第143話

「もう少し放っておけば泣き付いて来ると思うてたんじゃがの。」

婆センパイがバチンと指を鳴らすと、目の前で揺れるランプの火がフッと掻き消えた。


「フフン。」

偉そうに腕組をした俺は得意満面な心持でSR級ドヤ顔を披露しつつ、限界まで拡張した鼻孔からセンパイに向けて盛大に息を噴出した。傍から見れば震える程にムカ付くイキり面をしていることだろう。


「そいつは発火の魔法じゃな。自力で其処まで至ったのなら、あたしゃもお前を鈍とは言えないかもしれんの。」正面に座る婆センパイは、俺の偉業を認めるのに吝かでは無い模様だ。その顔を良く眺めてみると、浮き出たこめかみの血管が高速でヒク付いているのが視界に入ったが、きっとそのハズだ。


「うむ、随分と 苦労したからな。」


俺は先日、魔力に拠って可燃性ガスを己の顔面ごと爆破することに成功した。そして其れにより日属性魔法の切っ掛けを掴むことが出来、修練の方向性が定まったのだ。しかしながら、実は困難なのは其処から先であった。なにせ此の世界、地球と違って常温とは行かないまでも、低温域で発火するような人工的に生成された可燃性物質など皆目見当たらないのだ。ましてや自然界では言わずもがなである。


その後、俺は早速周辺にある燃え易そうな木屑や枯草を掻き集めて魔力で火を付けようと試みた。だが、早々に挫折の憂き目に遭った。火どころか煙すら全然出ねぇ。試した感触としては滅茶苦茶重いと言うか固いと言うか、或いはインピーダンスマシマシというか、兎に角魔力のが悪いのだ。あっという間に魔力が通って着火するライターの混合ガスとは雲泥の差である。無論、俺の技量が未熟なせいもあるのだろうが。


とは言え、方向性は既に見えたのだ。後は粉骨砕身目的に向かって突き進むのみである。いや、砕身したらアカんな。滅茶苦茶頑張るのみである。出来るか出来ないかじゃない。やるのだ。やってみせるのだ。思えば不可能と思えた回復魔法だってどうにか使えるようになったのだ。なら、できらぁ。


そんな決意も新たに其れからの俺は時が経つのも忘れ、無我夢中になって試行錯誤をひたすら続けた。幸いな事に、其のトライアルアンドエラーは俺には全く苦には感じられなかった。何故なら肉体をひたすらイヂめ抜くキッツいキツい肉体強化のドリル練習や戦闘訓練と違い、新たな魔法の修練は兎に角滅茶苦茶楽しかったからだ。だが其のせいで、日課である肉体の鍛錬が疎かになってしまった。猛省せねばなるまい。


そんな訳で、何度も試行を繰り返す内に少しずつ判って来た事がある。ガスを発火させた魔力を同じように注ぎ込むだけでは、燃え易そうな乾燥した木屑や枯葉にすらまるで歯が立たない。なので、今度は魔力の流し方を色々と工夫してみる事にした。其れでも中々思うようにいかなかったが、更に木片で丁寧にフェザースティックを削り出して何度も発火を試みた結果、俺は遂に火付けに成功した。コツは出来るだけ範囲を絞り込んで、魔力を一点に向けて集中して流し込む感じだ。初めて着火に成功した瞬間、俺は思わず深夜の森の中で唯一人、ヤバイおクスリを一発キメた猿のように絶叫しながら踊り狂ってしまったぜ。


俺は遂に、遂にやり遂げたのだ。・・と言いたいところだが、大袈裟に言うには些か達成するまでの時間が早過ぎた気もする。まあ尤も、其れには理由はある。俺がこれ程までに短時間で魔力による発火をモノにしたのは、嘗て回復魔法を身に付けるに至るまでの恐るべき艱難辛苦と、回復魔法を身に付けてからも絶えず研鑽を積み重ねて来た数多の日々、そして暗黒企業戦士が常飲するエナドリよりもハードに回復魔法を使い倒して来た経験が大いに寄与した事は言うまでも無いだろう。お陰様で俺は魔術師ギルドの門を叩いたスタート時点から、既に己自身の魔力の扱いに少なからず熟達していた自負がある。魔力の集中など思い付いてから大して間を置かず実行に移すことが出来たのは、今の俺であればこそなのだ。もし今迄の積み重ねが無ければ、もしかすると此れだけで年単位で時間が掛かっていたか、或いは志半ばで挫折して諦めていたかもしれん。


