第101話

地球換算で日時を遡る事ほんの三カ月近く前。荷物持ちとして迷宮『古代人の魔窟』の探索に挑んだ俺は、迷宮探索者達の間でハグレと呼ばれ恐れられる魔物と遭遇した。その結果、一緒に迷宮に潜った仲間たちは全滅。たった独り生き延びた俺は、飢えと渇きに苦しみながらも命からがら迷宮から脱出することが出来た。この世の地獄のような逃避行の記憶は、今でも生々しく俺の脳裏に刻まれている。


俺が所属する狩人ギルドの受付職員である赤毛のおっさんの話によれば、ここ最近迷宮都市を騒がすそのハグレを討伐するために、迷宮都市の行政府からの依頼でギルドで討伐隊が結成されたそうだ。そして、その後勇ましく迷宮に乗り込んだ討伐隊なのだが、結果として敢え無く行方不明となってしまったらしい。あの迷宮は広大な上、連絡手段に乏しいこの世界である。単に道に迷って遭難したとも考えられなくは無いが、討伐隊員は経験豊富な狩人な上、恐らく討伐隊の連中は迷宮の地図を持っている。それに、探索領域は入口まで立ち戻るのが左程困難ではない迷宮の浅層らしいので、普通に考えれば遭難したというよりはハグレに返り討ちにあったのだろう。


その話を聞いた俺の正直な感想を言えば「意外」である。確かに俺達が遭遇したハグレは尋常じゃない化け物ではあったが、相対する狩人ギルドはある意味魔物討伐のプロ集団とも言える。なので、組織として迷宮や魔物の討伐に関しては相当な経験やノウハウを蓄積しているハズだ。その狩人ギルドが選定した討伐隊がこうも容易く返り討ちに会うとは。だが、ポーター仲間だったポルコの話をよくよく思い返してみれば、緋色の瞳を持つハグレは此処何十年も出現していなかったんだっけか。しかも、ハグレはあの迷宮に稀に現れる特異な魔物であり、それ単体が固有種とも言うべき存在である。その為、瞳の色を除いて1体として同種の能力や身体的特徴を有した別の個体は居ないんだそうだ。ううむ、事前にある程度の情報収集はしてたのかも知れんが、其れならば初見の戦闘と殆ど変わらないのかも。選抜した討伐隊が敢え無く仕損じるのも有り得る事なのかもしれん。


ギルド職員であるおっさんの手前表情には出さないが、話を聞いた俺は、正直落胆の気持ちが否めなかった。討伐隊がアッサリとハグレを片付けてくれれば嬉しかったんだがな。


あの迷宮の奥深くで、俺は確かにあの化け物に煮え湯を飲まされた。だが、無残にも殺戮の贄となってしまった雇い主のリザードマンズの面々や、恐らく死んでしまったであろうポーター仲間だったポルコの仇を何が何でも討ちたいかと問われれば、率直に言ってしまうとそれ程でも無い。いや、仇を討ちたい気持ちが無い訳では無いのだが、現実問題として俺が再びアレに挑んで勝てるかと言われると・・・無理だろ。仮に一時の怒りに身を任せて無謀な突撃したところで、名も無い死体が空しく一つ追加されるだけだろう。


更にぶっちゃけてしまえば、俺は彼等と衝撃の出会いを果たしてから、壮絶に死に別れるまでは半月も経っていない。その為、俺の気持ち的には彼等は熱い友情を育む間もなく、流れ星のように駆け抜けて逝ってしまった感が強い。


仮に俺が安全な場所でヌクヌクとしてる間に凄腕の誰かがアレを討伐してくれるなら、それに越したことは無いのだ。薄情と言われるか知れんが、俺は敵討ち以上に死んだあいつ等の後を追う気は毛頭無い。二次災害はダメよ、絶対。其れに、俺はあのハグレに対して、別に恨み骨髄と言う訳では無い。この世界の魔物は基本凶暴で、弱そうな人間を見れば脇目も振らず襲い掛かってくる。あのハグレもまた、魔物の本能に突き動かされて俺達を襲ったんだろうし、一部の人間が欲望剥き出しで向けてくるような悪意とは少々趣が異なる。ある意味自然災害にぶち当たってしまったような不運であり悲劇とも言えるのだ。


