(閑話4-8)

「・・・・・。」

騎士・・か。


騎士とはいっても別にこの人がKnightだのChevalierだの言ってる訳ではない。

カール・ダカ・シーカ。直訳すると、偉大とか超越したとか物凄いとかそんな意味合いの形容詞が兵士の前にくっついた固有名詞だ。地球で言う所の騎士と呼ぶのが意味合いとして妥当な感じなので、俺が勝手にそう意訳している。


この世界の騎士の事を、俺は何も知らない訳ではない。砦に居た時、よくその話を周りの兵士達から聞かされたのだ。

その資格を得た者はヒトではなく騎士となり、人間を超越した力を得て、戦場では英雄と称えられる。と、ダズさんがキラキラした目で語っていた。

その名は今では形骸化されつつあるものの、真の意味での騎士になることは全ての兵士たちの憧れであり、皆が何時の日かそのときが来るのを夢見ている。だが、同時にそこに至るまでの恐ろしい試練とリスクもまた、公然の秘密となっている・・・。


「何年も軍に居たのなら、君も騎士について知らない訳じゃないだろう。どうだ?騎士の試練に挑戦してみる気はないかね。悪い話ではないと思うが。」


「・・・何故、私にそんな話を?」


「勘違いしないでくれたまえ。何も君だけが特別ってワケじゃない。見込みのありそうな兵士には大概声が掛かるものと考えてもらえばいい。」


「ですが、私は元々この国の出自でもない難民です。兵士になること自体、異例な事と聞き及んでいます。そのようなお誘いは少々、身に余ることかと。」


「謙遜することは無い。優秀な騎士が増えることは我が国にとっては喜ばしい事だ。」

まあその見極めの為に3年半の間、俺達に監視を付けていたのかも知れないけど。

俺が監視に気付いていることも、この人は当然分かっているだろう。


「それに、正直に申し上げて、試練のことを考えるとあまり気乗りがしません。」

俺は怖気づいた風を装い、誘いを断る方向で心情を打ち明けてみた。

彼女の不興を買わないか少しドキドキする。


確かに俺自身や仲間の身を守る為には、強くなることに越したことはない。

だがしかし、話に聞いた騎士になるための試練。そのリスクを考慮すると、正直俺にとって彼女の誘いは左程興味をそそられるものでは無い。


今の俺達の実力があれば、不埒な連中や盗賊などを撃退するには十分と思われた。

俺は最強だの無双だの、そんな幼子が見るような妄想に耽溺するような歳じゃない。

戦う実力をそれなりに身に付けた今の俺達に必要なものは、この見知らぬ世界で生きる為の真っ当な生活設計と、いつか日本に帰る為の情報を集める手管だ。


「成る程、君が見聞きしたその知識は随分と古いままで止まっているらしいな。」


「といいますと?」


「今、騎士の試練で命を落とすものは殆どおらんよ。勿論、成し遂げるのは容易な事ではないし、途轍もない苦痛を伴うもので間違いはないのだが。」

俺が聞いた話では、無数の挑戦者たちが苦悶のうちにこの世を去ったとの事だが。

確かにそのような事で、優秀な兵にバタバタ死なれては軍としてはたまったものではないのだろうけど。


「騎士の試練を突破する為には、並外れた体力や精神力だけでなく、生まれ持った素質が必要な事は君も知っているかい。」

その事は以前に聞いたことはある。俺は頷いた。


「嘗て、騎士の試練で死亡者が続出したケースの殆どは、素質が無いにもかかわらず無理をして試練を継続したり、或いは強要された場合だ。

しかし今は、素質が無いと判断された者には、本人が望んでも強制的に試練は中断させる決まりとなっている。それに、苦痛に耐えられない場合は、本人の申告で途中で試練を辞退することも可能だ。なので、近年では死者が出るケースはむしろ稀だ。」


無骨な兵士達の騎士への憧れ具合から見て、それはありえそうな話ではある。素質がないのに文字通り死ぬまで頑張ってしまったり、或いは武門の出の子息たちが試練を強要されたりとか。

彼女は近年の死者は稀と言うが、それでも無い訳では無いんだな。

日本人的にはどうしてもリスクの側に注目してしまう。


「危険性の軽減については理解しました。ですが、私のような者を誘って頂いた理由については、正直まだ納得しかねる所はあります。」


随分と偉そうな話しぶりだな、と自分でも思う。

だが、たかだが下っ端の一兵士である俺を呼び戻してこのような誘いをするのがそもそもおかしな話である。彼女の立場であれば、一言命令してそれを強要することも出来るはずだ。

