第79話

安全地帯である小部屋から出た俺達は、そのまま更に迷宮の奥へと歩を進めた。すると、前方の通路の壁に半月型にくり抜かれた横穴があるのが見えてきた。先頭の蜥蜴4号は横穴の前で歩みを止めた。その横穴は高さ2.5m、幅3mくらいだろうか。横穴の入口を良く観察すると、風化してボロボロになっているものの、其処にはかつて扉のような物があった痕跡が見受けられる。一旦立ち止まったリザードマンズだが、そのまま横穴に入って慎重に先へと進んでいく。俺達ポーター組もその後に続いた。


横穴を10m程進んだだろうか。通常より狭い通路を抜けると、其処には天井の高い巨大な空間が広がっていた。その広さはおおよそ地球に居た時の学校の体育館を半分にしたくらいだろうか。


「此処は・・。」

今迄に無い広い空間に思わず声が出た。


「此処は浅層の階層守護者の部屋のようですね。今は討伐されて空き家になっているようですが。」

ポルコが周りを見回しながら俺の疑問に答えた。


「階層守護者?」

迷宮都市で集めた情報には無かった単語である。

ポルコに問い質してみたところによれば、浅層から中層に至るこの10階層と、中層から深層に至る20階層の全ての階段の前にはこのような空間が広がっており、その空間には階層守護者と呼ばれている強力な魔物が陣取っているらしい。


「ふ~ん。まるでゲームだな。」


「げぇむ・・ですか?」


「ああ。俺の故郷の言葉で まるで遊技みたいって意味だ。」


「成る程、そうですね。この迷宮は古代人達が神々の遊技場を模して造られたと言われています。もしかしたら、古代文明では実際に遊技場として使われたのかもしれませんね。」


言われてみれば、このボス部屋みたいな空間といい、無限に湧く魔物といい、地下の割には見通しの良い通路でいかにもって感じの迷路といい、この迷宮にはゲーム的な要素が随所に見受けられるな。宝箱とかアイテムは落ちてねえけど。もしかしたら、この場所は古代文明では巨大なアミューズメント施設的な使われ方をしていたのだろうか。にしては少々危険過ぎる気はするがな。


階層守護者からは売値の高い魔石を採取出来る為、迷宮探索者達からは見つけられ次第、積極的に狩られることが多い。その為、返り討ちにされない実力さえあれば、陣取って居るところに遭遇したら寧ろ幸運なのだそうだ。ちなみに主が狩られたこの部屋には、丸一日くらい放置すると再び新たな階層守護者が現れるらしい。その様な所も地球のゲームっぽいが、流石に何も無い処からいきなり湧いて出るってワケではないようだ。新たな階層守護者は何処かの迷宮の奥深くから歩いてやってくるらしい。移動中の階層守護者は、他の気配を避けて移動する傾向があるので頻度は少ないようだが、偶に迷宮探索者達と遭遇することもあるそうだ。


誰も居ない巨大な空間をそのまま通り過ぎた俺達は、その先の1本道の通路の先で下に降りる古ぼけた階段へ到着した。リザードマンズは躊躇すること無くその階段を下りてゆく。俺達ポーター組と殿の蜥蜴3号も後に続いた。


そして、俺達は11層目に降り立った。幸い、階段を下りてくる俺達への魔物の襲撃は無かった。周りを見回すと、11層の通路は浅層より薄暗いように見える。あと、浅層よりひんやりして温度が低くなったような気がする。通常、地下深くに行けば地熱によって温度は上がるはずなんだが。だが改めて考えてみれば、この迷宮の通路の高さは5mくらい、降りる階段の長さから鑑みて床の厚みもそのくらいはありそうなので、俺達は地上から少なくとも100m以上の地下に居るハズだ。ううむ、逆にその程度の深さなら体感の温度変化は誤差程度のもんなんだろうか。


