異伝 《最強でも風邪は引く》

――夜が明けると雨は止み、甲板に上がったロランはこれからの事を考える。一晩中雨が降り注いだせいで地面がぬかるんでおり、行軍の際は足元に気を付ける必要があった。



「負傷者の具合はどうだ?」

「イリア様によれば全員の傷は既に完治しています。しかし、薬の在庫の方がもう余裕がなく、全員分の回復薬を再び支給するとなるともう回復薬は底を尽きるそうです。新しい薬を作り出すにしても時間が掛かると……」

「そうか……」



飛行船が出発する前に用意していた薬は底を尽きかけ、もしも昨日の様に負傷者を連れて戻ってきても怪我人の治療は不可能だった。新しい薬を作り出すにしても調合に時間が掛かるらしく、それに怪我が治ったといっても疲れは抜けきっていない。


ロランは考えた末に今日一日は騎士達に休息を取らせ、薬の調合を行わせる事にした。時間の余裕はあるため、急いで作戦を遂行する必要はなかった。



「今日一日は休息を取らせる。念のために見張りの数は倍に増やしておけ」

「倍にですか?」

「ああ、例の鼠型の魔獣の件もある……嫌な予感がする」



昨日からロランは嫌な予感を感じ、彼は妙に落ち着かなかった。自分が何か取り返しのつかない失敗をしているのではないかと考え、その不安を拭うために色々と手を打ったが心が落ち着かない。


猛虎騎士団の騎士達はロランの勘が外れた事はない事を知っており、彼が嫌な予感がするのであれば自分達も気を引き締めて行動しなければならないと緩んだ気持ちを引き締める。改めて騎士達は緊張感を抱いて任務を実行しようとすると、甲板の方で騒がしい声が響く。



『ぶえっくしょんっ!!ぶえっくしょんっ!!』

「な、何だ!?」

「あれは……ゴウカ殿では?」



甲板で響いた大声の正体はゴウカだと判明し、彼は派手なくしゃみを何度も上げていた。しかもひどく咳き込んでもいる様子であり、それを見たロランは彼の元へ向かう。



「おい、どうした?」

『ううっ……どうやら風邪を引いたようだな。昨日、雨に打たれたせいかもしれん』

「えっ!?風邪を……!?」

『うむ、今朝から熱っぽくて関節の節々も痛い……医療室で休ませてもらう』

「そ、そうか……気を付けろ」



ロウカは医療室に向かおうと歩き出し、そんな彼を見てロランは大丈夫かと思ったが、ゴウカは船内に下りる階段に向かわずに見当違いの方向へ歩く。



『うっ……いかん、頭が……』

「おい、そっちじゃないぞ!!落ちるぞ!?」

『ぬああっ……!?』



危うく船から落ちそうになったゴウカをロランと側近の騎士達は慌てて身体を掴み、どうにか全員掛かりで彼を医療室へ運び出す――






――診察の結果、ゴウカは風邪を引いた事が判明した。昨日から雨に濡れた甲冑を身に付けて眠ってしまった事が原因らしく、彼は甲冑を脱いで薬を飲んだ後に医療室のベッドに横たわる。



「ううんっ……ボアが1匹、ミノタウロスが2匹」

「そこは羊を数えてください。全く……」

「ぐ、具合はどうだ?」

「これは駄目ですね、絶対安静です。しばらくの間は休ませる必要があります」

「そうか……」



イリアの診察ではゴウカはしばらくはまともに動く事ができず、とても討伐隊に参加できる状態ではない。彼が完全に治るまではどれくらいの時間が掛かるか分からず、これで討伐隊の戦力が減ってしまう。


ナイもまだ目覚めてはおらず、負傷者の方も身体は治ったが疲れが抜けきっていない。ナイとゴウカが不在の状態で討伐隊を派遣すると、戦力面に大きな不安が残る。



「二人ともどれくらいで治るか分かるか?」

「ナイさんの方はもう少ししたら目覚めると思いますよ。ゴウカさんの方は……まあ、1日もあれば大丈夫ですよ」

「うう〜ん……それは吾輩の獲物だぞ……」

「……呑気な奴だ」



眠っている間も他の人間と獲物を奪い合う夢を見ているらしく、そんな彼にロランは呆れるがゴウカの実力は本物だった。彼が居るのといないのでは討伐隊の戦力は大きく異なり、実際に昨日の戦闘でもナイに次いで彼が活躍していた。


昨日の討伐隊の功績は一番がナイ、二番目がゴウカ、三番目がロランである。打ち倒したマグマゴーレムのうち、100体近くはこの3人が倒している。功績としては十分であり、これでロランも堂々と大将軍に復帰できる。


しかし、ロランの目的は自分が功績を上げる事ではなく、任務を遂行する事だった。何としても彼はマグマゴーレムの討伐作戦を成功させるため、イリアに二人の治療を任せて改めて作戦を練り直す。

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