「おっさん。討伐隊の連中の事、教えてもらうことは 出来るだろうか。」

それでも今後の身の安全を鑑みて、俺は腰を据えておっさんに話を聞くことにした。此処はギルドの受付カウンターだが、そんなのは知らん。どうせおっさんのカウンターには誰も並んでないし。もし後ろで騒ぐ奴がいるなら、俺の大腸で熟成させまくった特製メタンガスをお見舞いしてやるだけだ。


「ええ、良いですよ。君はギルドメンバーだし、口を閉ざしていた所でどの道噂は直ぐに広がるだろうからね。但し、洗いざらいという訳にはいかないけれど。」

おっさんは顎に手を当てて少し考えてから、俺の要求に応じてくれた。どうやらギルド内で緘口令は敷かれては居ない様だ。


「討伐隊のPT編成は どうなっていたんだ。」


「詳しくは話せないけど、3級1組と4級2組の3PT合同の討伐隊だね。あと加えて荷物持ちがが何人か付いてたかな。」

一番上が3級か。正直、上のランクの狩人の強さがどの程度なのか良く分からんから評価が難しい。指標がファン・ギザの町で教官と称して俺をシゴきまくった元4級のゾルゲくらいしか無いからな。だが、この都市におけるあの迷宮の重要性や、万全を期すことを考慮すると些か物足りなく感じる。いや、あのハグレが相手だと考えるとハッキリ言ってショボい。1級や2級、何なら特級などの高ランク狩人を動員して速やかに処理すべきなんじゃなかろうか。


「1級や2級のPTを 討伐隊に 入れられなかったのか?」

俺は思い浮かんだ疑問を正直にぶつけてみると、おっさんはフ~ヤレヤレといった表情を浮かべて頭を横に振った。正直ちょっとムカ付いたが、ぐっと堪える。


「現在、このベニスが唯一公認している1級狩人のPTは、2か月程前から迷宮『神々の遊技場』に挑んでいるんだ。あの迷宮の深部に潜ってしまうと危険過ぎて誰も連絡が取れないし、一度の探索が下手をすれば年単位になることもあり得る。そんな訳で、彼らに指名依頼をすることは出来ないんだ。」


「他の高ランク狩人を 呼び付ければ良いんじゃないのか。」


「ふ~、やれやれ。そういえばカトゥー君は10級だったね。妙にふてぶて・・いや、貫禄が有るので失念していたけれども。いいかい、元々我々の組織は同じ狩人同士が相互に助け合うために結成されたモノだ。普通の人族が一人で出来ることは余りに限られてくるからね。だが、君たち「一般の」狩人達と高ランクの狩人ではその立場が全く異なるんだ。」


「・・・・。」


「君たちは組織に所属することによって、様々な恩恵を受け、組織によって守られる立場にある。その代わり、組織の規約や命令には従う義務がある。また、組織への貢献も果さなくては成らないんだ。」


「でもね。君の言う1級や2級、或いはそれ以上のランクの狩人達は全く事情が異なるんだ。彼等は元々、組織の庇護など全く必要としていない。彼らの腕前は幾多の人々に欲されているからね。著名な高ランク狩人には、依頼によって年単位で予定が埋まっている方も居る。そんな人達に承諾も得られずに依頼を横入れするなんて、余程の事情が無い限り無理筋なんだよ。それに、君と違って彼等はギルドに所属させてあげているんじゃあ無いんだ。あくまで我々が請うて、願って、彼らにギルドに所属して貰っているのさ。だからギルドが指名依頼をしたところで、狩人ギルドが彼等を無理に呼びつけたり強制することなど出来ない。あくまでも要請なんだよ。」

