第11話
「荷物の確認は大丈夫かな?」
「大丈夫! こんなにたくさんになるとは思ってなかったけどね」
最低限必要になるものだけを用意したつもりだったが、あれもこれもと手を出すうちに少しずつ増えていき、最終的には何日山にこもるつもりなのかというほどに大量の荷物になった。
「食材じゃなくて、どちらかというと食器とか調理器具がかさばってるせいだと思うけどね。今回で必要な分は揃っただろうし、次からは食材を持ってくるだけだから大丈夫だよ」
「これで持って帰ってって言われたら悲しむしかないね」
「その時はそうだね、泣きながら帰るしかないね」
そんな冗談を口にしながらいつもの時間にいつもの場所で待っていると、来るのを待っていたのか、もみじがすぐに出てきた。
「お兄さん! お姉さん! 待ってたよ。ほら早く早く」
「「お邪魔しまーす」」
もみじは待ちきれないのか二人の背中を押して、最後には二人の手を引っ張って連れていく。少しして風景が変わり神社が見えてくる。そこには青藍の姿もあった。
「やっと来たー。お腹ペコペコだよー」
「ふふ、ごめんね? それじゃあ早速料理を始めましょうか」
「はーい。今日は何作るの?」
「今日は肉じゃがね。やっぱり、初めて作るものといえば肉じゃがよね」
「そうなの?」
もみじは不思議そうな顔をして静人の顔を見上げる。静人は苦笑交じりに頷く。
「そうだね、肉じゃがを覚えたら、似たようなレシピで他の料理も作れるし、家庭によって味に差が出るから家庭の味の代表格でもあるね」
「そうなんだ。よし、それなら頑張って覚えてみる! 青藍ちゃんも頑張ろうね!」
「む、うん。一応がんばる。でも、おいしいのが作れるとは思えない」
「大丈夫だよ! 青藍ちゃんならできるよ」
「なんでそんなに自信があるのか分からないけどありがとう」
青藍はかすかに頬を染めながら柔らかな笑みを浮かべる。
「それじゃあ始めようか。まずは包丁の握り方から」
「そのくらいは分かるよー。昨日お兄さんたちが料理してるところ見てたもん」
「私は分からないから教えて」
「もみじちゃんは大丈夫だねちょっと待ってて。こういう風に握ってね青藍ちゃん」
「こう?」
「そうそう、それじゃあ次は実際に切ってみようか」
静人は青藍の横で包丁を握って見せると、青藍も見よう見まねで包丁を握る。緊張しているのかどことなく体が固まっているように感じた。ちゃんと握れているのを確認した静人は安心したように頷くと肉じゃがに使う野菜をまな板の上に乗せる。
「分かった!」
「がんばる。でも、指を切りそうで怖い」
「大丈夫。そうならないように僕たちが教えるからね。かなではもみじちゃんの担当ね」
「任せて! もみじちゃん一緒にしましょう」
「うん! よろしくお願いします!」
「青藍ちゃんは僕が教えるね」
「うん。よろしく」
「それじゃあまずは包丁を握ってるほうの逆の手をこうしてみて」
静人は青藍に見えるように手を見せる。青藍も静人の手を何回も確認しながらまな板に向かい合う。
「あってる?」
「大丈夫、合ってるよ。次に野菜を切るときの注意点なんだけど。しっかりと押さえないと転がったりするから手で押さえること。あ、ちなみにこの手のことを猫の手っていうよ」
「猫。私の手?」
「あはは、そうだね。この猫の手をちゃんとしてないと、さっき青藍ちゃんが言ってたように指を切っちゃうから気を付けてね。猫の手は大事なんだよ?」
「猫の手大事。うん、覚えた。でも、ちょっと抑えづらい」
「慣れもあるからね。少しずつ楽になると思うよ。それじゃあ実践していこうか」
「分かった」
「本当は野菜の皮をむいたりするんだけど、今日は初めてだからね皮むきは明日かな」
そういって静人は皮をむいたジャガイモを青藍に渡す。青藍は無表情ながらも緊張した様子でそれを受け取るとそっとまな板の上に置いた。
「今回使ってる包丁は金属じゃないから抵抗が強いかもしれないけど、力任せに切らないようにね。それじゃあまずは縦に半分に切ってみようか」
「えい。これでいい?」
