第八章 “欲望の二人目”賀茂カズマ

第301話 初めて、名前で

「クク……少々待たせたてしまったな、“望月ヨーヘイ”」

「はは……最高のタイミングで来やがって……まるで主人公気取りかよ……!」


 俺達の目の前に現れたのは、あのメイザース学園との戦いを経て心を通わせた、先輩……藤堂サクヤに次ぐ強さを誇る、作られた・・・・精霊ガイスト使い。


 ――アレイスター学園の制服を着た、“中条シド”だった。


「というか、まさかこんなに早く来てくれるなんて思いもよらなかったぞ!」


 俺は中条に駆け寄り、その背中をバシン、と叩いた。


「クク……まあ、その辺りは上手くやった・・・・・・

「そうか……」


 中条は曖昧に答えたが、理由を知っている・・・・・・・・俺は思わず眉根を寄せる。

 おそらくコイツは、先輩のお父さんに従属し、かつ、自分の身体を実験台として差し出すことで、あの施設から出ることが認められたんだろう。


『攻略サイト』のキャラ紹介のページにも書いてあったように、人工的に生み出された唯一の精霊ガイスト使いとして。


「クク……全く、そんな顔をするな。貴様は、ただ我を利用すればよいのだ」

「……そんな言い方するなよ」


 微笑みながらそう告げる中条に、俺は唇を噛む。

 そうだ……中条は、俺の頼みに応えるために、こんな自分を犠牲にしてまで来てくれたんだから、俺が負い目を感じるのは当然だ。


「望月くん……か、彼のことについては、その、後で伝えようと思ってはいたんだ……」


 先輩が、申し訳なさそうな表情で話しかける。

 多分、中条がここにいる意味を含めて全て知っていたからこそ、俺に話すことができなかったんだろう。

 この俺を、気遣って。


「はは……大丈夫ですよ、先輩。それに、こんな頼もしい友達・・が加わったんです。“バベル”領域エリアの攻略も含め、全部片づけてしまいましょう!」


 俺は中条の胸をドン、と拳で叩いてそう告げた。


「クク! 任せろ! この我が来たからには、仇なす者はまとめて蹴散らしてくれる!」


 はは、来て早々頼もしい奴だな。


「ふ、ふふ……望月くん、君はそうやって、かつての敵でさえも簡単に懐に入れてしまうのだな……」

「あはは、まさか。俺だって選ぶ権利はありますよ」

「クク……なら、我は貴様に選ばれた・・・・ということか」


 嬉しそうに笑う中条に向かって、俺は力強く頷いた。


「そういや中条は、先輩と同じ学年なんだよな? ということは、俺の先輩になるのか……」


 ウーン……ここまで気安くなったら、今さらコイツのことを“中条先輩”って呼びたくないなあ……。


「クク、今まで通り呼び捨てで構わん」

「はは、そう言ってくれると助かる」


 相変わらず、この中条は妙に器がデカイよなあ……まあ、何も考えてないだけかもしれないけど。


「おっと、早く教室に入らないと遅刻しちまう」

「クク、そうだな。ではサクヤ殿・・・・、行こうではないか!」

「「ハア!?」」


 コイツ! 今、先輩のことを下の名前で呼びやがった!


「オ、オイ中条! いきなり先輩を下の名前で読んだりするなよ! 俺だってまだ・・呼んでないんだぞ! オマケに先輩と一緒に行こうとしやがって!」

「その通りだぞ! だ、大体、私の名前は、まだ・・望月くんにも呼んでもらってないというのに!」


 中条シドの不用意な発言に対し、俺と先輩は憤慨ふんがいした……って!?


「あ、せ、先輩!?」

「あうあうあう!? も、望月くん!?」


 い、今の言葉通りだと、せ、先輩は俺に名前で呼んでほしい、のかな……。

 お、俺としてはぜひとも名前で呼びたいんだけど……。


「クク、親しみを込めて名前で呼ぶのは当然だろう。それに、今日からサクヤ殿とは同じクラスなのだからな」

「「ハアアアアアアアア!?」」


 な、なんで!? どうして先輩と同じクラスになるんだよ!?


「……中条シド、それはお父……学園長からの指示か……?」

「クク……いや、高坂という男がそうした。何でも、サクヤ殿に面倒を見てもらうように、とな」


 コノヤロウ、施設を出ることだけじゃなくて、先輩に近づくことまで条件にしたんじゃないだろうな……?


「そうか……だが中条、貴様に二つ・・だけ言っておく。私のことを二度と名前で呼ぶな! そして、この私の手の届く範囲に近づくな! 分かったな!」

「っ!? な、何故だ……!」


 先輩の言葉に、中条がわなわなと震える。

 だけど、俺からすれば手の届く範囲どころか、先輩の目の前に姿を見せないでほしい。


 だってコイツ、先輩のことが好きなんだもん。つまり、俺の敵だ。

 それはあのメイザース学園との一件の時に呟いたコイツの言葉で把握済みだ。


 俺は、先輩絡みに関しては容赦しないのだ。


「とりあえず、本当に遅刻しそうなので行きましょう。そ、その……“サクヤ”さん……」


 俺は中条にあえて見せつけるために、勇気を振りしぼって名前で呼んでみた、んだけど……急に不安になり、先輩の様子をチラリ、とうかがう。


 すると。


「っ! うん……うん……!」


 先輩……サクヤさんが顔を上気させ、その真紅の瞳に涙をたたえていた。

 そんな先輩が、俺には誰よりも綺麗に見えて……。


「あ……」

「い、行きましょう……」


 先輩の手を握り、スタスタと校舎へと入っていった。


「ク……望月ヨーヘイ……! やはり貴様は、我の最大のライバルだ……!」


 悔しそうに呟く、中条を放ったらかしにして。

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