第30話

「おいしい……。なぜ、なぜ私は焼かなかったんだ……!」


「青藍ちゃんどこか痛いの?」


「もみじ、そっとしてやってほしいのだ。青藍にもいろいろあるのだ」




 青藍は普段の無表情に比べて絶望した眼で涙を流して焼き魚を頬張る。


 そんな青藍を呆れた目で見た後に首を横に振りながら静かな瞳でもみじを見つめる。もみじはそんな桔梗に首を傾げたあとに頷く。




「青藍ちゃん美味しいかい?」


「おいしい。この料理は覚える」


「まぁ、難しいのは焼くことだから。最初の下処理は慣れればできるようになると思うよ」


「下処理。頑張ってみる……。すべてはおいしいお魚のため……!」


「青藍ちゃんがすごいやる気だ……」


「うむ、自分が魚を食べるためとはいえいいことなのだ」


「あはー、桔梗は魚焼くだけでも大変なことになるんやさかい驚きよな」




 笑顔で青藍たちを見ていたみどりは桔梗に対してにやにやした目線を向ける。




「炭にしてしまっただけなのだ」


「炭ダメ絶対。もったいない」


「うむ、気を付けてはいるのだ。いるのだがなぜか炭になるのだ」


「不思議やんな。あまりにもおかしいさかいうちが監視している目の前で作ってもろたんやけど、ほんでも炭になったんよ。あらさすがにうちも乾いた笑いしか出来ひんかったわ」




 その時の状況を思い出したのか言葉通りに乾いた笑いを漏らす。そんなみどりの横で桔梗は当時を思い出して遠い目をしていた。




「はは、なぜなのだろうな。目を離さずにいたのに瞬きをしたら炭になっておったのだ。さすがにそれからは無理なのが分かったからしなくなったのだ」


「そうなの? 一緒に料理したかったのに……」


「が、頑張るのだ。もしかしたら一人で作業せずに何人かで分担すれば変わるかもしれんのだ」




 もみじの残念そうな顔を見て慌てた様子の桔梗の言葉に、もみじは嬉しそうな表情に変わり声を明るくする。




「そうかも! その時は一緒に料理しようね!」


「うむ、その時は一緒にするのだ。よろしくなのだ」


「その時は私も混ぜてね? しず君は抜きにして女子会しましょう!」




 三人の会話に我慢できなくなったかなでが混ざる。しれっと静人のことを料理から遠ざけようとしてもみじもそれに賛同する。


 静人はそんなかなで達の会話に混ざらずに苦笑いを浮かべている。




「うん! たまにはお兄さんに休んでもらいたいもんね! 毎日ご飯作ってもらってるから疲れてるだろうし」


「そうなのよ。おかげさまで私のやることがなくなってきたし……。家では私が作ることが多いけど。私も一人で作るんじゃなくてみんなでワイワイ作りたいのよ」


「えへへ、その時は一緒に作ろうね!」


「その時は一緒に作るのだ。もちろん青藍も一緒なのだ!」


「え、私も? するのはいいけど楽なのにしてね? できれば魚料理がいい」


「あれ、うちは誘ってくれへんの?」




 四人の会話に近くに座っていたみどりが少しにやにやした顔を向ける。そんなみどりにかなでが不思議そうな顔で聞き返す。




「そういえばみどりちゃんって料理できるの?」


「もちろん。というか桔梗が料理出来ひんさかいうちが作っとったし」


「なるほどね。そういえば二人は一緒に暮らしてたの?」


「せやな。ここの家は元々うちと桔梗が二人で使っとったものやし、多少はしとったよ。それにここを出てからは一人暮らしやったさかい、自分で料理せんとお金勿体ないやろ?」


「まぁ、節約できるなら自分で作ったほうがいいのかな?」


「せやろ? おかげさまで料理はある程度できるようになったで。とはいえ自分で食べるための料理やさかい、そんなに手の込んだものとかは作ってへんのやけどね」


「確かに自分のためだけに作る料理だったら適当になっちゃうよね」


「そうなんよ。さすがに人に振舞ったことは無いんやけどな。どちらかというと振舞われる側やし」


「あー、そういえばみどりちゃんってお偉いさんだっけ」


「せやで。まぁ、うちの正体を知ってるのはその中でも数人やけどな」


「え? どうやって隠してるの? 結構長いことやってるんじゃないの?」


「せやなー。最初のころは変化でどうにかしておったけど、途中からはどうしようもなくなったから表舞台からは退いて、うちの娘がやってることになってるんや。まぁ、うち自身やけどな」


