第30話

俺の新しい住居は、集落の片隅に建てられることになった。俺は独りで拠点を建設するつもりであったが、なんと集落総出で俺の家の建設を手伝ってくれた。独居用のこじんまりした竪穴式住居の為、建造はみるみるうちに進んでいく。


作業の手伝いをしながら俺は少々罪悪感に駆られていた。俺は近い将来、この集落を去るつもりだ。俺には目的があるし、この世界でやりたいこともある。

ただ今の俺には何もかもが足りない。言葉を覚えなければならないし、魔法の鍛錬もある。あと、最低限自分の力だけで自活して生き延びる力を身に付けねば。俺にはまだまだ知識も力も足りない。だが、その目途が付けば俺は此処を出ていくだろう。この集落は腰掛に過ぎない。だからあまり俺に良くしないで欲しい。


新しい住居はその日のうちに完成したので、俺は山の拠点から荷物を背負い籠に入れて運び入れた。元々大した荷物は無いので、引っ越しはあっという間に終わった。

集落の連中は背負い籠を見ると興味津々で欲しがった。いやあげないから。これ作るの大変だったんだぞ。作り方教えるから自分で作れ。




俺が集落に移り住んでから2週間が過ぎた。今、俺は少々問題を抱えている。

独りで山の中に居たときに比べて自由な時間が極端に少なくなってしまったのである。昼間は他の狩人と一緒に狩りに出なくてはならないし、獲物を解体したり、集落の傷んだ住居の修理をしたり、道具の手入れをしたり、集落内の清掃をしたり、周囲の柵の補修をしたり何かと忙しいのだ。

日没後は回復魔法の鍛錬に充てているのだが、早く寝ないと次の日の狩りまでに疲労が抜けない。何をするにも時間が足りない。


ただし、良くなった点もある。山で命を預け合う狩人仲間とはすぐに打ち解けた。この集落では3人1組のチームで狩りを行う。当分の間、俺と組むのは一人はアルクでもう一人はもう見るからにベテランのゼネスさんだ。ゼネスさんは小柄ではあるが、濃い髭の顔には深い皺と傷が刻まれており、目つきは超鋭い。つうか怖い。ところが、寡黙で見た目超怖いゼネスさんは話してみると凄く良い人で、聞くと何でも教えてくれた。もしかしたら鬱陶しいと思ってるかも知れないが、一切表情には出ない。

俺は狩人仲間や集落の人々と積極的にコミュニケーションと取りまくっているため、言語の習得は非常に捗ってる・・・と思いたい。

また、パイセン狩人達からは様々な事を学んでいる。追跡の仕方、罠の作り方、食える木の実や茸、傷に効く野草、近隣の野生動物たち、そして本当に居るんだな・・魔物。言葉の表現としては悪い奴ら、怖い奴らという表現なのだが、普通の野生動物と明確に区別してるから魔物てことで良いだろう。勝手に決めた。黒猪はやはり魔物の一種のようだ。あの凶暴さは普通じゃないからな。

そして他の住人達からこの集落のことと一般常識など教わってるのだが、こちらは言語の壁が厚く捗っていない。

狩人仲間の言葉は「これは傷に効く」「これは食える」「これは食えない」「これは薬」「これは毒」など端的で分かりやすいが、集落の人々の場合、仕事以外の話だと神だの伝説だの説法だのばかりで何を言ってるのか全然聴き取れん。このままでは、知らずに間違った情報を身に付けてしまったりないだろうか。ちょっと不安だ。


あと、集落の人から俺の為の貫頭衣を貰った。使い古しだが久しぶりに人間らしい見た目になったような気がする。ただし、誠に遺憾ながら機能性は以前の原始人スタイルの方が遥かに上である。そのため、狩りの時はこっちのスタイルで出動することの方が多くなってきた。狩人仲間と並んでると超浮いてるだろうな俺。



夜、俺は住居の床で独り胡坐をかき、精神を集中している。最初は座禅を組んでみたが、足が痺れたのでやめた。

俺の中に流れる不可視の力の流れ。今では集中すればハッキリと感じられる。物凄く不思議な気分で、正直何度感じても滅茶苦茶に高揚する。自分が特別な人間になったような気さえする。俺の身体の中にこんな不可思議なものがあったなんて。

尤も、アニメや漫画で見たような力とはちょっとイメージが違う。ポンと渡されるような、あんなお手軽なモノじゃあない。死に物狂いで藻掻いて、限界まで手を延ばして、ようやく掴み取った感覚である。リアリティの次元が違う。どちらかと言うと部活や道場で必死になって身に付けた技に近いか。他のクラスメイトや大吾の中にも「これ」はあるのだろうか。


その流れは胸の真ん中、つまり心臓あたりにその源泉があり脳、下腹を経由してゆっくり体内を循環している。俺は、頭の中に身体の中心で回転する太極図をイメージしてその流れを加速していく。別にイメージで能力が向上するワケではないのだが、何となく流れを動かすのに馴染む気がするからだ。

