第19話 本性

 第六階層以降も、俺と木崎さんは順調に進んで行く。


 というか、木崎さんは既に“グラハム塔”領域エリアの中盤くらいまではソロで行けるだけの実力があるので、今さら俺と[ゴブ美]の動向はもはや不要なんじゃないかと思えてくる。泣きそう。


 と、とはいえ、俺も少しはいいところを見せようと。


「あ、木崎さん。ここは罠が仕掛けられてるから、迂回して進もう」


 と、『まとめサイト』と桐崎先輩からのありがたい情報を惜しみなく披露した。

 いやまあ、こんな第十階層にも満たないような場所の情報なんて、すぐに不要になるだろうけど。


「うふふ、やっぱり望月さんと一緒に来て正解でした」

「え、あ、そ、そう?」


 でも、木崎さんはそんなことでも喜んでくれて、俺はさっきから照れるばかりだ。

 ……彼女だったら、これから先も一緒に領域エリア探索に行ってくれるかな。


 そんな淡い期待を考えながら、さらに進んで行くと。


「……ここが第十階層だよ」

「ここが……」


 とうとう俺の最高到達地点である第十階層にたどり着いた。


「ここから先は幽鬼レブナントも一段強くなっているから、今日の探索はここまで……「【ホーリーインパクト】!」……って、ええ!?」


 そんなことを言っている間に、木崎さんは現れたミニマムオークを一撃で粉砕した。


「やりました! この階層でも私の[グルヴェイグ]は充分通用するみたいです!」

「は、はは、そうだね……」


 チクショウ、[ゴブ美]なんかミニマムオークを倒すのに最低十回以上攻撃しないとけないのに。


「ゴ、[ゴブ美]……俺達はゆっくり強くなろうな……」

『……(コクリ)』


 俺と[ゴブ美]は乾いた笑みを浮かべながら、第十階層で幽鬼レブナントを蹂躙する木崎さんを眺めていた。


 ◇


「さて……それじゃ、今度こそ戻ろうか」

「…………………………」


 俺がそう言うと、木崎さんは少し思いつめたような表情を見せる。


 そして。


「そ、その! もしよろしければ、第十一階層より上も目指しませんか?」

「ハイ!?」


 木崎さんの口から飛び出した言葉に、俺は驚きの声を上げた。


「ダ、ダメダメダメ! さっきも言った通り、俺もまだ第十一階層より先には行ったことがないんだ! 今日はここまでにしよう!」

「で、ですが! この第十階層でも危なげなく攻略できました! 私と望月さんなら、絶対に第十一階層以降も攻略できます!」


 俺は全力で木崎さんの申し出を拒否したが、それでもなお先へ進もうと、彼女は俺に詰め寄る。

 うう……か、顔が近い……。


「ね……?」


 そして、木崎さんは俺の手を強く握ると、潤んだサファイアの瞳で俺を見つめた。

 あ、あれ? ……やっぱり俺、彼女の言葉を拒否できない……。


「わ、分かったよ……」

「ほ、本当ですか?」

「ただし! 危なくなった時点で、その時は今度こそ有無を言わさず引き返すからね!」

「は、はい! ありがとうございます!」

「うああああ!?」


 彼女は突然俺の身体を抱きしめ、俺は思わず変な声を上げてしまった。

 はあ……俺、何やってんだ……。


 ◇


「うふふ、まさかこんなところまで来れるなんて、思ってもいませんでした……」

「は、はは……」


 結局俺達は、第十一階層どころか第二十階層も踏破し、次の階層へと向かう階段の前までたどり着いてしまった。

 いや、もちろん『まとめサイト』の情報を駆使して、最も危険が少ないルートを選びながら来たっていうのもあるけど、それにしても……。


 俺はチラリ、と木崎さんを見る。


「~~♪」


 鼻歌を漏らしながらご機嫌な様子の木崎さん。

 ハッキリ言って、ここ第二十階層までに現れた幽鬼レブナントも、彼女の相手ではなかった。

 これが、メインヒロインとクソザコモブの差、なのか……。


『……(ギュ)』


 すると、[ゴブ美]が俺にしがみつきながら、無理やり笑顔を作った。

 はあ……全く俺は……。


「……そうだな。俺達は、こっから強くなるんだもんな」


 俺は[ゴブ美]の頭を優しく撫でてやると、[ゴブ美]も嬉しそうに頬ずりした。


「っ……望月さん、では次の階層に向かいましょう!」

「え……? あ、うん……」


 木崎さんが元気な声でさらに先へと俺達を促したので、俺は少し戸惑いながら、あいまいな返事をした。

 だけど……木崎さん、今俺達を見て顔をしかめてなかったか?