おっさんはちょっとドヤ顔で、俺達とは住む世界の違うらしい高ランク狩人の立場を俺に説明してくれた。別におっさんが偉い訳でもあるまいに。


は~成程ね。故郷の日本でもあったよそういう事。俺達一般庶民な学生は、受験勉強や或いは推薦枠を勝ち取るために必死こいて、更に高い授業料を払ったり、奨学金という名の借金をして高校や大学に進学をする。だが、そんな一般人を尻目に、スポーツにせよ勉強にせよ本当にデキる上澄みの連中に対しては、相手側から頭を下げてスカウトや推薦の話が来て、連中は授業料も免除されて悠々自適に進学してゆく。勿論、連中には連中の悩みや苦しみがあるんだろうが、俺ら一般人から見たら人生イージーモードにしか見えない奴等。そういう所は何処の世界でも変わらないらしい。実にムカつくね。


「彼らには何物にも縛られず、自由を謳歌するに足る実力がある。1級狩人などは、場合に依れば単独で小国の軍隊ですら相手にできると言われている程なんだ。彼等は常に恐ろしく危険で達成困難な任務、依頼、或いは個人的なハントりに挑んでいる。我々狩人ギルドの役目は、彼らが気持ちよく仕事に集中できるように、全力で支援を・・・」


「今回の依頼は 迷宮都市の行政府から出ているんだったな。なら依頼主は この都市の領主なんだろう。其れでも駄目なのか?」

ドヤ顔で語るおっさんが余りに鬱陶しかったので、俺は話を途中でぶった切って問い正した。


「難しいね。先程話したウチの支部に所属している公認狩人なら融通が利くんだけど。それに、今回の案件はまだあまり重要視されていないのか、依頼主からの報酬が渋いんだ。尤も、大きな声じゃ言えないけど、ウチ等の領主様がケチで有名な所為でもあるんだけどね。高ランクの狩人は要求する報酬も規格外だから、金で釣るのは難しい。」

おっさんは先程のドヤ顔から一転、眉間に皺を寄せて語り始めた。成る程金か。ギルドにも面子が有るだろうし、場合に依っては今後、採算度外視で高ランクの討伐隊を組む可能性はあるのかも知れんが、今はまだ其処まででも無いという事か。


「それに、今はかなり折りが悪いんだ。実は、今回の討伐隊以外の他の有力な狩人PTは、現在魔物領域にある迷宮『常闇の枝』への大規模遠征中で連絡が途絶えているんだよ。それに、こいつは狩人ギルドの話じゃないんだが、同じく迷宮探索を生業にしている連中が多い傭兵ギルドについても、名の知れた傭兵どもは皆キナ臭い「北」に行ってしまって、今のベニスには殆ど残っていないんだ。入れ替わりに戦火を逃れた難民達が迷宮群棲国に入って来ているらしいけどね。」


「成る程。難しい状況なのは分かった。だが、ギルドは今後どうする?此のまま手をこまねいて居る訳にもいくまい。」


「う~ん。ウチの幹部達からの話では、今後指名ではなく公式依頼として狩人達の受注は募るけど、ギルドとしては暫くの間は静観するしかないのかも知れない。有力なPT達と接触するために各地に伝書を飛ばしてはいるんだけど、まだ状況は芳しくないようだからね。ただ・・。」


「ただ?」


「こいつはあくまで噂話だけど、ベニスの上層部に動きが有るようなんだ。もしかすると、ベニスの軍から討伐隊が出るかもしれない。」

軍か。正直、迷宮は地形的に大軍を投入するのに適した場所とは言い難い。それに、迷宮での魔物討伐に関しては普通の兵士は素人だろう。だが、この都市に限って言えば、都市が管理している迷宮であるあの『官製古代人の魔窟』が有る。しかも、ベニスの兵士は迷宮で鍛えた精鋭と聞くので、迷宮における経験も相応に積んでいると考えられるな。となれば、ハグレ討伐の期待値はかなり高いだろう。


「そうか。分かった。じゃあ、色々と考える事が出来たから俺は行く。色々教えてくれて ありがとう。」

暫くはケンに回ったほうが良さそうだな。場合によっては『神々の遊技場』など他の迷宮に潜ってみるのも良いだろう。今は危険度の高まったあの迷宮にあまり固執するのは良くない。慎重に立ち回らねば、あっという間に命を落としかねない。


「カトゥー君は討伐に参加する気はないのかい?」

すると、立ち去ろうとした俺に、おっさんが思わぬ一声を掛けて来た。


「冗談だろう。俺は 普通の狩人だ。しかも、一度しか迷宮に潜ったことが無い 殆どド素人で、最低辺の10級だ。」


「ははは。僕から見たら君も充分普通じゃないんだけどね。君が何時もウチのカウンターで換金している魔石。どう見ても10級の低ランクが狩って来られるような質と大きさじゃない。君の事、職員達の間でちょっとした噂になっているよ。」


何だと?