ただ、今まで聞き及んだ内容から推測するに、強要されて騎士の試練を受けた場合の成功率はかなり低そうだ。それに、俺達日本人は身分や階級差に対する馴染みが薄い。部活の先輩後輩や教師生徒といった上下関係はあったけれども、俺は本質的には彼女に身柄を支配されているとは思ってはいない。精々上司部下の関係といったところだ。

彼女が強引に何かを命令してこないのは、俺のそんな心根が見抜かれているからなのかもしれない。


尤も、通常であれば寧ろ此方の方から頼み込んで試練を受けさせてもらう側なんだろうけど。試練を切望する優秀な兵士は俺じゃなくても幾らでも居るはずだ。彼女は大概声が掛かると言ってはいたが、砦ではそんな話は聞いたことが無い。何故俺に声を掛けたのだろうか。最近武功を上げていたから?だが、その辺りの手柄は出来る限り同期の兵士やダズさん達に押し付けていたのだが。


「正直に打ち明けてしまうと、軍の中の私の立場は少々微妙でね。実力では飛び抜けていると自負しているし、相応に兵士や騎士たちの支持は得ているつもりなのだが、何分若輩なので侮られることも多い。なので、いずれ私の力になってくれそうな若くて優秀な兵士には、出来る限り目を掛けておきたいのだよ。それに、君たちはまだ誰の手垢も付いてないようだしね。」


・・・マズいな。

彼女が何処まで本音を打ち明けているのかは分からないが、俺はこの国の軍の派閥だの覇権争いだのに興味は無いし、巻き込まれるのも真っ平御免だ。それどころか、2年間もこの国の為に戦って、もう十分恩返しは果たしたと思うので、頃合いを見てどうにかして軍から離れようかと考えていた所だ。

此のまま彼女の手駒になって都合良く使い倒されるのも、余計なしがらみで絡み取られるのもどちらも御免被りたい。


「それに、此の誘いは君の為を思っての事でもある。」

俺があまり気の無いことを察したのか、彼女の目が細められ、雰囲気が変わった。


「君は此のままで仲間の事を守れると、本気で思っているのかね?」


「・・・どういう意味ですか。」

不穏な言葉に、思わず目と身体に力が籠る。


だが、次の瞬間。室内の空気が一変した。

彼女の目から、身体から、恐ろしい気配が叩き付けられてきた。


「んぐうっ。」

思わず呻いた。

こんなことが、ありうるのか。

俺は歯を食い縛った。殆ど明確な物理現象として、俺の身体や目に圧が叩き付けられる。うなじの毛が逆立ち、肌がビリビリ震える。身体の芯から恐怖で震えそうになる。この人は、本当に人間なのか?


俺は国境の砦で彼女が戦う姿を遠目に見たことがある。

砦を視察に来ていた彼女が、その時偶然全攻めてきた敵軍を迎え撃ったのだ。

女性にも拘らず、巨大な両手剣をまるで細枝のように片手で振り回し、敵の身体を鎧ごと両断する姿は、まるで寓話に登場する悪鬼のように見えた。とても同じ人間の膂力や強さとは思えなかった。

その後、彼女が王都に帰ってから3か月余りの間、隣国の侵攻は鳴りを潜めた。


「ふむ、いいね。やはり君には見込みがある。」

暫く耐えていると、まるで幻だったかのように彼女からの圧が消えた。同時に俺の背後で、二人の仲間が崩れ落ちる気配がした。


「はぁはぁはぁ。」

「ぐううぅ。」


「二人とも、大丈夫か?」

俺は荒い息を付き、冷や汗を垂れ流しながら、仲間に声を掛けた。背後を振り向いて確認する余裕は無い。今のやり取りで思い知らされた。彼女がその気になれば、俺達は瞬き一つの間に皆殺しにされるだろう。


俺達は身を守るのに十分な力を得たと思っていたのだが、其れは甘い考えだったのだろうか。俺が未だに生きて居られるのは、ただ運よく戦場で強者に出会っていなかったお陰なのだろうか。

この世界には、目の前のラーファさんのような騎士だけでなく、魔法を使う連中も居ると聞く。戦場では未だに戦ったことは無い。初めて聞いた時にはファンタジーぽくて興奮したものだが、敵として遭遇した場合は笑い事では済まないのかもしれない。


生き残る為、仲間を守る為、俺はこの誘いを受けるべきなのだろうか。

正直分からない。今の衝撃で心が乱れて、考えが纏まらない。


「どうかね。私の誘いを受ける気になったかな。」

元の静かな様子に戻ったラーファさんは、改めて俺に問いかけてきた。


「・・・少し、考える時間を頂けませんか。」

俺はどうにか声を絞り出した。




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