その後、調子に乗った俺は邪悪な放火魔の如くそこら中に付け火をしまくった。此処がEDOの世なら、バレたら情状酌量なんてとんでもねぇの一発打ち首案件である。そして其の甲斐あって、俺は木屑や枯葉、フェザースティックにも安定して着火出来るまでになった。残念ながら秘蔵のライターのガスはその修練の過程で使い切ってしまったが。大切なライターの残骸は山に埋めて丁重に供養をした。此奴のお陰で此のふざけた世界にようこそされた俺は命を繋ぐことが出来たのだ。今迄ありがとう。


また、此れ等の修練に付随してもう一つ分かったことがある。魔力による着火に小慣れてくると、ただ火を付けるだけでなく、魔力で付けた火が何となく掌握出来るように感じられるのだ。試しに触れる事無く掌握の感覚と意志の力のみでグイグイ動かしてみると、確かにほんの5ミリくらい、灯った火がユラユラ動かせるのが分かった。決して息吹きかけてやってんじゃないぞ。こうなると俄然魔法らしくなってくる。滅茶苦茶面白いぞ。熟達すればいずれ婆センパイのように自在に火を操る事が出来るかもしれん。


とは言え、火なら何でも自由に操れるという訳でも無さそうだ。何度か試した結果判ったのは、掌握出来そうなのはあくまで俺が魔力で生み出した火或いは熱だけであり、しかも蝋燭程度のちっこい火ですら掌握を維持するのに滅茶糞集中力が必要な事だ。なのでその辺で燃えてる火を自在に操るなんて事は出来ない。いや、本当は出来るかもしれんが、少なくとも今の俺にはとても無理だ。


てなわけで諸々の奮闘の結果、順調に魔力による火起こしプラスαが出来るようになった俺だが、逆に着火できる物質が相当に限られてくるのも分かった。石や土は言うまでも無く、水分をタップリ含んだ生木や葉なども正直無理っぽい。例えば布や乾燥した木片は、一度火が付きさえすれば一気に魔力の通りが良くなるように感じられるが、石や鉄、生木などはひたすら魔力を流し続けても一向に抵抗が無くなりそうな気配が無い。非力な手芸部BOYが摩擦で火起こしを試みるが如く、永遠に魔力を流し続けてもまるで点火する気がしねえ。圧倒的にパワーが足りないのだ。後でその表面を観察してみると、小さな焦げ跡のようなものを確認できた。恐らく魔力で発火を試みた痕なんだろう。




かくして苦労の甲斐あって、俺は婆センパイの前で素晴らしきドヤ顔を披露できたのである。正直ランプへ着火するのは初めてであり一抹の不安が無くも無かったが、結果として枯葉や木片に着火するよりも随分とチョロかった。


俺が考察した日属性とは熱エネルギーを操る属性であり、火魔法による発火は熱エネルギーに置換?した魔力を放射、或いは伝導する事による物体の加熱に拠る。などという概念はこの世界の魔術師達には恐らく無いだろう。そして俺のようなアプローチで火魔法を行使する人間なんぞ、この世界じゃ恐らくは地球人の俺以外誰も居ないと思われる。無論、教導員である婆センパイの遣り方とも全然違うだろう。そして其れがアリかナシかで問われれば、結果として問題無く魔法は発動したので俺的には全然アリだ。仮にイカサマと罵られようが、此の異界で唯一人くらい、俺みたいに変態的な発動方法で魔法を使う馬鹿が居ても良いじゃない。例えば関節技だって極め方こそ同じでも、その入り方は幾通りも有ったりするものだ。肝要なのは過程では無く結果である。要は最後に勝てば良かろうなのだ。安易に答えだけ掠め取る事を良しとせず、試行錯誤せよとの婆センパイの金言にも決して反しては居ないし、細かいことは気にしない。


ただし一つ忘れちゃいけないのは、日属性が熱エネルギーを操るという俺の閃きと考察は、必ずしも真実とは限らないと言う事だ。実際実験でその事を証明した訳でもないし、単なるアホな俺の思い込みに過ぎないのかも知れない。その事は頭の片隅に常に置いておいた方が良いだろう。

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