ちなみに此処に来るまで魔物とは何度も遭遇したものの、迷宮の罠とはまだ一度も遭遇していない。理由をポルコに聞いてみると、この迷宮の罠は殆どが解除されるか壊されるか、或いは風化して今は殆ど機能していないそうだ。僅かに機能している罠についても、既に場所が周知されているので誰も掛かることは無いらしい。現在この迷宮の罠で一番気を付けなければならないのは、同業者が嫌がらせで設置した罠なのだそうだ。因みにこんなこと一々聞いてたらポルコに俺がド新人だとバレそうだが、正直もうどうでも良くなりつつある。



くんっ


暫く通路を進んでいると、俺の索敵に何かが引っ掛かった。臭いだ。なんとなく獣臭せえ。此処の消える魔物達は、多分疑似生命の癖にちゃんと臭いまである。古代人達の熱い拘りを感じるぜ。其れにしても、蜥蜴4号は後方で歩く俺に索敵で後れを取ってどうする。爬虫類らしくピット器官とか装備してないんだろうか。蛇じゃないけど。俺は蜥蜴4号の評価をちょっと下方修正した。


などと考えていると、蜥蜴4号が漸く気配に気づいたのか、後ろの俺達に合図を送ってきた。そして陣形を整えた俺達が待ち構えていると、ヒタヒタヒタヒタと薄暗い前方から複数の足音が近づいて来る。ううむ、中層での初戦闘。緊張するぜ。・・俺が戦う訳じゃないんだけど。


そして俺達の前方に姿を現したのは、あの熊猿ことブア・ルギであった。


熊猿は俺がファン・ギザの町でゾルゲのジジイに激しくパワハラ虐待を受けていた頃に、チョークスリーパーでぶっ殺した魔物である。あの時はマジで死ぬかと思った。でもトラウマとかにはなっていない。何故なら俺が勝利したからだ。

あの時は素手で辛くも仕留めた俺だが、例え武器を持っていたとしても苦戦は免れなかったであろう。何故なら、あの頃の俺はまだ武器の扱いに習熟していなかったからだ。


剣や刀のような刃渡りの長い刃物の扱いというのは素人には存外難しい。刃筋を立てないと思うように斬れないし、刺突や斬撃が有効な間合いというのが思った以上に狭いからだ。特にこの世界の魔物や野生動物は、人間と違って皮膚が分厚くて固い。上手く刃を当てないと簡単に弾かれるか滑らされてしまう。ならばそのまま剣を金属棒に見立ててぶん殴るという手もあるが、被弾覚悟で一度懐に潜られてしまえば、もう有効な打突すら望めない。そういう意味では素人が扱うには特殊警棒のような取り回しの良い短い殴打武器や、近い間合いでも刺突ができるナイフのような武器が良いのだが、如何せんそんな武器が有効な間合いで魔物や大型の野生動物と揉み合ったら、まともな人間なら鋭い牙でかぶり付かれたり爪で引き裂かれて終わりである。


ならどんな武器が良いんだよと問われると、パワーさえあれば蜥蜴リーダーが持つような鉈系の武器は中々具合が良さそうだ。例え素人で技巧が拙くても、膂力と武器の質量に物を言わせて適当にぶん回せば充分に魔物をぶった斬れそうだし。


俺達の前方に見える熊猿は4匹。

此方は蜥蜴2号と一歩後ろに並んで蜥蜴リーダー。2号の背後で4号が相手の隙を伺い、俺達の背後では3号が後方を警戒しながら何時でも飛び出せるように身構える。

熊猿達も既に戦闘モードで、威嚇しながらジリジリと間合いを詰めてきている。


俺は前方の殺意漲る空間を注視しながらほくそ笑んだ。

こいつは中層に降りて幸先よく面白い比較サンプルが現れたな。

浅層ではロクな相手に出くわさなかったが、ここに来て漸くリザードマンズのお手並みが拝見できそうだ。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る