(閑話4-2)

「あれ?」


俺が目を覚ました時、其処は懐かしい学校の教室だった。いつの間にか机に突っ伏して寝てしまっていたらしい。昨夜はサッカーの動画を見て夜更かししすぎたか。


ん・・懐かしい?何時もの教室なのに、何故そんな風に感じたんだろう。

顔を上げると、俺の目の前では伊集院達がニヤニヤしながら他の男子と何やらライブの自慢話をしている。そういえば以前、他のクラスの女子達と一緒に大阪のライブハウスに行ったっけな。


右の方に顔を向けると、新垣姉妹と香取が何やら楽しそうに談笑している。彼女らってあんなに仲良かったっけ。

その手前では、奥村が一心不乱にスマホでゲームをしている。先生に怒られるぞ。注意してやらないと。・・・あれ?奥村と何時も一緒に居る岡田の姿が見えないな。


黒板の前の教卓では、吉田先生が女子の誰かと何やら話し込んでいる。進路の相談でも受けたんだろうか。先生と話しているあの後ろ姿は山田だろうか。

副担任の吉岡先生が珍しく教室に居た。先生は教室の隅で椅子に座って、静かに本を広げている。


何だろう。その光景を見た俺は、何故かとても胸が締め付けられる。そして、フワフワして落ち着かない気分だ。何故かは分からない。だが、そう。何かが足りない。何かが足りなくて、思い出せなくて、妙に落ち着かないのだ。


「なあ、伊集院。俺達って何か大切な物を忘れてないか?」

俺は思わず伊集院の顔を見上げて問いかけた。


だが、伊集院は俺を無視して喋り続けている。


「おい、伊集院。話を聞けよ。」

俺は伊集院の腕を掴んで揺さぶった。だが、まるで何事も起きていないかのように伊集院は俺の方を振り向くことさえしない。


「伊集院!」

無視されて腹が立った俺は、大声で叫んだ。だが、伊集院はおろか、教室の誰一人俺の声に反応すらしなかった。伊集院は相変わらず自慢話をし続けている。その内容は不明瞭で、何を言っているのか今はよく聞き取れない。

俺がこんな大声を出してるのに、何で誰も反応しないんだろう。懐かしい風景なのに妙な違和感がある。


・・・でも、まあいいか。多少違和感はあるけど、この教室の居心地は悪くない。懐かしくて、明るくて、暖かくて。皆の話し声が耳に心地良い。ずっと此処で微睡んでいても良いような気がする。何だかとても眠たいし。

俺は再び机に突っ伏した。此のままもうひと眠りしてしまおうか。先生に怒られてしまうかな。でも、まあいいか。



そういえば、教室の中は何だか人が足りないな。同じサッカー部員の山下やオタクの岡田、妙な存在感のある来栖も居ない。ああ、今日は何故だか妙に眠たいな。


ふと、誰かに呼ばれたような気がした。

俺は机に突っ伏したまま、顔を横に向けた。


其処には綾瀬が立っていた。立ったまま、俺の事をジッと見つめていた。そして、俺と彼女の目が合った。彼女は何だか悲しそうな、寂しそうな目をしていた。

俺と目が合うと、彼女は無言で俺に手を差し出してきた。俺に手を取れと言うのだろうか。でも、何だか面倒くさいな。動くのが妙に億劫だ。


だが、俺は彼女の手に腕を伸ばした。あの手を取れば何だか楽になるような気がしたからだ。彼女が小さく微笑んだような気がした。


その時だった。


俺の手が無意識のうちに止まった。

俺の目に二つの灯が見えたのだ。それは、彼女の瞳に映り込んでいた。


知っている。そうだ。俺はこの灯を知っている!


俺は机に手を付いて上半身を起こすと、慌てて後ろを振り向いた。

其処には巨大な炎が二つ。俺の目の前で燃え盛っていた。その眩しさが、その耀きが、俺の微睡みを吹き飛ばした。


そうだ。思い出した。思い出したよ加藤。お前のギラギラしたその炎のような目の耀きを。俺が居たのは教室なんかじゃない。何処とも知れない異郷だ。深い森の中だ。俺達は新しい居場所を求めて旅をに出たんだ。生き延びるために歩いていたんだ。俺は。俺達は。


気が付くと、いつの間にか教室が目の前から消えていた。綾瀬も、俺の前から姿を消していた。ついさっきまで此処に居たクラスメイト達は何処へ行ってしまったんだろう。


教室は消えてしまったが、俺の前にボンヤリと光が見えた。

その光が遠くなのか近くなのか良く分からない。距離感が掴めない。

だが、俺は無意識にその光に手を伸ばした。光は近いようで、とても遠いように感じられた。其れを掴むのは、とても困難に思われた。でも、俺は手を伸ばさずには居られなかった。例え、どんなに遠くても、どんなに苦しくても。何処までも、何処までも。真っ直ぐに。


そして


俺は瞼を上げて薄く目を開いた。瞼が異様に重い。身体が怠くて力が入らない。

皆は、俺のクラスメイトはどうなったんだ。視界が霞んで良く見えない。皆は無事なのか?無事なら誰か返事をしてくれ。くそっ、返事が欲しいのに声が出ない。


すると、俺の口に何かが突っ込まれた。そして、口の中に何らかの液体が流し込まれる。何だこれは。苦くて不味い。うう、吐き出したいのに抵抗できない。

口腔に液体を流し込まれて息が苦しくなった俺は、液体を飲み込むことでどうにか気道を確保する。暫くすると、身体の中が熱くなってきた。同時に猛烈な睡魔が襲ってきて、俺はあっという間に意識を喪失した。



もう夢は見なかった。

次に目を開けた時、俺の視界に飛び込んできたのは木組みの天井だった。

此処は何処だ?消防か山岳救助隊にでも助けられて、どこかの病院に搬送されたのだろうか。いや、そんな事より皆は無事なのか。

俺は気力を振り絞って身体を動かしてみる。重くて、怠くて、まるで自分の身体じゃないみたいだ。

だが、このような経験が全く無い訳じゃない。これ程苦しくは無いが、部活で限界までハードトレーニングした後や試合で消耗しきった時、この状態に近い感じになった事がある。

仰向けでは身体を起す力が足りない。俺は苦労してうつ伏せの状態になると、両腕を使って身体を引き起こした。そして、周りを確かめてみる。

俺の周りでは、クラスメイト達が布のような物を身体に掛けられて、俺と同じように床に寝かされていた。良く見ると、胸のあたりがゆっくり上下している。

良かった。生きてる。


俺は床を這い進むと、石材で出来た壁に背中を預けて座り込んだ。

あれから俺達はどうなったんだろう。記憶が曖昧だ。思考も上手く働かない。

ココは何処なんだろう。俺達は助かったのだろうか。考えが纏まらない。もどかしい。


視線を上げると、部屋の壁に扉のような物が見えた。

すると、俺の耳に足音のような音が聞こえてきて、まるで俺が目を覚ますのを見計らったようなタイミングでその扉が開いた。


「*qdjm;**vd。」



俺は驚愕に目を見開いた。

其処には、俺達と同じような姿形をした人間が居たのだ。






















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