第286話 小森先輩

「では、行ってくる」


 放課後、先輩は凛とした表情でそう告げると、“カタコンベ”領域エリアの扉をくぐった。


「さあて……となると、最低でも夕方五時までは戻ってこないかー……」

「ソウネ」


 四人を見送ってから俺は伸びをすると、プラーミャが同意しつつ、ちょっと退屈そうな表情を浮かべる。

 まあ、ここでただ待ってるだけってのもつまらないよな。


「でしたら、プラーミャさんと土御門さんも、生徒会の仕事を手伝っていただけませんか? ちょうど、年末の決算に向けて作業をしているところなんです」


 氷室先輩はいいことを思いついたとばかりに、ポン、と両手を合わせた。

 あー……生徒会って、大変だなあ……俺もだけど。


「ホ、もちろん喜んで手伝うのじゃ」

ヤーもいいわヨ」

「ふふ、ありがとうございます」


 土御門さんとプラーミャが二つ返事で引き受けると、氷室先輩が頭を下げる。

 まあ、元々土御門さんはメイザース学園生徒会で会計をしていたんだから慣れたモンだろうし、プラーミャだって基本スペックはサンドラよりも高いんだもんな。


 アレ? ひょっとして、この中で俺が一番役立たず?


「望月さん、行きますよ」

「あ、は、はい」


 氷室先輩に声を掛けられて我に返ると、そそくさと生徒会室へと向かった。


 ◇


「ヨーヘイ! このレシート、日付順に整理しておいテ!」

「望月! サッカー部から活動費の報告がないのじゃ!」


 氷室先輩の指示の下、早速会計の作業に取り掛かってるんだけど、俺はプラーミャと土御門さんにこき使われていた。

 といっても二人共仕事が早くて、俺はこうやって雑用をこなしているほうが役に立てている気がする。


 ということで、俺はプラーミャから受け取ったレシートを日付順に並べて渡すと。


「サッカー部に行ってきます!」


 そう宣言して生徒会室を出た。


「ええと……お、いたいた。すいませーん、生徒会ですけどー」


 グラウンドで練習しているサッカー部を尻目に、俺はベンチにいるマネージャーに声を掛ける。


「……なに?」


 すると、少し目が虚ろな感じの二年のマネージャー、“小森こもりチユキ”先輩が気だるそうに応対してくれた。


「あ、はい。今年の活動費の報告の提出がまだでしたので……」

「ああ……」


 小森先輩はベンチから離れると、部室へと向かう。


「……ついてきて」

「は、はあ……」


 俺は曖昧に返事をして、小森先輩の後をついて行く。

 しかし……コレ、本当に小森先輩なのか?


 というか、小森先輩といったら『ガイスト×レブナント』のヒロインの一人で、その小さな身体に似合わずパワフルで元気ハツラツな性格のはずなのに……。


「ん……」


 部室に着くなり、小森先輩はガサゴソと引き出しを漁った後、活動報告書を……って。


「そのー……何も書かれてないんですけど……」

「っ! それくらい、生徒会のほうで書いてよ!」


 おずおずと声を掛けると、急に小森先輩に怒鳴られてしまった。

 いや、逆ギレ……かとも思ったけど、それにしては様子がおかし過ぎる。


「小森先輩……どうかしたんですか……?」

「! ア、アンタ、なんで私のこと知ってんのよっ!」


 ますますヒートアップした小森先輩は、グイ、と詰め寄ってきた。

 あー……確かに初対面のはずなのに、名前を出したのは迂闊うかつだったなあ……。


「そ、その、生徒会長や副会長に伺っていまして……」

「ウソよ! アンタもアイツ・・・と一緒で、私のことを……っ!?」


 何かを言おうとしたところで、小森先輩は急に口をつぐんだ。

 ……小森先輩、変なことに巻き込まれてたりするんじゃないのか……?


「小森先輩……もしよかったら、生徒会室にきてお話しませんか? うちの会長なら、絶対に小森先輩の力になれると思いま……「ウルサイウルサイウルサイ! いいからもう出てってよ!」……わ!? ちょ!?」


 俺が言い切る前に、小森先輩は俺の身体を無理やり押して部室から追い出すと、扉を閉めて鍵をかけられてしまった。


「先輩! 小森先輩!」


 扉を叩いて呼びかけるけど、小森先輩から返事はない。


「ハア……なんなんだよ……」


 俺は溜息を吐いて頭をくと、その場を離れて生徒会室へと戻った。


 ◇


「……ってことがあったんですよ……」


 生徒会室に戻ると、俺は氷室先輩にさっきの出来事を伝えた。


「……確かに様子が変ですね。私の知る限り、小森さんは活発で真面目な方で、そんなことをするような人じゃないと思うんですが……」

「やっぱり……」


 氷室先輩の言葉で確信する。

 小森先輩は、何か悩みを抱えてるんだと。


 それに。


「……小森先輩、おかしなことを言ったんですよ」

「おかしなこと?」

「はい……実は、『アイツ・・・と一緒で、私のことを』なんて台詞セリフを……」


 そう……確かに小森先輩は言った。

 この言葉の意味から察するに、変な奴に付きまとわれたりしてるんじゃないだろうか。


 だったら。


「分かりました……会長が“カタコンベ”|領域から出てきたらもう一度この話をして、何らかの対策を講じましょう。さすがに見過ごせるような話ではないですし……」

「ですね……」


 俺と氷室先輩は、お互い頷き合った。

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