健の目の前には血まみれになって、気力もなくだらりと地面に転がっている薫がいた。

 

 なぜそうなってしまったのかわからない。薫とは親しい関係ではあったはずだ。小学校からの同級生で栄治とともによくつるんでいた少年だった。それなのに、ある日突然栄治は薫をひどくいじめるようになったのだ。


 きっかけは何だったのか。昨日まで仲良かったはずの二人が今日には険悪な雰囲気になってしまっていた。元々気が弱く、なにかと人の顔色を伺うような性格ではあったのだが、それに苛立つような栄治ではなかったはずだ。


 その日以来、栄治はひどく薫にあたるようになった。ただ顔を見るだけで悪態をつき、殴る蹴るの暴行を加えていたのだ。最初は止めていた健であったのだが、気づいたときには止めることをしなくなっていた。だからといって、栄治に加勢するわけでもなく、呆然とみているだけだった。


 薫の視線はいつも助けを求めていた。


 それから目を背けるたびに絶望の顔をみせる薫が脳裏に焼き付いて離れない。


 自分は弱い。


 怖くて仕方なかったのだ。


 もしも庇えば今度は自分にその刃が向けられる。それが怖くてならない。


 やがて栄治の表情が苛立ちから優越感へと変化を遂げる。だれかを傷つけることを心から楽しんでいることに恐怖を感じた。


 だから、止められなかった。


 止めなければならないのに、勝手に栄治を飢えた狼のようにとらえ言い訳して諦めていたのだ。


 それからどうなったのかはわからない。


 それからしばらくして健は上京した。それ以来栄治たちとは会っていないためだ。


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