「いいよ。次は今切ったものをもう一回半分に切ってみようか」
「ほい」
「うん。残りのジャガイモを今みたいに切ってみて」
「えい、ほい、そい」
「掛け声は別に……、まぁやりやすいなら別にいいか」
「切り終わったよ?」
「お、早かったね。今切ったジャガイモはこっちによけといて」
静人が皿を渡すと青藍はこくりと頷いてジャガイモを皿の上に載せていく。全部乗せ終わりまな板を元の位置に戻したところで玉ねぎを置く。少し静人は不安そうだ。
「……青藍ちゃんは猫なんだよね? 玉ねぎって猫にとって毒なんだけど大丈夫かい?」
「そうなの? でも、何回か食べたことあるから大丈夫。それに猫だけど人だから」
「そう言われるとそうなんだけど。というか食べたことあるのか」
「うん、そのまま食べたことある」
「それなら大丈夫か」
「大丈夫大丈夫。玉ねぎはどうやって切るの?」
「玉ねぎはちょっと切り方が違くてね。見てもらったほうが早いかな。くし形切りって名前でこうやって切るんだけど」
「斜めに切るの難しそう」
「やってみたら簡単だよ。残りの半分切ってみようか」
「やってみる」
青藍は斜めに切るときにどこら辺から切ればいいのか少し迷いながらも涙目になりながら切り終えた。
「おにいさん、涙が止まらない」
「あ、言うの忘れてたね。玉ねぎは切るときに涙が出るんだよ」
「もう少し早く教えてほしかった」
「あはは、ごめんね? 玉ねぎはこれで終わりだからジャガイモと同じところに入れといて。次はニンジンだね」
青藍が玉ねぎを片付けたのを見てニンジンを置く。当然のように皮は向いてある。
「ニンジン。これは?」
「これもまた違う切り方で切るから見ててね。名前はいちょう切りね」
ニンジンを縦半分に切り離し、切った後のニンジンをもう一回縦半分に切る。今度は切り離さずそのまま横に包丁を入れていく。
「むむ」
「この形が銀杏の葉に見えるからいちょう切りね。ちなみに、縦半分に切った後にそのまま横に切ったら、半月切りっていうまた違う切り方になるよ。はい残り半分」
「切り方沢山ある?」
「数は多いけど使わない切り方もあるから、覚えるのはそんなに多くないと思うよ」
「そうなんだ。切り終わったよ」
「オーケー。それじゃあ次は」
「おーけー?」
「あ、えっと、分かった。みたいな意味だよ」
「おーけー。うん、覚えた」
「これは覚えなくてもよかったんだけど。あ、これからの作業はもみじちゃん達も会わせてやろうか。かなで、そっちはどう?」
静人は困った笑みを浮かべて頬をかきながらかなでのほうを向く。かなでは静人の声が聞こえたからかゆっくり静人に向かって歩いてくる。
「野菜を切り終えたところ、そっちは?」
「こっちも一緒で切り終えたところ」
「それじゃあ、あとは一緒に進行していきましょうか」
「見て見て青藍ちゃん。綺麗に切れたよ」
「私も初めてにしては上手く出来た気がする」
「あ、本当だ。綺麗に切れてる! こんなに綺麗に切れるならお料理するときは一緒に出きそうだね」
「分かってる。気が向いたらする」
「それでもいいよ。たまにでもしてくれるなら」
「おーけー」
「おーけー?」
「分かったみたいな意味だって」
「そうなんだ。お兄さんに教えてもらったの?」
「うん、そう。そんなことよりお腹空いたー」
「そうだね、とりあえず続きをしようか。あ、今日使うお肉は豚肉の切り落としなんだけど、これの調達は今後の課題かな。さすがに豚は飼ってないだろう?」
「暇だし、飼おうと思えば飼えるよ? 昔は飼ってたことあるし。食べるときに殺すのは青藍ちゃんがやってくれるはずだし」
「任せて。そういうのは得意。というか、飼ってるうちに情がわくのはしょうがないから、その世話をしてない私じゃないと無理な気がする」
「世話をしていない人でも無理な人は無理だと思うけどね」
「そうなの? でも、私なら大丈夫。でも、今は豚がいないからしばらくは無理だね」
「そうだね。あ、料理の続きに入るね。最初にフライパンにゴマ油と豚肉を入れます。そのあとに火をつけて、ある程度焼き終えたら鍋に移して、同じフライパンでジャガイモとニンジンを炒める」
