第65話

俺が3匹の黒蜘蛛との死闘を制してから1か月の時が流れた。


俺の前には懐かしいファン・ギザの町が、あの時と変わらぬ姿で広がっている。

途轍もなく長かった。1か月もかかって、俺は漸く此処に帰ってきた。

新人の初仕事でこれはおかしいだろ。小学生が初めてのおつかいで日本からベネズエラの国営スーパーまで買い物に行かされるくらいハードだったぜ。

今更だが、一体どんだけ暗黒な就職先なんだか。


あれから俺は、山の中に潜みながら、あの大群から逸れて新しい拠点の近くをウロついていた黒蜘蛛どもを景気良くぶっ殺しまくっていた。

勿論それには理由がある。黒蜘蛛の肉だか皮みたいな体表に近い部位は、始め焼いたり煮たりしてみたが、臭くて固くて食えたものじゃなかった。さらに、黒猪の肉のように叩いてみても左程変化は無かった。だが、河原で加工して作った石刀で丁寧に切れ込みを入れてから一度煮て大量のアクを取り、その後に焼いて食ってみると、此れがなかなか食えなくもない。

更に、黒蜘蛛はどうやら視覚より嗅覚で相手を認識するようで、不意の遭遇と風向きさえ気を付けていれば、俺の方が隠形の能力は高い。

その結果。俺は襲われた怒りの憂さ晴らしと食料調達を兼ねて、連中を見つけ次第狩りまくって居たというワケだ。

因みに、今の俺のパワーなら体感1時間程で摩擦による火起こしができることが分かった。


だが、その黒蜘蛛達との一方的な蜜月も長くは続かなかった。調子に乗った俺があまりに連中を殺りまくったせいで、奴らの警戒心が異常にハネ上がり、さらには偽装された俺の拠点の周囲を取り囲んで、俺を討伐する動きを見せ始めたのだ。

俺は間一髪で黒蜘蛛に包囲されそうだった拠点の山を脱出。そのうち何処か街道にぶつかるであろう東の方角に向かってひたすら歩き続けた。


幸いにも、丸二日歩いたところで、俺はショボいどこぞの街道にぶつかった。その後は勘だけを頼りに適当に街道を歩き続けたのだが、漸く出会った行商人と思しき荷鳥車の通行人に道を尋ねようと話しかけると、山賊と間違えられて護衛の男にいきなり斬りかかられた。どうにか男を制圧した俺は、此方の事情を説明して斬りかかってきた訳を聞くと、こんな辺鄙な街道を単独で歩いて居るボロボロの身なりの人間など、ロクでもない不逞の輩くらいしか居ないかららしい。失礼な。


その後、行商人からどうにか道を聞くことが出来たが、どうやら俺はファン・ギザとはまるで反対方向に向かっていたらしい。なんてこった。

俺は急遽Uターンして、さらに何度か道を間違えながらどうにか此処まで旅をしてきた。

因みに、俺の懐にはもしもの為の銀貨が縫い込んであったが、道を教えてくれた行商人には渡さなかった。お礼も適当に言っておいた。本当は礼どころか、いきなり斬りかかって来た連中なんぞタコ殴りにして情報を吐かせるトコロなんだが、それじゃ本当に山賊と変わらん。それはどうにか我慢した。


俺はファン・ギザの町の南の検問まで辿り着くと、一般の入門手続きの列に並んだ。何か出門の手続きの方に以前は見られなかった長い行列が出来ているが、今回の戦争と関係があるんだろうか。どうせロクな結果になってないだろうからな。


暫く待ち続けて漸く順番が回ってくると、俺は微かに記憶にある厳つい顔をした衛兵に、貰って即ベコベコにヘコんで表面がズタズタになったこの町の狩人ギルドの認識票を差し出した。

ズタズタのボロボロになって血液や泥などで全身塗装された服。ベッコベコになった身分証。傷だらけでちょっと曲がった槍。衛兵は始め、今にも槍を突き出してきそうな胡散臭そうな顔で俺を見ていたが、俺が事情を説明すると滅茶苦茶同情して、直ぐに手続きをしてくれた。俺は戦争の詳しい結果を聞いてみたかったのだが、衛兵のおっさんが忙しそうなので止めておいた。詳細はギルドで聞けば良いだろう。