「なるほどね。あれ、その姿って結構細かく変化できるの?」


「あー、まぁ、多少やけどね。写真とかは写らんようにしとったさかい、娘として現れても母親に似ているみたいな話で終わったし。まぁ、夫やら母親やらは少ししんどかったけどなんとかなったし。次の誤魔化し方は思いつかへんさかいどないしよか思てるけど。今のとこはこの姿で活動してるさかいあと数十年はいけるやろ」




 話しつつ自分の姿を静人達と初めて会った時の姿に戻す。その姿が二十代にしか見えないからかみどりの発言に納得せざるをえなかった。




「まぁ、病気で死ぬとかそういうこともないからね。その時に考えればいいんじゃないかな。そういえばほかの姿にはなれないの?」


「せやな。他の姿にはなれへんのや。というかなってしもたら下手すりゃこの姿に戻れん可能性もあるさかい」




 かなでの疑問に少し肩をさすり答える。かなではそんなみどりの言葉に残念そうな顔をする。




「それなら無理は出来ないね。あ、さっきの話に戻るけど料理するときはどんな料理したい?」


「ホントいきなり戻るやん」


「えっと、うーん……? ハンバーグ?」


「そんなに何回も食べてたら飽きないかしら?」


「でも、おいしいよ? みんなで作れると思うし」


「せやなー。みんなでこねた後の空気抜きとか手伝えばええんやない? 桔梗もさすがにそれぐらいなら大丈夫やろうし」


「大丈夫だと思いたいのだ。さすがに空気抜きを手伝って得体のしれない何かになることがあったら、もう料理に触ることは諦めるのだ」




 単純な工程ですら出来なかったらどうしようと少し不安そうで遠い目をする桔梗に、みどりは頷き苦笑する。




「せやね。そん時はさすがに諦めるしかないやろな。とはいえ料理は出来ひんけど物作ったりは出来るんやさかい別にええとは思うんやけどな」


「うむ、確かに役に立ちたいという気持ちもあるのだ。それと同じくらいみんなで一緒に作ってみたいという気持ちもあるのだ……」


「あー、なるほどな。仲間外れみたいな気分になるしな。うちもそれが嫌で加わったみたいなところあるし」


「うむ、出来ればわしも加わりたいのだ」


「頑張れ。いやまぁ何を頑張ればいいのか分からへんけど。さてと、うちはそろそろ帰るとするわ。美味しいご飯も食べれたしかわいい妹分も出来取ったことやしな」


「えへへ、かわいいって言われたよ!」


「良かったねもみじちゃん」


「うん! 青藍ちゃんも可愛いって言われたね」


「え? あー、そうだね。みどりちゃんでいいのかな?」


「ええで。もみじちゃんもうちのことはみどりちゃんでええよ。さすがに大人の姿の時はあれやけど、ここに来るときは本来の姿に戻る予定やさかいよろしゅう」


「うん! 今度来るときは一緒にお料理しようね!」


「料理もええんやけど、娯楽はあらへんの?」




 もみじの言葉に頷いた後疑問に思ったのか首を傾げるみどりにかなでが思い出したようにトランプを取り出す。




「あ、トランプなら買ってきたよ?」


「おん? せやったらそれで今度遊ぼか」


「うん! 約束! また来てね?」




 笑顔のもみじにつられるのか同じように笑顔になったみどりは頭を撫でだす。もみじは嫌ではないのか嬉しそうに頭を撫でられて笑顔だ。




「おう、また来るわ。今度来るときはお土産持ってくるさかい楽しみにしとってや」


「もちろん。みんなの分あるのだ?」


「当たり前やろ? あ、静人さんらは買いに来てや?」


「あはは、これから毎日お世話になると思うからよろしくね」


「あー、ここで必要になるもの全部買いに来るつもりなん?」


「しばらくして無事に交渉が成立したら買いに行かなくなると思うけどね。ある程度買いだめして一週間に一度にしてもいいけど。まぁ、普段やることないからちょうどいいんだ」


「そっちがそう言うんやったらそれでもいいんやけど」


「無理はしてないから大丈夫だよ。僕も、もちろんかなでもね」


「そか、分かった。今度商品券でも持ってくるさかい有効利用してや」


「いいのかい?」


「構わんよ。うちのポケットマネーから出すし。従業員も持っとるもんやしな」


「だったらありがたく使わせてもらおうかな。使うのは食料だけだしそんなにはいらないですからね?」


「あはは、そんな遠慮せんでもええのに。まぁ、ええわ。適当に持ってくるわ。そんじゃまた今度」


「はい。また今度」


「みどりちゃんまたね!」




 かなでの元気な送り言葉にみどりは軽く手をあげるとそのまま空間をゆがませて立ち去る。


 そんなみどりを見送ったあと、かなではトランプの基本的なことをもみじ達に教えることにした。


 初めて見るものだからか少し混乱していたが、何回か遊ぶうちに慣れたのか楽しそうにトランプで遊ぶ五人だった。


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