第236話 中条シドのクラスチェンジ

「うう……!」


 サンドラ達の戦闘も無事終わり、俺は立花へと視線を向けると、何故か立花は膝をつき、苦しそうな表情を浮かべていた。


「立花!?」

「クク……主人公という奴も案外大したことがないと思ったが、それはうちの連中も同じか……」


 中条シドは、身動きが取れない土御門さんと倒れる“GSMOグスモ”職員を眺めながら、苦笑する。


「あう……だ、大丈夫だよ望月くん……ちょっと、油断しちゃっただけ、だから……」


 立花は脂汗を流しながら立ち上がり、俺に笑顔を見せた。

 だけど……どう考えたって大丈夫じゃないだろ……。


「そ、それにしても、オマエの精霊ガイストのスキル……厄介だね……」

「クク、まあな」


 立花の言葉に、中条シドは口の端を持ち上げることで返した。

 だけど、一体どんなスキルで立花は追い込まれたんだ……?


 中条シドの|精霊、[マクスウェル]は、ペストマスクの仮面にマリオネットのような図体をしたスピード型の精霊ガイストで、まるで加隈のようなトリッキーなスキルを駆使して戦うスタイルだ。


 でも、クラスチェンジ前のこの精霊ガイストなら、レベルも七十以上、さらにはクラスチェンジまで果たした立花が苦戦する要素はない。


 それに、そもそも立花が膝をつくようなスキルなんて、[マクスウェル]は持ち合わせていないはず……。


 一体何が……?


「ヨーヘイ」


 声を掛けられて振り向くと、サンドラとプラーミャがいつの間にか俺の後ろにいた。

 おっと、向こうの連中も拘束しておかないと。


「[シン]、頼む」

『ハイなのです』


 [シン]はビシッ、と敬礼ポーズをした後、“GSMOグスモ”職員に呪符を貼り付けて拘束した。


「それデ……ヨーヘイ、ヤー達もアオイのフォローに入ル?」


 プラーミャが心配そうな表情でアオイを眺めながら尋ねる。


「いや……立花のやる気も充分だし、今はまだ様子を見よう」


 俺はそう告げると、視線を立花と中条シドへと戻した。

 それに……立花の奴をここまで追い込んでいる理由も知りたいしな。


「クク……てっきり四人でかかって来るのかと思ったんだけどな」

「まさか。そんな真似したら、立花にブン殴られちまうよ」


 薄笑いを浮かべながらチラリ、とこちらを見た中条シドに、俺は軽口で返す。


「あ、あはは……ボク、望月くんを殴ったりなんかしないよ……?」

「はは、確かに」


 立花の抗議に、俺は苦笑した。

 だけど、俺はお前の実力ってヤツを一番信じてるからな。


 この『ガイスト×レブナント』っていう世界の、不動の主人公を。


 だから。


「立花! そのコソコソと人ん家に土足で上がりこんでくる仮面野郎を、叩きのめしてやれ!」

「うん!」


 立花は翡翠ひすいの瞳に闘志をたたえ、キッ、と中条シドと[マクスウェル]を見据えた。


 そして。


「【チェンジ】!」


 [伏犠ふっき]が幽子の渦に包まれ、その姿を変化させる。

 その幽子の中から現れたのは、当然、クラス代表選考会で俺達を散々苦しめた、あの[女媧]だ。


「あはは! 【渾敦こんとん】! 【檮杌とうごつ】!」


 立花は、【四凶】の魔獣を二体召喚した……って。


「あれ? だけど【渾敦こんとん】は、スキル効果も含めて解除するための魔獣じゃ……」


 そんな疑問を呟いていると、【渾敦こんとん】は[女媧]の周りをぐるぐると走り出す。


「……うん。これで、満足に戦えるよ」


 立花は両手を握ったり開いたりして確認した後、口の端を持ち上げた。

 やっぱりあの[マクスウェル]に、さっき何かを仕掛けられたんだな……?


