第120話

武骨、などという次元では到底言い現わせぬ巌の如きフルプレートに身を包んだ巨漢が、身の丈程もありそうな大剣を打ち振るう。その直後、耳障りな破裂音と共に四肢をバラバラに解体された魔物数体が纏めて壁に叩き付けられ、泥濘のような赤い滲みと化した。


此処は迷宮『古代人の魔窟』の地下10層目。


人族に仇なす恐るべき異形の魔物、通称ハグレを討伐すべく招集された腕利きの討伐隊は、奴の度重なる狼藉を掣肘すべく、暗雲漂う迷宮の奥深くへと斬り込んだ。襲い来る幾多の魔物どもを鎧袖一触に蹴散らすその雄姿は、紛れもなく英雄と呼ぶに相応しい。


そして俺は、その様子を物陰から覗き見している。何故ならば、只今英雄然と薄暗い迷宮を突き進む彼らの後方をコソコソと絶賛ストーキング中なのだ。その姿、正にゴシップ記事を付け狙う芸能記者の如し。いや待て、そのような下卑た代物ではない。俺の変態的尾行技術は、最早ある種の芸術の域まで達しているのだ。多分。


この階層に至るまでの道中、結局ハグレがその悍ましい姿を現すことは無かった。そして、討伐隊に襲い掛かって来た幾多の魔物共は、哀れにもまるで爆撃にでもあったかのようにその身体を四散させて次々と壁や床の滲みとなっていった。俺は安全な後方から魔法とか見れないかなとワクワクしながら魔物を蹂躙する彼らの勇姿を観戦していたが、結局この階層迄一度も魔法を目に掛ける事は無かった。浅層の雑魚など魔法を行使するまでも無いということだろうか。確かにあんな人間離れした強さを目の当たりにすれば納得せざる得ない。


そもそもあんな分厚い装甲のフルプレートなんて着込んでたら、まともな人間ならそれこそ殆ど身動き出来ないハズである。俺は以前滞在していたファン・ギザの町で狩人ギルドの教官と称して俺をシバきまくった憎っくきジジイ、ゾルゲの言葉を思い出す。あの連中も騎士や王侯貴族が人外に至る為の怪しい謎儀式を受けてたりするんだろうか。迷宮都市ベニスにもそんな物騒な儀式が伝わってるかどうか知らんが。だが人外の領域に指先をチョッピリ突っ込んでみた程度な俺と違い、あのゴリラみたいな体躯の前衛共は分かり易く人間辞めちゃってるようにしか見えんぞ。あんな奴等に襲われたら俺は確実にチビる自信がある。


何れにせよ、あいつ等が目立ちまくるお陰で、俺に絡んで来る魔物は殆ど居ない。故郷の蚊取り線香より頼もしい連中である。


それに加え、連中が迷宮の奥へ向かう馴染みの最短ルートを進んでくれたのはマジで助かった。幾らピッタリ離れずに後を付けているとはいえ、四六時中連中を見張っているというワケにはいかない。何故なら此方には交代要員が誰も居ないからだ。特に排泄物のデカい方をブリブリっと放出したり、睡眠を取っている間は如何しても連中を見失ってしまう可能性があった。よもや歩きながら垂れ流す訳にはいかんし、俺は自身の決戦前に睡眠を疎かにするつもりは無い。例え連中を見失ったとしても、十分な睡眠を取り、体調を万全に整えることを最優先するつもりであった。だが幸いにして、勝手知ったる経路を進んでくれた事と進行速度が緩やかだったお陰で、此処に至るまで連中を見失うこと無く後を追うことが出来た。


討伐隊はどうやら何処かに戦場を設定したり罠を張るような事はせず、そのままハグレと遭遇戦となる事を見越して居るようだ。大層な自信である。だが結局、ハグレとは遭遇すること無く此処まで来てしまった。尤も、俺としては実に都合の良い状況だ。俺は此の10層の階層守護者の部屋を決戦の場として想定してきたからな。上の階層でハグレと遭遇した場合の策も勿論考えてはあるが、そうなると正直言ってかなり面倒臭い。


しかしあの連中、此処まで来たらよもやあの極悪環境であるハグレの巣で戦うことを想定してるんじゃあるまいな。あんな特濃の死臭の中で戦うとか冗談じゃねえぞ。などと危惧しながらピーピングを続けていると、討伐隊の面々は何やら急に立ち止まってボソボソと話し込んでいる。何事かと目を凝らして良く見てみると、な、何と。迷宮の床から等間隔でブッとい金属の棒が何本も生えているではないか。


・・・実は何を隠そうあの杭、俺が迷宮の床に埋め込んだブツである。故郷の車止めの要領で、不測の事態で逃走する際にハグレの奴を足止めする為の仕掛けだ。そりゃイザという時の為の逃走経路は念入りに確保したさ。俺はこんな所で死ぬ気なんてサラサラ無いし、背水の陣などというパワハラ戦術なんぞに身を投じる事は断固拒否する男だ。他人にやらせる側なら快く引き受けるがな。


