最終章 《悪戯》

先ほどとは違い、今度は黒蟷螂の方も攻撃を警戒していたのか別方向から放たれる矢を4つの鎌を動かして切り裂く。この時にテンは黒蟷螂の両目の動きを捉え、やはり複眼のせいでどんな攻撃を仕掛けても対処されてしまう。



(厄介だね、あの複眼を何とかしないとまともに攻撃を当てる事もできない……)



テンは昆虫種の複眼をどうにかしない限りは勝ち目はないと判断し、複眼を打ち破る方法を考える。理想を言えばエリナの魔弓術でどうにか黒蟷螂の両目、あるいは片目を射抜く事ができればいいのだが、生憎とエリナの腕では完全な魔弓術の再現はできない。



「すいません、団長……あと1本でエリナさんから貰った矢はなくなります」

「つまり、次の1発を外せば終わりかい」

「本当に面目ないです……」



エリナから受け取った矢は1本しかなくなり、この1本を撃ち込めばもう魔弓術はできない。テンは考えた末に最後の1本をどう使うべきか考える。


無暗に矢を撃ち込んでも黒蟷螂には通用せず、この最後の矢が勝負の決め手になると考えたテンは真剣な表情で黒蟷螂の様子を伺う。その表情を見た他の仲間達は安心感を抱く。



(このテンの表情……懐かしいな)

(どんなに追い詰められた時でも、この顔を浮かべたテンが傍に居る時は安心できます)

(王妃様と全然顔が違うのに……似てる気がする)



亡くなった王妃ジャンヌも追い詰められたとき、今のテンと同じような表情を浮かべる。追い詰められたときにこそ真価を発揮するのがテンとジャンヌであり、そんな2人だからこそ聖女騎士団の団長を務める事ができた。


ジャンヌが亡くなった後にテンが聖女騎士団を引き継げた理由、それは彼女がジャンヌと同じように逆境に追い込まれる程に冷静になり、希望を捨てずに最後まで戦うからである。普通の人間が諦める状況でもテンは心が折れず、最後まで諦めずに抗う。




(――見えた!!あたし達の勝ち筋が!!)




追い詰められた状況の中でもテンは自分達が黒蟷螂に勝利する方法を思いつき、彼女はこの作戦を決行できるのはこの場にいる自分を含めた4人だけだと判断する。テンは作戦を実行するために周囲を見渡し、そして都合がいい物が落ちている事に気付く。



「こいつはいいね、使えそうだ!!」

「テン!?それをどうするつもりですか!?」



テンが拾い上げたのは黒蟷螂との戦闘中、甲板に詰まれていた木箱からこぼれ落ちた魔石だった。この魔石は飛行船に搭載された風属性の魔石を取り換えるための代物であり、彼女は風属性の魔石を取り出すとルナに声をかけた。



「なつかしいね、こいつは……ルナ、覚えてるかい?こいつを使って昔よく悪戯してただろ?」

「い、悪戯?」

「ほら、あんたがよく逃げる時に使ってたやつだよ……ごにょごにょっ」

「ああ、あれの事か!!」



ルナはテンの言葉に思い出したような声を上げ、2人は風属性の魔石を手にするとにやけた表情を浮かべる。その顔を見て他の者たちは戸惑う中、テンは周囲を見渡して夜が訪れた時に船を照らすための松明に目を付ける。



「こいつも使えそうだね、これなら戦えるよ」

「テン?松明なんかどうするつもりだ?」

「いいから聞きな……これがあたし達の作戦だ」



テンはエリナを含めた4人を集めると、自分の考えた作戦を語る。彼女達はその話を聞かされて驚き、本当にそんな作戦をやる気なのかと正気を疑う。しかし、正攻法では黒蟷螂を倒せないのは事実であり、テンを信じて彼女の考えついたを実行する事にした。



「それ、面白そうだな!!ルナは賛成だぞ!!」

「本当に上手くいくのでしょうか……」

「やるしかあるまい……」

「ううっ……ドキドキするっす」

「しっかりしな!!よし、あんた等は下がってな!!」



全員が覚悟を決めるとテンは黒蟷螂の相手をしていた他の女騎士達に声をかけ、彼女達に離れるように指示を出す。テンの指示に女騎士達は驚いて黒蟷螂と距離を取ると、テンは松明と風属性の魔石を握りしめて向かい合う。


アリシアが火打石を取り出して松明に火を灯すと、松明から煙が湧きだす。それを目にした黒蟷螂は警戒するように防御態勢を取ると、テンは松明の煙を見て風属性の魔石を見つめる。



「ルナ、やっちまいな!!」

「おうっ!!」



テンは松明から発生した煙の中に風属性の魔石を放り込むと、それをタイミング良く見計らったルナが戦斧を振りかざす。その結果、松明の煙の中で風属性の魔石が砕け散った瞬間、風圧が発生して煙が広範囲に吹き飛ぶ。



「くぅっ……作戦開始!!」

『了解っ!!』

「キィイッ!?」



風属性の魔石が砕けた結果、松明の煙が広範囲に広がって甲板が煙に覆われる。その結果、複眼を持つ黒蟷螂でさえも視界を封じられてしまう。

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