルマにとって今だったというだけ。


 けれども、本人にとってはそう簡単に割り切れるものではなく、馬車の中でムヌケと共に帰るルマはこの日を境に、夢を諦めなければならなくなった心労からか、みるみるうちに活力を失っていくことになるのであった。




 ――しかしこの時、幸せを望みながらも、失意の底にいるルマは知らなかった。

 数ある神人らのそれぞれが持つ、人知を超えた唯一かつ特異的な力の中で、自身の力が一番『自分が幸せに生きる』のに特化しており、運命の相手が本当に居るというのならば、ルマはただその相手と、未だに出会えていなかっただけなのだということを。


 『百人に一人』、『十年に一人』という言葉は、誰しも一度は聞いたことがあるだろう。

 その相手とは、生まれる前より忌み嫌われ、何もしないことを求められ、死ぬことで喜ばれる運命のもとに生まれた――神人をして神と言わしめることとなる『歴史上に一人』の存在だった。




―――期間限定公開あとがき―――

 皆さん。お待たせしました!!!

 次回!『待望の幕開け』!

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