第34話

 桔梗が旅に出ていった翌日の朝みどりがやって来た。紹介する人物を連れてくるつもりだったみたいだが、連れてこようとしていた人物は忙しいらしく連れて来ることが出来なかったらしい。




「いやー、だいぶ前に頼んでた仕事のこと忘れててなぁ。その仕事が終わった後やったら時間取れそうやさかいそんときに会ってもらえるやろか?」


「分かった。その時にはさすがに桔梗も帰ってきてると思うからその時に皆で会う」


「どんな人なのか楽しみだね。一緒に料理とかしてみたい」


「あー、私は頼りにしとるし、いいやつだから心配せんでもええよ。でもまぁ一緒に料理は頼んだらしてくれそうやけど、料理の味には期待したらいかんよ? 茜は別に得意という訳やないからな」


「茜って名前なの?」


「せやよ。そういえば名前も教えてなかったか。身長はうちとそんなに変わらん位で青藍から見れば大きく感じるかもしれへん。筋肉がすごいついとるわけやあらへんのやけど成人の男性よりも力持ちでな? 青藍ともみじと桔梗の三人なら軽々と持ち上げられるやろうと思うで」


「おー、そんなに力持ちなら高い高いしてもらえるかも!」


「……してほしいの? もみじちゃんは」




 もみじの少しずれた考え方に青藍が無表情ながらも呆れているのが分かる顔でもみじを見つめる。そんな青藍にまぶしいほどに純粋な目でもみじが問いかける。




「え? 青藍ちゃんはしてほしくないの?」


「別にいいかな? どうせならこの前本を運んだ時にいてほしかった」


「あ、そうやった。とりあえず昨日言ってた料理の本とかいろいろ持ってきたさかい。それともみじちゃんにはこれやね」


「あ、調理道具? ありがとう! えへへ、これでもっと料理が楽しくなるね」


「ホントに料理好きなんやねー。そこまで喜んでもらえるとうちも嬉しいわ」




 渡された調理道具を大事そうに抱えて笑顔を見せるもみじの様子にみどりは嬉しそうに微笑む。もみじは渡された調理道具を眺めたあとにみどりのほうを振りむく。




「だって料理作るの楽しいもん! みどりちゃんは何か好きなことってないの?」


「うちか? うちはそうやな。強いてあげるなら読書やな」


「本読むの? 書斎にある本とか読んでみる?」


「お、ええの? せやったら今度読ませてもらおうかな。この前見せてもらった時に気になってたんよ」


「別に汚さなければいくら読んでも大丈夫。私は一回読んだらもう見ないからそういう本は置いてるから」


「そういえば一回読めば覚えるんやったっけ?」


「別に全部完璧に覚えてるわけではないけど。ある程度は覚えれる」


「いいなー。私は何回も書いたりしないと覚えれないのに。まだ文字も完璧に覚えてないんだよ?」


「文字を覚えるのが一番難しいからしょうがないよ。そこを乗り越えればあとは多少楽になるよ」


「そうなの? 平仮名以外にもカタカナとか漢字とかあって難しいよ?」


「最悪漢字は覚えなくてもええと思うで? 最近の本には漢字にふり仮名がふってあることが多いさかい」


「ふり仮名ってなぁに?」


「えっとやな。例えばやけど本に『包丁』って書いてあるときにその上にこうやって『ほうちょう』って読み方が書いてあるもののことやな」




 実際に見てもらったほうが早いと思ったみどりは地面に木の棒を使って文字を書く。もみじは地面の文字を見て説明を聞いて理解できたのかうんうん頷いている。




「そういうのだけだったら平仮名とカタカナを覚えるだけでいいからすぐに覚えれるかも!」


「あとは数字も覚えたり、単位を覚えたりしないとね。料理に使う単位がいろいろあるんよ」


「単位?」


「単位ってのはそうやな。もみじちゃんこの指いくつに見える?」


「え? 二本!」


「うんうん。それじゃあ、ここに人はどのくらいいる?」


「三人!」


「今みたいに数字の後の言葉みたいの物のことを単位って言うんや。これを覚えとかんと料理はおいしいのは出来んのや。まぁ、目分量で行く人もおるけど。最初はレシピに忠実に作らんとな」


「レシピ! この前教えてもらったよ。献立のことだよね!」


「そうそう、そうやって横文字の言葉も覚えていかんとな。そういえばなんやけど、桔梗のやつは静人さんらにしばらく出かけることって教えたんやろうか」


「昨日急に思いついた気がするから教えてない可能性が高いかな」


「まったく、今度帰って来たときはちゃんと教えるように言わんといかんな」


「もうそろそろおにいさんたちが来る時間だからその時に教えよう。今日の料理も楽しみ」


「そういえば青藍ちゃんの趣味は無いん? 食べること以外で」


「食べること以外だとみどりと同じ読書。他には今のところないかな」


「うーん、青藍ちゃんものづくりとか興味ない?」


「なんでまた急に? あと特に興味ない」


「せやろな。いやぁ、ここに村を作りたいって話覚えとる? この場所から少し離れたところにうちらみたいなものばっかりの村を作ってしまうってやつや。その村を作ることになったらいろいろ必要になるやろ?」


「それは分かるけど。そういう物資を手に入れるためのここの野菜を売る交渉をこの前したんじゃなかったの?」


「さすがにそれだけでは未来も大丈夫とは思えんのや。先のことを考えると自分らでもある程度は作れるようになっとったほうが安心やん」


「むぅ、理屈は分かるけど……」




 みどりの考えてることが理解できるのか難しそうな顔で考え込む青藍だったが、そんな青藍を見てみどりが軽い調子で話しかける。




「いやまぁ、無理にとは言わんし。好きでもないことをやる必要は無いさかい、そういうのが好きな人をここに招けばいいだけやから」


「うーん。でも、あまり人を増やしてほしくないとは思うし、分かった、とりあえず試しにやってみる。もしかしたら面白いかもしれないし」


「お、せやったら今日持ってきたのも無駄にならんで済んだわ」


「何を持ってきたの?」


「ものづくりに必要になりそうなものを沢山持ってきたで。さすがに場所がないと置いておけんから最初に作るんは小屋やな」


「最初から難しすぎない?」


「頑張って青藍ちゃん! 私は料理を頑張るね!」


「いや、うん。分かった。頑張ってみる。でも小屋とか作ったことないしそういう本も読んだことないからそこら辺の準備は任せる」


「おっけーや。任せといて。分かりやすいのをもってきたるからな」


「本を読んだだけでできるとは思えないけど期待してる。私も頑張る」


「まぁ無理はせんでええからな? おっ?」




 話し込んでいた三人組の耳に静人達のことを知らせる風鈴が聞こえた。




「あ、おにいさん達来たみたい。小屋のこと相談しようっと」


「え、あ、まぁ確かに静人さんらやったら分かるかもしれんけど」


「迎えに行こうよー。お兄さんたち待ってるよ?」


「あ、そうだね。早く行かないと」




 小屋のことで考え込んでいた青藍だったがもみじの言葉で気が付いたのか、静人達のもとに駆け足で向かう。その後ろをゆったりとした足取りで青藍の言葉に苦笑いを浮かべたみどりが追いかけていく。


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