異伝 《魔物使いの脅威》

「ま、魔物使いがこの王都に!?」

「ああ、そうだ……20代後半の女で、赤色の髪の毛をしていた」

「女……」



ヒナはガロとゴンザレスから魔物使いの情報を聞かされ、ここで彼女はテンから聞いていた情報を思い出す。バートンを聖女騎士団が捕縛した際、彼には娘が存在した。そして娘が生きているならば今頃は20代後半ぐらいの女性のはずだった。


髪の毛の色に関しては聞いていないが、状況的に考えてもガロとゴンザレスが見つけた女性がゴノを襲った魔物使いである事は確定している。すぐにヒナはこの情報を他の人間に共有するため、まだ疲れている二人には悪いが羊皮紙とペンを用意して女性の姿を描いてもらう。



「その人の顔を描く事はできる?」

「ちょっとヒナちゃん、その前にこの二人を早く治療しないと……」

「大事な事なの!!お願いだから頑張って!!」

「……分かった」



クロエは二人を一刻も早く薬師の元に連れていくべきだと告げたが、魔物使いの正体を知っているのはこの二人だけであり、この情報を他の人間にも急いで知らせる必要があった。ガロは渡された羊皮紙にペンで似顔絵を書き込み、やがて書き終わると彼女に渡す。



「こんな顔をしていた……」

「これが……!?」

「へえ、上手く書けてますね」

「へっ……こういうのは得意なんだよ」



ガロが描いた似顔絵はアンの特徴を捉えており、エリナは感心したように褒める。しかし、似顔絵を見た瞬間にヒナは顔色を青ざめ、彼女は咄嗟に上の階に続く階段を見上げる。



「に、逃げないと……」

「えっ?」

「ヒナちゃん、急にどうしたの?」

「いいから早く!!全員、外に出て!!」

「ど、どうしたんだ急に?」

「おい、この女の事を知っているのか!?」



ヒナは全員を急かして外に逃げ出そうとすると、ガロが彼女の肩を掴んでアンの事を知っているのかと問い質す。そんな彼の言葉にヒナは顔色を青ざめて上の階を指差す。



「だってこの人、うちに泊まっているお客さんなのよ!!」

「な、何だと!?」

「この宿屋にあの女が……!?」

「あっ……お、思い出したわ。確かにこの人、見た覚えがあるわ!!」

「ええええっ!?」



クロエもヒナに言われて思い出し、ここ最近はこの宿屋に泊まっている客だと思い出す。彼女が訪れたのは丁度ナイがで帰還した日からであり、白猫亭に宿泊している客だった。


金払いがいい客なのでヒナもクロエも顔を覚えており、二人は上の階に彼女の部屋がある事を思い出した。客は夜に外に出向く時は裏口を利用するため、恐らくアンが戻ってきていたとしてもヒナ達は気付いてはいない。



「あ、あの女がこの宿に……くそっ、今度こそ捕まえてやる」

「馬鹿を言わないで!!そんな怪我で何ができるの!?」

「しぃ〜……声がでかいっす。気付かれたらどうするんですか?」



言い争いを始めるガロとヒナにエリナが慌てて口元を塞ぎ、もしも上の階にアンがいるのならば絶対に気付かれてはならない。


アンがこの宿に宿泊しているのであればすぐに他の人間に伝える必要があり、まずは怪我のせいで碌に動けないガロとゴンザレスは当てにできない。エリナも一人だけではアンを確実に確保できる自信はなく、そもそもこの宿には一般人も数多く泊まっている。


一番厄介な事態はアンが宿屋の客を人質に取る事であり、迂闊な真似はできない。しかし、彼女がこの宿屋に宿泊しているのであれば放置はできず、急いで聖女騎士団に報告する必要があった。



「どうにかランファンさん達に報告しないと……」

「エリナちゃん、どうにか出来ないの?」

「いや、あたしは援護専門なので……」

「面白そうな話をしてるわね、私も混ぜて貰ってもいいかしら?」



上の階から声が響き、その声を聞いた途端に全員の顔色が変わる。恐る恐るヒナは階段を振り返ると、そこには上の階から見下ろすアンの姿があった。彼女は段差を椅子代わりに利用して座っており、その肩には白色の鼠を乗せていた。


既にアンがヒナ達の行動に気付いていたらしく、そもそも彼女は宿屋に戻る途中で例の二人組の男に襲われた。まさかガロとゴンザレスがこの宿屋に知り合いがいるとは思いもしなかったが、アンにとっては都合が良かった。



「まさかこんなにも早く再会できるなんてね……私の顔を知られた以上、生かして帰すわけには行かないわ」

「く、くそ女がっ……」

「言葉遣いは気を付けなさい。私がその気になればこの建物に宿泊している客全員を殺す事もできるのよ」

「や、止めなさい!!」



アンの言葉にヒナは顔色を青ざめ、自分の想像する限りの最悪な状況に陥ってしまった。こんな時に限って頼りになるテンやナイは王都を離れており、この状況を覆せる策は思いつかない。

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