異伝 《思いもよらぬ展開》
「今、この宿に泊まっている客全員の部屋に私の忠実な配下を送り込んでいるの。私が指を鳴らすだけで奴等は客の首を噛み切るでしょうね」
「や、止めて!!お客さんは関係ないでしょ!?」
「そうね、私もこの宿屋が気に入ってるから手荒な真似はしたくないわ」
「どの口でそんな事を……!!」
アンの脅しにクロエは唇を噛みしめ、彼女がこんな性格だとは思わなかった。アンは一般客を演じていた時は物静かな女性という印象だったが、今は冷酷な悪鬼にしか見えない。
階段の上からアンは全員を見下ろし、この時に彼女が警戒していたのはガロでもゴンザレスでもなく、この場で唯一にまともに戦えるエリナだった。宿屋に泊まる時にアンはエリナの素性を調べ上げ、彼女が聖女騎士団に所属する優秀な団員という事は知っていた。
「そこの貴女、確か聖女騎士団の団員だったわね」
「そ、そうですけど……」
「貴女を殺すと聖女騎士団に目を付けられそうね。だから今ここで殺しはしない……その代わり、私の言う事には従ってもらうわ」
「な、何をさせるつもりっすか!?言っておくけど、エッチな事は駄目ですからね!!」
「私にその気はないわ」
エリナは胸元を隠すとアンは冷たい視線を向け、この手の冗談は彼女は好きではなかった。改めてアンはガロとゴンザレスに視線を向け、この二人も放置しておくと色々と面倒な事になりそうだと判断してエリナに命じる。
「エリナ、とかいったわね。貴女、そこの二人を始末しなさい」
「な、何だと!?」
「いきなり何を言ってるんですか!?」
「ぐっ……」
とんでもないことを言い出したアンにヒナ達は愕然とするが、そんな彼女達に対してアンは無表情のまま手を伸ばす。彼女が指を鳴らせば宿屋の宿泊客の部屋に待機させた魔獣達が客全員の首を咬み殺す事を思い出させた。
「いい加減に自分達の立場を弁えなさい。貴方達は私には逆らえない……それとも何の罪もない客を犠牲にして私を捕まえるつもりかしら?」
「くっ……」
「ひ、卑怯者!!」
「何と言われようと構わないわ。さあ、その二人を殺しなさい……背中に隠し持っている弓矢でね」
エリナはアンの言葉を聞いて驚愕の表情を浮かべ、実は彼女は普段から背中に折り畳み式の弓矢を隠し持っていた。エリナを調べた時にアンは彼女が隠し武器を所持している事を調べ上げ、自分を密かに狙っていた事も見抜いていた。
「その矢で私を殺そうとしても無駄よ。仮に私が死んだとしても、私の僕は命令を果たす。ここで私を殺しても鼠達は客を殺すわ」
「くっ……」
「さあ、早くその二人を始末しなさい。そうすれば貴方達に危害を加えない、但しその二人は今晩の私の僕の餌になって貰うわ」
「くそがっ……」
ガロとゴンザレスは生かすわけには行かず、彼等を放置すると色々と厄介な事態になりかけないと判断したアンはエリナに殺す様に命じる。エリナ達もアンの正体を知ってしまったが、この白猫亭の経営者と従業員と用心棒である3人を殺すと今後の計画支障をきたす。
アンの目的は白猫亭を裏で占拠し、この場所を拠点に彼女は厄介な冒険者や騎士を始末するつもりだった。討伐隊がグマグ火山に迫っている間、この王都の戦力は大幅に低下しており、アンが動く絶好の好機だった。
「エリナ、貴方がその二人を殺さなければ他の人間が死ぬ」
「そ、そんな事をしても逃げられませんよ!!きっと、あたしの先輩たちがあんたを捕まえるっす!!」
「大丈夫よ。その時は客全員の死体を原型が残らない程にむちゃくちゃにしてあげるわ。そうすれば誰が止まっていたのかも分からくなる……私は変装して名前も帰れば気づかれる事は有り得ない」
「くっ……!!」
ここでエリナが逆らったとしてもアンは白猫亭の全員を殺し、自分だけは逃げ延びる事を伝える。ヒナ達はこの状況を打破する方法を必死に考えるが、誰一人として良案は思いつかない。
(ああ、どうすればいいの!?誰か、誰か助けて……!!)
ヒナは必死に誰かが助けに来てくれることを望むが、そんな奇跡は簡単に起きるはずがない――と思われていたが、ここで思いもよらぬ事態が起きた。唐突に扉が外側からノックされ、聞き覚えのある声が響く。
『すいません!!誰かいますか?』
「えっ!?」
「こ、この声は……」
「……面倒ね」
扉の外から聞こえてきた声にヒナは驚き、この状況で白猫亭に人が訪れた事にアンは忌々し気な表情を浮かべる。ここで誰も出なければ外の人間に怪しまれるが、だからといって受け入れてしまえばこの状況を知られてしまう。
しかし、アンが悩んでいる間にヒナは聞こえてきた声の主の事を考え、どうして彼がここへ来たのかと動揺を隠せない。そして上の階に続く階段に腰かけていたアンは立ち上がり、仕方なく指示を出す。
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