(閑話4-13)

耳鳴りがするような雄叫びと言う名の騒音と共に、両軍が激突した。

先頭で直接敵を迎え撃ったのは幸薄い戦奴達と、意外な事に俺達正規軍の先陣だ。傭兵達は抜け目なく走る足を緩めて死亡率が高そうな最初の衝突を回避している。そして、それは俺達3人も同様だ。


双方戦意が旺盛すぎるせいか、最前線はあっという間に両軍入り乱れる乱戦となった。陣形も何もあったもんじゃない。同士討ちの危険も高そうだ。こりゃ、後方の指揮所の連中は頭を抱えて居そうだな。


そして、俺達の方へも敵兵たちが向かってくるのが見えた。

俺は左右に素早く視線を走らせ、敵味方の位置取りを頭に叩き込む。

敵兵は蛮声を上げながら俺に斬りかかってきた。乱戦では取り回しの悪い長槍を捨て、剣で斬りかかってくる敵が多い。

対する俺は、間合いの遠いラキールで矢継ぎ早に突きを繰り出す。更に踏み込んで斬りかかろうとする別の敵兵の手元を撫でるように切りつけ、機先を制して攻撃を捌く。


前の持ち主と違い、念入りに手入れされた俺閃のラキールは、敵の手に当てればいとも容易く其の指を落とす事が出来る。更に、その柄の長さは2mを優に超える。守りを重視すれば、敵兵が剣撃の届く間合いに入るのは難しい。

攻防の間にも俺はさりげなく動いて、味方の兵を巻き込むように位置を変える。


「おらぁ!」


ズゴンッ


死角から近づいた山下の鉄棒を頭部に叩き込まれて、俺と斬り結んでいた敵兵が地面に叩き付けられた。あの勢いでは頭蓋が砕けているかも知れない。


乱戦で重要なのは立ち回りだ。

俺はこの戦闘で個の武勇を誇示する気は全く無い。今迄も戦いの際、俺達は3人でフォーメーションを組んで、常に数的優位を作ることを意識して敵と相対してきた。サッカーのドリブルで突っ込んできたり、パスを受けた相手を囲む要領だ。そして、常に視野を広く持ち、フィールド上の敵味方の位置取りとスペースを意識する。かつてのサッカーの経験がこんな異界の戦場で生きるとは。

勿論敵もさるもの、上手くいかない場合もある。その場合は無理せず下がるか、周りの味方に敵兵を押し付けていく。但し、出来るだけさり気なく、上手く押し付けないと味方にキレられて怒鳴られたりする。


そんな具合に何度か敵兵と斬り合い、7人程斬り倒した頃。

俺は焦りを感じていた。今迄経験してきた小競り合いと違い、今回の俺には戦場全体を見渡すことは出来ない。だが、どうやら味方が押されているように感じたからだ。何故なら、敵側から聞こえてくる喚声が随分と大きい。それに、応戦する味方に対して、俺達に斬り込んで来る敵兵の人数と圧が徐々に大きくなってきている。3人で連携を取ってはいるものの、数の優位が取りずらい。

・・・此のままではマズいな。逆に幸いなのは、まだラーファさんのような化け物じみた力を持った連中とは接敵していない事か。


現在俺達が所属しているラテール王国には、実に3000人からの騎士が存在するが、騎士の試練を最後まで耐え抜いた者は実は100人にも満たない。此れでは騎士の名が形骸化してると言われているのも致し方ないだろう。そして、騎士の力を持つ者たちはまさに精鋭中の精鋭と言って良い。とは言っても、俺達のようにまだ一般人と殆ど変わらない人間からラーファさんのような怪物まで随分個人差が激しいけれど。


そして不運にも騎士の力を持った連中と接敵した場合、それに対処する方法は一応幾つかある。例えばその一つは、日本で警察が野生の獣を捕らえる時のように、投げ網で動きを封じたところを取り囲んで殴りまくることだ。正直、集団リンチみたいで見た目は大変よろしく無いが、一般兵との戦闘能力の差を考えると致し方ないだろう。他には下半身を落とし穴に落としたり、毒矢で動きを止めたり。とにかく動きを止めたところを大人数で囲むのが基本だ。それでもラーファさんクラスの怪物相手ではどれ程効果があるか怪しいものだ。


かつてのこの世界の戦争は、まず超人的な力を持つ騎士達が先頭で突っ込んで一般兵をなぎ倒す戦法が良く取られたそうだが、やられる方も馬鹿じゃない。その内、深い落とし穴に落とされたり、魔法の罠で火だるまにされたり、ヒドい時は戦奴に取り付かれて諸共地球の針鼠のようにされたり。様々な対策を打たれて貴重な騎士たちが大勢討ち取られることにより、今は騎士の力を持つ者達は、先頭で突っ込むより各部隊の頭で指揮を執ることが多くなった。勿論ここぞという時には彼らは前に出てくるのだが。


何れにせよ、今そんな連中に前に出て来られて、押され気味な前線が崩壊したら非常に不味い。勿論俺達の身も危うい。味方の指揮所や騎士達はどう対処するつもりだ。

そんな警戒をしつつ、敵の圧力に押されたと見せかけて少し前線から下がろうか、などと敵兵と小突き合いながら考えていると、俺は戦場の異変に気付いた。

俺達の居る位置は恐らく前線の真ん中あたりだが、遠目に見える森に近い敵の左翼の軍勢が何やら混乱しているようだ。


もしかしたら味方の伏兵かな。

そんな風に考えていたのだが次の瞬間、



俺はあまりの驚愕に声を失った。


遠目でも分かるとんでもない巨体の影が、いきなり森の中からヌッと現れたのだ。

それまで何の気配も無かったのに、ソイツはいきなり現れた。その見た目はまるで真っ黒な超巨大な蜘蛛みたいな形をしていた。全長は・・20mはあるんじゃないか。


幾らなんでもデカすぎる。何だアレは。一体何なんだ。・・怪獣?冗談だろ。


そんな突然の悪夢のような事態により、敵の左翼は大混乱に陥っているようだ。

俺達は思わず戦闘を中断して呆然とその様子を眺めていると、背後の森の奥が動いたような気がした。


続いて、森が黒く爆発した。俺にはそのように見えた。

その直後、森から流れ出した大量の黒い染みが、俺達の右翼と敵の左翼の軍勢に襲い掛かってきた。



戦場は全く予期せぬ事態と相次ぐ混乱により、一気に沸騰し始めた。





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