ギルドに向かって街を歩いていると、座り込む物乞いも目を剥く俺の悲惨な外見はちょっと人目を引いて恥ずかしい。先に森の拠点に行って一張羅の毛皮の服か予備の平服を着てくるべきだったか。俺は出来るだけ目立たないように縮こまりながら足早に歩いた。

歩きながら周りを観察すると、予想はしていたが、町の雰囲気はちょっとしたお通夜状態である。やはり遠征は悲惨な結末になったんだろうな。俺は暗い気分になった。


懐かしい狩人ギルドの建物に到着すると、俺はそのままズカズカと中に入った。


俺がギルドの受付カウンターの前に行くと、丁度人事担当のおばちゃん職員が近くに居たので声を掛けてみた。


「おばちゃん 10級の加藤だ 今 依頼から帰還した。」


「・・・・。」


「おばちゃん?」


「あ、カ、カ、カトゥーさん。生きておられたんですね。良かった。てっきり亡くなっているのかと・・。」

おばちゃんはたっぷり10秒ほど目を見開いてフリーズしていたが、絞り出すように声を出した。生きていた事にも驚いただろうが、俺のヤバすぎる外見を見てフリーズした可能性も否めない。


「どうにか 生き延びた。其れよりも・・。」

俺はおばちゃんにあれからカニバル王国の遠征軍がどうなったのかを聞いてみた。その結果、黒蜘蛛の大群に襲われた主力の軍勢が辿った悲惨な末路が分かった。


あれから遠征軍の主力とは一切の連絡が途絶。

数日後、俺達が居た後方の補給基地に、ズタボロになった主力部隊の生き残りが、まるで地球で言う所の地獄の亡者のような悲惨な状態で現れたらしい。

そして、今回の遠征の主力部隊約1万の軍勢のうち、どうにか生還できたのは、後方に待機していた無傷の200名を含めて僅か600名足らず。その内100名程は帰還後に深い戦傷が元で死亡したらしい。


うげええ殆ど全滅じゃねえか。結果は俺の想像以上に酷かった。そして、補給部隊を指揮していたバルガさんも未帰還だそうだ。


そして今回、主力の指揮をしていたカニバルの王太子である第一王子も未帰還。只し、国境近くの砦で主力と切り離された別動隊は、急報を受けて急遽転進、ほぼ無傷で帰還したそうだ。


そして・・・後方支援の狩人部隊は、俺と後方の補給基地に居た10名余りを除いて全員未帰還だそうだ。


・・・そうか。あいつら駄目だったか。

俺は暫しの間、あの3人とバルガさんの魂に黙とうを捧げた。




おばちゃんの話では、俺は完全に死んだものとして手続き済だったらしい。まあ無理も無いか。当時の戦場の状況については、既に帰還兵達からギルドに情報が入っているようだ。


「あのアルゲアの大群は あの化け物が 率いてたと思う。あいつは 魔物領域の奴 なのか?」

俺はおばちゃんに訊ねた


「まだ未確定ですが、情報を精査した限りでは恐らくは。」

おばちゃんは深刻な顔で答えてくれた。


「魔物領域の 魔物は 人間領域には来ないんじゃ なかったのか?」

あの時の余りに理不尽な状況を思い出して、思わず俺は問い正した。


「絶対に来ないとは言い切れません。過去の事例を参照しても、人間領域に強力な魔物が現れたケースは稀にあります。」


「どんな理由で 現れたんだ?」


「魔物の思考など我々には知る術は殆どありません。或いは、明確な理由など無いのかもしれません。例えば、フラリと散歩していたところに偶然大量の人間の血の臭いを感じて近付いたのかも。」


「・・・・・そうか。」

想像でしか無いが、そりゃあんまりな理由だ。だが、激しい弱肉強食が当たり前な魔物領域であれば、案外そんなものかもしれない。どんな一方的な理不尽も、暴虐も、殺戮も、捕食も。身に降りかかるのは弱いから。弱い方が悪いのだ。魔物領域のシンプルな世界では、弱さは悪なのだ。人間の作った身勝手なルールなど、あの化け物はあらゆる意味で歯牙にもかけないだろう。