そしてその流れを臍の下、丹田に回転、圧縮しながら貯め込んでいく・・。体温が上がったわけでもない。心拍が上がったわけでも筋肉がパンプアップしたわけでもない。身体には表面上は何も変化はない。が、肚の下に熱い不可視のエネルギーが集まっていくのがハッキリ分かる。

集めて、出来る限り小さく練り上げた熱い「力」を丁寧に腕の先まで流していく。力の循環の流れに乗せて、血流のように流していくイメージだ。そして、腕から手先まで到達した力を優しく握る。豆腐を掴むように。生まれたばかりの小鳥の雛を包むように。力を決して手放すな。

そして俺は力を変質させていく。ビタがやっていた感覚をなぞる。すると、水と片栗粉を混ぜた時のような感覚で、朧気で今にも気化霧散しそうな力の質が粘性を帯びて変質してゆく。

俺の手がゆっくり光り始めた。ビタと比べればまだ弱い光。そっと足に手を添えて、力を優しく浸透させてゆく。昼間、山中を歩き回った脚の疲労がゆっくり溶けていくのを感じる。


「凄えな。」

自分自身の事なのに、思わず口ずさんでしまった。俺の手、発光しちゃってるし。地球でやったら完全に超能力者だよ。日本の家族にこの事を言っても誰も信じてくれないだろう。

俺はこの力を掌握し、もっともっと強くしたい。そうすれば一歩間違えるだけで直ぐにあの世行きなこの世界で、もしかすると怪我も疲労も怖くなくなるかも知れない。それに・・・恥ずかしながら俺も唯の人。承認欲求とかもある。ただし、そこは慎重に見定めないと、承認どころか即死級のトラブルになりかねん。少なくとも日本でこんなの人に見せたらとんでもない大騒ぎだよ。




___そして、季節は本格的に冬になった。


異世界の日本では冬は狩猟のシーズンだが、この世界のこの地域の場合、冬になると獲物が冬眠したり、巣穴から中々出てこなくなるそうだ。そのため、獲物が極端に少なくなり、狩人の仕事は多少暇になる。集落でも秋には冬に備えて、干し肉などの保存食が大量に作られる。俺が以前、集落に作り方を伝授した燻製肉は大層評判がよく、集落内の俺の地位は向上した、ような気がする。移住したばかりの頃の俺は浮きに浮きまくってたからな。漸く集落に馴染んできた感がある。


俺は浮いた時間を魔法の鍛錬と、あとビタ親父に許可を貰って独りで山に狩りに出る時間に充てた。なぜなら、他の狩人仲間と一緒に狩りをしていると、確かに効率は良いし色々学べるのは嬉しいのだが・・・正直、俺の野生の感覚が鈍る気がするからだ。あと、隠形の技術も温い環境では錆び付いてしまうような気がする。これはちょっとした恐怖であった。死に物狂いで磨いてきた技術が錆び付いてゆくなんて冗談じゃねえぞ。


山では誰も見ていないから回復魔法の鍛錬もできるし一石二鳥だ。俺はクソ寒い山の中で野生動物から身を顰めながら、自傷しては自分で治すという行為を繰り返した。しかも原始人スタイルで。俺の危なさと怪しさが限界を突破しつつあった。





俺の中の力の流れをコントロールする力、練り上げた力を回復力に変性する感覚。これらを地道に磨き続けた結果、俺の回復魔法の能力は少しづつ高まっていった。ただ、気になるのはゲームなどで言うところの、所謂MP的なこの力の総量が良くわからない。判別する方法はあるのだろうか。


それはさておき、予め見込んでおいた段階まで魔法の能力が向上した俺は、遂に動物実験に着手することにした。山で捕まえてきたウサネズミの手足を縛り、猿轡を噛ませてナイフをぶっ刺す。地球の動物愛護団体が見たら発狂しそうな絵面だ。

勿論、俺には動物を虐待して喜ぶなどという危ない趣向は皆無だ。

だが、俺がこの世界で生き抜くためには、この力の把握と向上は必須である。躊躇う気は毛頭なかった。


自分の手足にかけたように、ウサネズミに回復魔法をかけてみる。すると問題なく回復した。ふむ。次は様々なタイプの傷、大きさや深さ、部位あと骨折や欠損。色々と試していこう。俺の顔は完全にマッドな人と化しているだろうな。だがやる。


気が付くと朝になっていた。どうやら気絶していたらしい。

やはり魔法を使い過ぎると重大な副作用があるようだ。思い返してみると、気絶する前は意識が朦朧としてきて身体の倦怠感が凄かった。こういうところは異世界テンプレぽい感じの魔力切れの症状なんだな・・・だがよく思い出してみると、死ぬほど走って体力が尽きた時と症状が大して変わらん気がする。

まあいずれにせよ、限界はあるということだ。山の中では同じことをすればそのまま死んでしまう。気を付けねば。


実験用ウサネズミは、回復が間に合わずお亡くなりになっていた。こいつからは貴重なデータを頂いた。後で美味しくいただこう。大自然の恵みは一片も無駄にはしない。



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