「なんで同じフライパンを使うの? 洗い物を少なくするため?」
「それもあるけど一番はお肉を焼いたときに落ちるお肉のうまみ成分を使うためかな」
「うまみ? 逃げるの?」
「逃げちゃうんだ。野菜と一緒に炒めることで野菜にうまみが絡みつくんだよ」
「そうなんだ!」
「焼いてるときにジャガイモとニンジンの表面に焼き目が付いたらしらたきを……。あ、しらたき買い忘れてたね。じゃあ今焼いたのをお肉を入れた鍋に移す。そして、最後に空になったフライパンにお酒を入れて沸騰したら鍋に移して、このフライパンの出番は終わりかな」
「最後にお酒を入れるのはなんで?」
「これもうまみを余すことなく使うためだね」
「ほえー。うまみって大事なんだね」
「おいしさのもとだからね。ちょっと手間に感じるかもしれないけど、こういうことも大事なんだ。あとは玉ねぎ、砂糖、醤油の順番に加えて、落し蓋をしてじっくりと火にかけていく」
「一気にかけないの?」
もみじは気になることは全部聞くつもりなのか気になることがあるたびに質問を繰り返していた。静人もそれに答えられるように自分なりの答えをこたえていく。
「強火にしちゃうよりもじっくり時間をかけたほうが美味しいんだ。理由は僕にもわからないけどね?」
「お兄さんにもわからないことあるんだ!」
「僕にもわからないことはあるよ。分からなくても美味しいのは分かってるからね。それになんで美味しくなるとか考えすぎちゃうと、純粋においしいって思えなくなりそうだしね」
「でも、気になる! それに美味しくなる理由を知ってたら他の料理にも使えるかも?」
「ふふ、そうだね。それじゃあそれはもみじちゃんに任せようかな。頑張って解明してね?」
「分かった! 頑張ってかいめいしてお兄さんたちにおいしいご飯を作ってあげるね!」
「うん。楽しみにしてるね」
「うん。もみじちゃんがやる気になってくれるのは嬉しい。その調子で私がしなくてもいいくらいに頑張って」
「青藍ちゃんもその時は手伝ってもらうからね」
「少し手伝うくらいならいいけど……。あ、豚を絞めたりするのは手伝う」
「う、確かにそれは私ができないことだし……。うん、それだけでもいいや」
「少し煮えるのを待たなきゃいけないからゆっくりしとこうか。ここって時計とかある?」
「あるよ! 昔作ってもらったとかで一秒もずれがないんだってお師匠が自慢してた!」
「一秒もずれないって確かにすごいね。あとは時間を見ながらだね」
静人はもみじから時計を預かって時々鍋の中をひっくり返しながら熱が通っているかを見る。二人もその様子を真剣な様子で見ていた。そうしてしばらく時間が経った頃。
「よし、ジャガイモの中まで火が通ってる。完成かな。皿によそうから食器出してもらっていいかな?」
「はーい! ほら、青藍ちゃんも手伝って」
「うい。深いほうがいいよね? はいこれ」
「うん、ありがとう。そういえばさっきからかなでが静かなんだけどどうかしたの?」
「ううん。私よりも料理うまいからお邪魔になっちゃうと思って黙ってただけ。それに、二人から説明されるよりは一人から説明された方が分かりやすいかなって思ったから」
「あー、確かに。そうかもね。配膳は手伝ってね?」
「ふふ、分ってるわよ。よそったものから持っていきましょうか」
「「はーい」」
かなでは静人からお皿いっぱいの肉じゃがを受け取ると青藍ともみじを連れて、いつの間にか用意してあったテーブルの上に置き始めた。四つある木の椅子に各自座ったところで手を合わせる。
「いただきます」
「「「いただきます」」」
静人の言葉の後に三人の声が続く。それからは自分の皿に各々肉じゃがをよそって食べていく。もみじ達はジャガイモが熱いのか口をはふはふさせながらも美味しそうに食べていく。こうして今日も一日が終わっていくのだった。
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