「うふふ♪」


 ……ま、気のせいか。


「じゃあ、今まで通り俺達が先に階段を昇って第二十一階層の様子をうかがうから、木崎さんは合図をしたら来て」

「分かりました」


 ということで、俺と[ゴブ美]は階段を昇って第二十一階層へとたどり着く。

 俺達は木崎さんに比べたら圧倒的に弱いけど、それでも敏捷のステータスだけは今やクラスでも一番……のはず。

 なら、せめて斥候の役目くらいは……「【レイバースト】!」……っ!? ナニイッ!?


 ――ドオオオオンンン……!


 背後から木崎さんの魔法を唱える声と、激しい衝撃音が響き渡った。


「き、木崎さん!? 大丈夫か!?」


 俺は慌てて階段を駆け下りると……階段がふさがっている!?


「木崎さん! 木崎さん!?」


 俺は瓦礫がれきの向こうに向かって必死に叫ぶ。

 クソッ! 俺が彼女の強さを過信しないでもっと気をかけていれば……!


 その時。


「うふふ……」

「っ! 木崎さん! 無事だったか!」


 彼女の笑い声が聞こえ、俺はホッと胸を撫で下ろす。

 よかった……彼女が無事で……。


 その時。


「アハハハハ! 本当に馬鹿ですね! お人好しというか、何も考えていないというか!」

「え……き、木崎さん……?」


 突然高笑いをする彼女に、俺は戸惑ってしまう。


「アハハハハ……ハア、あなたのおかげでスムーズに第二十階層まで来れましたし、そのことについては感謝しますよ? まあ、第十階層までしか行ったことがないと言っておきながら、ここ第二十階層まで詳細に知っていた……つまり、この私を騙したのは許せませんが」

「は!? え、ど、どういうこと……!?」


 もう何がなんだか、訳が分からない……。

 一体、彼女は何を言ってるんだ……!?


「馬鹿なあなたに簡潔かつ丁寧に説明して差し上げますね。あなたがあの桐崎先輩と一緒に“グラハム塔”領域エリアに一緒に攻略していることを知って、利用しようと思ったんです」

「っ!?」


 木崎さんから放たれた言葉に、俺は衝撃のあまり息を飲んだ。


「案の定あなたはこの領域エリアを難なく進んで行きました。そんなすばしっこいだけの、醜く弱い精霊ガイストで。まあ、それもあの桐崎先輩に攻略法を教えてもらったからでしょうけど」

「…………………………」

「そしてそれは、あなたが行ったことがないからとかたくなに嫌がった第十一階層以降も同じでした。まあ、そのおかげで一学期中に攻略する予定の第二十階層まで来れましたけど」


 はは……そっか、つまり彼女は、第二十階層までを攻略するために俺を利用して……。


「……じゃあ、この階段をふさいだのも」

「うふふ、私ですよ」

「どうして……」

「正直言いますと、あなたがキモチワルイんですよ。私が周囲の目を気にして何も言えないことをいいことに、ジロジロと……オマケに、ちょっと優しい言葉をかけただけで勘違いして」


 そう言うと、彼女……木崎セシルは舌打ちした。


「まあ? あなたが休日に“グラハム塔”領域エリアに来ていることはみんな知っていますし、仮にここで不慮の事故があって、大怪我……最悪死んでしまったとしても、仕方ないと思いませんか?」

「っ! テメエ!」


 俺は瓦礫に向かって思わず叫んだ。

 チクショウ! 俺はまんまとこのクソ女に利用されて、オマケにめられて……!


「うふふ……生きてここから出られたらいいですね? まあ、仮に生きて出られたとしても、もうこの学園にいられないでしょうけど。だって……あなた、クソザコモブ・・・・・・ですもの。では、ごきげんよう」


 その言葉を最後に、もう……瓦礫の向こうから声が聞こえることはなかった。

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