第197話 クラス代表選考会 決勝トーナメント③

「よっし!」


 一―二の準決勝の試合も終わり、いよいよ出番となった俺は、気合いを入れるために両頬をパシン、と叩いた。


「それじゃ、行ってくる」

「フフ……エエ、先に首を洗って待っているんですのヨ?」

「そんな激励の仕方アリかよ!?」


 いや、サンドラの言葉も、俺の勝ちを信じてのことだっていうのは分かるんだけど、それでも、なあ……。


「むううううううう! 決勝で望月くんを倒すのはボクだもん!」

「アラアラ? 立花サン、いらしたんですノ?」

「サンドラさんヒドイ!?」


 ハア……とりあえずこの二人は放っておこう。

 俺は向き直ると、対戦相手の中島が待つ舞台へと上がる。


「よろしくな」

「…………………………」


 薄ら笑いを浮かべる中島に、無視されてしまった……。


「それでは、決勝トーナメント準決勝、一―三の第一試合、始め!」

「[シン]、行くぞ!」

『ハイなのです!』


 隣に並び立つ[シン]に声を掛けると、[シン]は力強く頷いた。


「……[プーシュヤンスター]」


 ボソッ、と呟きながら、中島は自身の精霊ガイストである[プーシュヤンスター]を召喚する。

 予選で見た時にも思ったけど、中島の精霊ガイストって、なんかその……うん、怖い。

 いや、だってあの[プーシュヤンスター]、その……顔は美人なんだけど、どこか影があるっていうか……目の下にクマができてるし……。

 オマケに手足が異様に細長いし、まるでズワイガニみたい……あ、今年はカニ食えるかなあ……。


「……考えごとだなんて、余裕だね(ボソッ)」

「っ!?」


 いつの間にか、手をついてまるでクモみたいに接近していた[プーシュヤンスター]は、[シン]に向け、ささやきかけるようにその唇を動かす。


「……【悪夢へのいざない】(ボソッ)」


 ええと……どうやら中島の奴はスキルを発動したみたいなんだけど、声が小さすぎて聞き取れなかった。

 ま、まあ、[シン]に何の変化もないところを見ると、どうやら状態異常系のスキルみたいだし、別にいいか……。


「あー……[シン]、サクッとケリをつけ……って!?」

『すぴー……すぴー……』


 [シン]の奴、立ったまま寝てやがる!?


「そんな馬鹿な! [シン]には【状態異常無効】のスキルがあるんだぞ!?」

「……[プーシュヤンスター]の【悪夢へのいざない】は、状態異常攻撃じゃない。これは、相手の心の奥底に潜む怠惰たいだを増幅させる能力(ボソッ)」


 いや、ボソボソしゃべるくせに、やたらと饒舌だな!?

 というか、怠惰たいだの増幅!?


「そ、それってどういうことだ!?」


 そう叫ぶと、中島はス、と無言で[シン]を指差した。

 見ると……[シン]の奴、まるで朝の寝起きの時みたいに舞台に寝そべってもぞもぞしてやがる!?


「おい[シン]! しっかりしろ!」

『はうー……うるさいのです。[シン]は今、ダラダラしたいのです……』

「[シン]!?」

「……こうなったら、もう手も足も出せない(ボソッ)」


 そう呟くと、[プーシュヤンスター]はここぞとばかりに[シン]の傍に寄ると、その長い腕を振り上げた。


「……終わり(ボソッ)」


 そして、[シン]の身体目がけて勢いよく振り降ろ……『あーモウ! 鬱陶うっとうしいのです! 邪魔するな! なのです!』……って!?


 なんと[シン]は、[プーシュヤンスター]の腕を素早い動きでかわすと、その顔面にペタリ、と呪符を貼り付けた。


『【縛】』

『…………………………!?』


 そのまま[プーシュヤンスター]は動けなくなり、同様に中島も動かなくなった。


『はうはう、これでのんびりできるのです……』


 そう言うと、[シン]は舞台の床にぺとー、とその柔らかい頬っぺたをくっつけた。

 いや、だらけまくってんなあ……。


 だけど。


「……コレ、どうしよう」

「……予想外(ボソッ)」


 俺と中島はお互い顔を見合わせた後、それぞれの精霊ガイストを見やる。

 うん、困ったぞ。困ったけど……仕方ない。


 俺は寝そべる[シン]の傍に行き、その耳元にそっと顔を寄せると。


「あの精霊ガイストを場外に出したら、ルフランのジェラートを食わせてやるぞ」


 ……どうだ?


 ――ピク。


 お、今ちょっとだけ、肩が動いたぞ。


「じゃあ、三つ。これならどうだ?」

『……五つ、なのです』


 [シン]はパーを俺の目の前に突き出し、ポツリ、とそう呟いた。

 チクショウ、足元を見やがって。スキルが解けたら覚えてろよ。


「……分かった、五つで手を打とう」

『はうはうはうはう! 任せるのです!』


 [シン]は急に元気になって[プーシュヤンスター]の足首を持つと、ずるずると引きずっていき、そして。


『えい、なのです』


 ゴロン、と転がして舞台から落とした。


「それまで! 勝者、“望月ヨーヘイ”!」


 勝つには勝ったけど……なんだかなあ……。


「……なあ、とりあえず[プーシュヤンスター]に貼り付けた呪符をがすから、[シン]にかけたスキル、解除してもらっていいか?」

「…………………………」


 身動きの取れない中島は、無言のまま目で合図すると。


『っ !ムフー! 元気百倍なのです! 必殺技ゲージが満タンなのです!』


 今まで床に寝そべっていた[シン]は急にはつらつとして、すごい勢いで飛び上がった。


「あー、[シン]。[プーシュヤンスター]の呪符、すぐに剥がせ」

『はう! 了解なのです!』


 [シン]はビシッ、と敬礼ポーズをすると、すぐさま呪符を剥がす。

 それによって中島も動けるようになり、手をグーパーさせながら感覚を確かめていた。


「はは……最後はしまらない結果になっちまったけど、楽しかったよ。ていうか、【状態異常無効】のスキル効果を無視して精神攻撃するなんて、お前の精霊ガイスト、マジですごいな」


 そう言いながら、俺はス、と右手を差し出した。


「……ありがとう。僕の[プーシュヤンスター]を褒めてくれるなんて思わなかった(ボソッ)」

「ん? いや、普通にすごいだろ。だって、同じ【状態異常無効】を持つ、あの桐崎先輩の[関聖帝君]にだって通用するってことなんだぞ?」

「……キヒッ(ボソッ)」


 ニタア、と口の端を吊り上げた中島は、おずおずと俺の手を取り、今度こそ握手を交わしたけど……ええと、今のは笑ったってことでいいんだよな?


 ま、まあいいか……。

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