「へえ……まさかスキルを解除するスキルなんて持っているとは思わなかった。これはますます、あの木崎を問いたださないとな」

「あはは、さっきからオマエ達の口からあの女の名前が出てくるたびに、ボクは不愉快なんだよ! 【檮杌とうごつ】! 行け!」


 [女媧]のそばから放たれた【檮杌とうごつ】は、まさに狂いながら[マクスウェル]へと襲い掛かる。


「クク、【カステン】」


 中条シドがそう告げると、突然、【檮杌とうごつ】を閉じ込めるように半透明の立方体が現れた。


『ギュ……チ、チ……!?』


 その立方体は徐々に縮小していき、そして。


 ――グチュ。


檮杌とうごつ】は立方体の中で無残にも潰れ、幽子に変わった。

 あの立方体が半透明なだけに、見ているコッチからしたら気分のいいモンじゃない。


「あはは……なかなか趣味が悪いスキルだね……」

「クク、そうか? だけど、相手の戦意も喪失できるし、我としてはかなり気に入ってるんだがな」

「へえ、悪趣味な精霊ガイスト使いもいたもんだね!」


 そう言うや否や、[女媧]はレイピアの切っ先を向けながら[マクスウェル]に突進する。

 そのスタイルは、まるでフェンシングでもするかのような構えだった。


「っ! なかなか速いな! 【ツヴァイ・メッサー】」


 [マクスウェル]は両手指を伸ばして手刀を構え、迎撃態勢を取った。


『シッ!』


 [女媧]の一息と共に、レイピアの先端が残像によって無数に広がる。

 コレ……ひょっとしたら[スヴァローグ]の【絨毯じゅうたん爆撃】並みの手数なんじゃないのか!?


「クク!」


 そんな[女媧]の剣捌きを、[マクスウェル]はかろうじて手刀で弾く。

 だけど。


 ――ザシュ。


 均衡はすぐに崩れ、剣先が[マクスウェル]の左肩をえぐった。


う……っ!」

「あはは、心配しなくていいよ。オマエが怪我をしても、ボクが治してあげるから。だから、存分に痛い目に遭ってね」


 痛めた肩を押さえながら顔を歪める中条シドに、立花はニタア、と口の端を三日月のように吊り上げる。

 はは……立花め、相変わらず自分の敵と認定したら容赦ないな……。


「クク……木崎が余計な情報を寄こしたせいで、逆に惑わされる羽目になるとはな……」

「だからさあ、その名前は不快だからヤメロって言ったよね!」


 露骨に顔をしかめ、立花が追撃にかかった。


『シッ!』

「クウッ!」


 このままではマズイと思ったのか、[マクスウェル]は余らず距離を取る。


「甘いよ」

「クソッ! なんだこのデタラメなスピードは!」


 その距離をほんの一踏みで一気に潰した[女媧]は、さらに[マクスウェル]に肉薄すると、パカア、と口を大きく開けた。


「食らえ! 【竜の咆哮】!」

「っっっ!?」


 [女媧]が防御無視の特大の一撃を、超至近距離から放つ。

 当然、[マクスウェル]はそれを躱すことができず。


「『グアアアアアアアアアアアアアッッッ!?』」


 中条シドと[マクスウェル]は、悲鳴を上げてもんどり打った。


「あはははは! これで終わりだよ! 【窮奇きゅうき】!」


 さらに攻撃の手を止めない[女媧]は、最強スキルである【窮奇きゅうき】を放つ……って、さすがにこれはオーバーキルだろ!?


 そして、翼の生えた銀色の虎の口が、まさに[マクスウェル]の頭部にかじりつこうとした、その時。


「ク……クク……もはや出し惜しみそしている場合ではない、か……」


窮奇きゅうき】を前にした中条シドは薄ら笑いを浮かべ、そして。


クラスチェンジ・・・・・・・、開放」


 そう、静かに告げた。

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