俺は警戒感から、我知らず目を細めた。ファン・ギザの町での苦すぎる思い出が脳裏に蘇る。あの時は、狩人の教育実習を延長しまくって悪目立ちしてしまった。此のギルドだけで魔石を換金したのは失敗だったか。・・・いや、人の噂に戸は立てられぬ。コソコソしてても何れはバレる事か。もしそれが原因でおかしなのに絡まれたら、大手を振って逆にカツアゲして所持品を奪い取ることが出来る良い機会とでも考えておこう。


「だ、大丈夫。僕は余計な事を言い触らしたりしてないからね。」

するとおっさんは急に額から汗を垂れ流し、キョドりまくりながら俺に言い訳を始めた。別におっさんに対して思う所は無い。そんなにビビらなくても良いのに。


「あの魔石は俺の手柄じゃない。死んでしまった仲間達が、最後に俺に残してくれたものだ。」

俺は最後におっさんに告げると、カウンターに背を向けて足早に狩人ギルドの建物を後にした。



狩人ギルドでハグレ討伐隊の話を聞いた翌日。俺は久しぶりに迷宮『古代人の魔窟』へと足を運んだ。安全になるまで暫く此の迷宮から遠ざかろうと考えていたのだが、其の前に一つやっておきたい事があったのだ。


その目的は先日、スエンと共に日本語で注釈を入れまくった地図の具合を、記憶が鮮明なうちに確かめる事だ。やはり一度実地で確認しないとな。そういえば、初めて地図を見たときはその枚数が足りないと思っていたのだが、その理由がスエンに確認して貰って初めて分かった。どうやら狭い階層はいくつか1枚の紙に2階層分の地図が書き込まれていたようだ。


迷宮都市ベニスの東門を出て暫く歩くと、迷宮のゲートが見えてきた。俺はぐるりと周りの様子を眺めて見る。すると、以前は滅茶苦茶賑わっていた露店の数は半減し、ゲートの付近も人が少なく閑散としている。ふむ。どうやら着々とハグレの影響が出て来ているようだな。


今回は1日だけの探索のつもりだが、念のため数日分の食料と飲料水を詰め込んだ背負い籠を担いでいる。更には新たな相棒である槍もしっかり籠に固定してある。俺は迷宮のゲートで手続きを済ませて、そのまま真っ直ぐ迷宮の入口へ向かった。過労死寸前な日本のエコノミックアニマル並に疲れ果て、動物園のナマケモノ並に動きがニブかった以前の俺とは違い、今の俺は腹は膨れ、気力体力共に漲っている。例えハグレに遭遇しても、山で鍛え上げた隠形の技術でどうにかやり過ごす自信もある。


そして遂に、俺は再び迷宮の入り口の前に立った。其処には以前のような長蛇の列は無い。一応それっぽい連中が何人か周りに居るが、中に入ろうとしているのは俺独りだ。



そして、いざ迷宮の階段に足を踏み入れようとしたその時、異変は起きた。


俺の意思に反して、地面に根を下ろしたように足が前に進まないのだ。


ドクン ドクンッ 


心臓がありえないくらい脈打ち、全身から滝のように汗が噴き出す。呼吸がままならず、息が苦しい。全身がガクガクと面白い様に震える。

おい。・・おい。なんだよこれ。


そして、一歩も進めぬまま、俺はその場で胃の内容物をぶちまけた。


まさか・・まさか此れってPTSDって奴なのか。

嘘だろ。俺ってそんな繊細なタイプの奴じゃないと思ってたのに。


・・・嘘だろ。どうしよう。





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