第83話
「ギアアアッ!」
蜥蜴リーダーの蛮刀に切り裂かれた魔物の断末魔が耳孔に響く。
ここ数日でこの光景もすっかり馴染みになってしまったな。
此処はこの世界で著名な迷宮の一つ≪古代人の魔窟≫の地下15階層。俺達は迷宮内での仕事を終え、暗くて辛気臭い地下通路から麗しき地上へと帰還の途上である。ああ、早く地上へ帰りたい。美味い飯が食いたい。まともな寝具で眠りたい。そして日光が恋しい。今なら俺は皮膚で光合成すら出来そうな気がするぜ。とはいえ、帰りの道中で出会った魔物共は勿論きっちり逃さず斬る&KILLである。
リザードマンズの戦闘技術については既に粗方見物させてもらったので、普通の魔物狩りでは正直もう余り見るべきものは無い。と言う訳で戦闘中、暇を持て余した非戦闘要員の俺は、懐かしき祖国の応援団風にキレキレのパフォーマンスで応援に精を出していた。すると、ポルコや3号もノリノリで仲間に加わってきた。おい3号。お前はちゃんと後方を警戒しろ。
「今回は物凄い大漁ですね。一度の迷宮探索でこんなに沢山の魔物を討伐したのは初めてですよ。」
俺達の魂のエールの甲斐もあって、難なく仕留めた魔物達の魔石を回収する蜥蜴4号を横目に、ポルコが俺に話しかけてきた。
「そうだな。今回は まあまあ稼げたんじゃないか。」
正直今更な気はするが、今回が迷宮初体験なんてちょっと言い出し辛い。なので適当にフカしを入れつつ話を合わせておく。
と、ポルコが急に俺に顔を近づけてきた。うおっ近えよ。俺にそのケはねえぞ。
「でもカトゥーさん。実は僕、少し気になっていることがあるんです。」
ポルコが小声で俺の耳元に囁いてきた。俺は一瞬貞操の危機を感じたが、ポルコの表情を見て居住いを正した。俺を見るその顔は不安に揺れていたのだ。急にどうしたポルコ。
「僕たちが迷宮の中層に入ってから結構経っていますよね。なのにこの階層に来てから、僕が皆さんを部屋で待っている間も・・・実は一度も僕等以外の人の姿を見ていないんです。カトゥーさんはどうですか?」
「それは、確かにそうだな。俺も 見ていない。」
言われてみれば。此処まで順調に魔物を狩りまくっていたので大して気にも留めていなかったが、考えてみれば確かにおかしい。此の迷宮の内部構造は広大だ。そしてその中層ともなれば、潜っている数多くの迷宮探索者達の居場所はかなり分散する上、相応の腕前が無ければこの場所で活動するのは難しい。俺達が最初に踏破してきた浅層ほど頻繁に人と会わないってのは頷ける話だ。だが、逆に言えばこの場所は迷宮の最奥から見れば所詮半ば程度の階層である。幾ら頻度が落ちるとは言っても、流石に此処数日他の迷宮探索者の姿を一度も見掛けないってのは・・。
上層や地上で何事か起きたのだろうか。
ポルコの指摘を受けて気にはなるが、何れにせよこんな辛気臭い穴倉の奥じゃ情報収取も儘ならない。浅層迄戻るか、あるいは地上に出なければ何も分からないだろう。
「俺も 気にはなる。が、現状では 何も分からん。上に行けば 他の探索者も居るだろうし、見掛けたら そいつに訊ねてみると良いかも 知れないな。」
「そうですね。僕、ちょっとだけ怖くて。早く地上に戻りたいです。」
どうやらポルコが殊更明るく振る舞っていたのは不安を紛らわせる為だった様だ。
とはいえ、無理に進むペースを速めるのは却って危険でもあるし、そもそも歩くペースの配分はリザードマンズが行っているので俺達の一存ではどうにもならん。
だが、一応蜥蜴リーダーには此の事を報告しておいた。ポルコはまだちょっとだけ寡黙なリーダーと巨漢の2号を怖がっており、言い出し辛かったようだ。俺はどこぞの小説や漫画の登場人物のように、思わせぶりに必要な情報を隠匿するようなことはしない。気になる情報はきっちりリーダーに報告して情報共有するようにしている。こんな危険な場所では情報伝達の不備がそのまま死に直結する可能性があるからな。・・などと偉そうに述べたものの、もしその場で情報公開が俺の不利益になると判断すれば、余裕で情報を隠匿するだろう。高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応ってヤツだ。
他の迷宮探索者達の姿を見掛けない原因はリーダーにも心当たりが無いようだ。実のところ、リザードマンズが迷宮都市ベニスにやって来て、更に此の迷宮に潜るようになってからまだ半年くらいしか経過していないのだそうだ。なので、ベニス周辺の迷宮探索の経験に限れば、ポルコの方がリザードマンズより上なのかもしれない。ポルコに心当たりが無いのであれば、蜥蜴リーダーに見当が付かないのも致し方ないだろう。尤も、ポルコは只の荷物持ちなので、実質的な探索の経験はリザードマンズの面々の方が積み上げているのかもしれんが。
其の事はひとまず棚上げにして、俺達はそのまま地上に向かうことにした。そして体感1時間程経過しただろうか。俺は異変に気付いた。周囲から魔物の気配が消えたのだ。今迄は1時間も歩けば少なくとも数回は魔物と会敵していた。また、直接出くわさない場合でも、周囲に魔物の気配や残り香は常に感じていたのだが。
正直、嫌な予感がビンビンする。この手の予感て奴を俺はあまり信用してはいないが、一応蜥蜴リーダーに注意喚起しておいた方が良いだろう。そう思い、俺は前を歩く蜥蜴リーダーに声を掛けようとした。
その時、俺の五感が前方から高速で迫る気配を捕らえた。
ヒタヒタヒタヒタヒタヒタ
何だ?今までに聞いたことの無いような足音だ。音の数が多い割には規則的だし、一見軽いようだが妙に響く。複数・・では無く単体か。
「前から 何か来てるぞ。恐らくは単体。音と振動から推測すると、もしかしたら大物 かもしれない。」
俺は念のため前を歩くリーダーと2号に改めて声を掛けた。だが流石に今回は4号も気配を察知していたのか、合図とともにリザードマンズは速やかに戦闘態勢を取った。俺達の前方はT字路になっていて、気配は左側から迫ってくる。さて、どんな魑魅魍魎が飛び出してくることやら。
そして身構える俺達の前にヌルリと現れたその巨体の様相は、俺の想像を遥かに超えていた。
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