俺はおばちゃんに残りの報酬を貰った。状況を鑑みて、俺への依頼は完遂扱いにしてくれたようだ。


「カトゥーさんに指名依頼はありませんが、次の依頼の受注はどうしますか?」

おばちゃんが聞いてきた。おいおい。こんな状況で普通は次の依頼を見る気にはならんだろう。それに・・・


「俺は この町を離れようと 考えている。」

元々俺はこの町を去るつもりだったんだからな。とんでもねえ回り道をさせられたが、今度こそ次の目標に向かって進みたい。このまま此処に留まって、また指名なんてされたら溜まったもんじゃないしな。


「そうですか。カトゥーさんがこの町から去ってしまうのは、当ギルドとしては非常に残念です。あと、町から出た後は身辺にお気をつけ下さい。」

おばちゃんが何やら忠告してきた。


理由を聞いてみると、今この国の周辺は非常にキナ臭い状況になっているからだそうだ。先日の遠征で、相手国の主力の軍勢もカニバル王国と同じように壊滅。その後、速攻で周辺国から攻め寄せられてあっさりと滅亡したらしい。

更には、主力を失って大混乱のカニバル王国を狙って、他の周辺国からすでにこの国に向かって侵略の軍勢が進軍して来ているとの情報もあるらしい。

おいおいなんつうスピード感だよ。流石この辺の都市国家は年中殺し合いしてるだけの事はあるよ。

俺が南門で見た行列は、この町から疎開しようとする連中だろうか。此処はカニバルの中じゃ結構デカい町だしな。


ギルドの連中が落ち着いているのは、例え支配者がすげ変わっても、余程の暴君でもない限り大して変わることは無いと高を括っているからか。その内手痛いしっぺ返しを食らわなきゃいいがな。


俺は礼を言ってギルドから出ると、その後馴染みの安宿に立ち寄って、世話になった宿屋の親父に帰還の挨拶と、この町から去ることを告げた。ゾルゲ?どこに居るのか知らねえよ。


そして、当然のように北門で揉めた後、俺は久しぶりに森の拠点に帰還した。そこで隠しておいた弓などの状態をチェックして、旅の荷物を背負い籠に纏めていく。今着ているズタボロの服は、どうしようもないので捨てた。予め予備の服を仕立てて置いて良かった。だが、旅の間は馴染んだ毛皮スタイルで行こう。腰蓑は流石にマズイ気がするから止めておくが。

結局拠点は完成しなかったが仕方ない。どうせすぐに出立するから特に修繕もしない。

荷物を纏め終わると、俺は以前丹精込めて拵えた巨大な丸太剣をガンガン振って、回復魔法でスッキリしてから就寝した。



翌朝。俺は北門から再び町に入り、そのまま南門の方へ向かう。次の目的地は街道を南下して行くのだ。この時間ならまだ出門の行列も長くは無いだろう。

そして、南門で順番を待つこと約1時間。俺は手続き担当の守衛にベッコベコの身分証を差し出した。ギルドでは新しいのに交換はしてはくれなかった。しかも滅茶苦茶怒られた。腹が立つし、何よりケチくせぇ。

毛皮の服と背中の巨大な丸太剣、ベッコベコの身分証を見た衛兵は胡散臭そうな顔をしたが、俺の事を知っていたのか、特に何も言わず手続きをしてくれた。



さて。

町を出た俺は、綺麗に晴れ渡った空を見上げた。

地上はこんなにもキナ臭いのに、空は綺麗なモンだな。

次の目的地は迷宮群棲国だ。情報を集めた限りではとんでもない噂には事欠かない国だが、果たして何が待ち受けている事やら。


だが、この胸の高鳴りは地球じゃ絶対に味わえないものだ。

こんな気持ちを味わえるのなら、このハードな異界も悪くないのかもな。





そして俺は、胸躍る新天地に向けて足を踏み出した。

















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