と言う訳で、ハグレ討伐隊の連中は俺が苦労して迷宮の床に埋め込んだ鉄杭の前で何やら不穏気に話し合っている。おいおい、お前等頼むぞ。間違ってもソイツを引っこ抜いてはくれるなよ。その杭は今日この時に合わせて汗水垂らしてワザワザ埋め込んだ大切な仕掛けの一つなんだからな。


実は此の迷宮『古代人の魔窟』は、その大きな特徴の一つとして壁や床の自己修復機能がある。そのお陰で壁や床に穴を開けても、一定の期間を置くと勝手に穴は埋まってしまうのだ。どうやら土魔法の一種らしいが、その原理は未だ解明されてはいない。しかも、この迷宮では壁や床を勝手に掘削して生き埋めになるアホが毎年何人かは居るらしい。度を越えたアホってのは万国どころか何処の世界にも共通して存在するモノなのだ。


そして、迷宮の床や壁に穴を開けるのでは無く、何かを埋め込んだ場合は一体どうなるか。実はその場合、埋め込んだ異物は其のまま埋まっていくか、勝手に抜け落ちていくかの何れかになるんだそうだ。実際に自分でも何度か検証もしてみたので間違いは無い。勿論、安全地帯の扉などの例外はあるが。そして更に、その修復速度は単なる穴の修復と比べれば格段に遅いのだ。その点は様々な仕込みをする俺としては非常に助かった。


俺が余計な事すんなよと念を送りながら覗き見ていると、結局討伐隊の連中は鉄棒を放置地して先に進み始めた。どうやら連中、唐突に迷宮の床に生えている奇怪な棒はガン無視することに決めたようだ。良か良か。


ハグレ討伐隊とそれを尾行する俺が更に小一時間程歩き進んで、そろそろ微かに奴の巣からの死臭が漂ってくるんじゃないかという頃合。


討伐隊は先頭の合図と共に唐突にその歩みを止めると、斥候と思しき二人を周囲に展開しつつ、隊列を解いて互いに武装や道具類の点検を始めた。次いで、武装したまま皆で車座になって腰を下ろすと、何や談話か協議のようなモノを始めたようだ。どうやら連中、この通路でハグレが姿を現すのを待ち受け、迎え撃つ腹積もりらしい。確かにこれ以上奴の巣へ近付くのはオススメできない。この場所なら奴の巣迄はほぼ一本道なので、待ち構えていれば何れ必ず奴は現れるだろう。足を止めて迎撃するには良い頃合いと言えるかもしれん。


此処は迷宮の中でも比較的狭い通路なので、展開して奴を取り囲むことは出来ないかもしれない。だが、逆に奴もある程度動きが制限されるだろう。どちら側に吉と出るかは実際に戦って見なければ分からん。何せお互い初戦だからな。


俺は保存食の干し肉を頬張りながら、物陰から討伐隊の様子を観察する。というか、

一方的に顔馴染みとなった斥候のおねーさんをジロジロと無遠慮に眺め回した。あの斥候のお姉さん、荒事を生業とする仕事に就いてる割には何となく身なりが上等なのだが、其れなりの身分の出自なのだろうか。目を凝らしまくって観察すると顔立ちも整っている上、俺と同じ黒髪なので勝手に親近感が募る。やはり俺のピーピングアイはむさ苦しいゴリラなんぞより綺麗なおねーさんにこそ相応しいな。


だが、彼女は斥候の割には妙にソワソワして落ち着きがない。あの手練れの討伐隊の一員に選ばれた以上、未熟って事はありえないのだが。よもや俺の邪な視線に感付いてるんじゃあるまいな。いや、単純にハグレに怯えていると考える方が自然か。


などと考えていると、前衛のゴリラの一体が落ち着きの無い彼女の背後から近付いて来て、其の肩に手を置いて何事か声を掛け始めた。すると、彼女の怯えた様子は影を潜め、再び周囲の警戒に専念し始めた。どうやら落ち着きを取り戻したようだ。


ゴリラの癖に中々やるじゃねえか。背を向けて配置に戻るその銀色に輝く背中が段々シルバーバックに見えて来たぞ。尤も、討伐隊に4体いるゴリラーズは揃いの意匠のフルプレートを着込んでいる為、正直誰が誰やら全く区別が付かない。一応持ってる武器で判別はできるが、そもそも俺に判別する気が無い。




_____それから体感で数時間も経過しただろうか。この階層に来るまでの道中と合わせて一向に姿どころか気配すら見せないハグレに対して、俺はいい加減痺れを切らし始めていた。だが、その時。



俺達の周囲から、魔物どもの気配が消えた。



俺の頭の中で即座にスイッチが切り替わる。いよいよ来やがったな。

前方の様子を伺うと、討伐隊の連中も事態を察知したのか、慌しく陣形を組み替えている。とはいえ、ハグレとの戦いにおける最初の一当てはあいつ等に全てお任せである。此方はまだまだ気楽なモンだ。



だがその直後、俺のその余裕は、戦慄と共にあっと言う間に消し飛ぶことになった。

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