第816話 異形の魔物

「ハマーン、いったい何があった!?お前ほどの男がここまでの大怪我を負うとは……アルト王子と一緒ではなかったのか?」

「うっ……すまぬ、油断していたわけではないが……やはり、冒険者など辞めて大人しく鍛冶師に専念するべきだった」

「アルト王子は!?王子は何処に!?」



ハマーンの治療を行いながらもアッシュとリンはアルトの居場所を尋ねると、ハマーンは苦し気な表情を浮かべながらも指差す。その指先の咆哮は船内に通じる出入口であり、彼はアルトが船内に逃がした事を伝える。



「ま、魔物が現れたんじゃ……儂は不意を突かれ、そいつに片足を奪われた。だが、アルト王子だけは逃がそうと踏ん張ったが……奴め、急に儂に興味を失ったみたいにアルト王子の後を追いかけおった」

「魔物!?それはどんな魔物だ?」

「前にも出会った魔物じゃ……闘技場で儂とそこにいる娘が戦った魔物だとは思うが……」

「まさか……リザードマンがここに!?」



リンはハマーンの言葉と彼の片足が食いちぎられた事からリザードマンに襲われたのかと思うが、リザードマンは既にナイによって倒されたはずであり、死体に関してはリンもハマーンも確認している。


闘技場で管理されていたリザードマンは1体だけのはずであり、そのリザードマンはナイの手で倒されている。それにも関わらずにハマーンはリザードマンに襲われた事にリンとアッシュは顔を合わせる。



「まさか、リザードマンがこの造船所に!?」

「船内に逃げたという事は……いかん、アルト王子の身が危ない!!」

「お前達はすぐにハマーン殿を運び込め!!決して油断はするなよ!!」

「は、はい!!分かりました!!」

「すまぬ……」



負傷したハマーンを同行していた騎士達に預けると、アッシュとリンはアルトの救助のために船内へと駆け込む――






――同時刻、船内の一室にてアルトは冷や汗を流しながら船の倉庫の中に隠れていた。彼は今までにないほど怯え切っており、身体を震わせる。


これまでに命の危機は何度も味わってきたが、それでも信じられる仲間が近くにいたからどうにかなった。しかし、今の彼に頼れる存在は側にはおらず、アルトは倉庫の中に置かれていた空の木箱の中に隠れる。



(できる限り音を立てるな、大丈夫だ……しばらくすれば諦めるはずだ)



希望的観測である事は分かり切っているが、アルトは自分自身を落ち着かせるために空箱の中に隠れる。しかし、倉庫の扉が荒々しく開かれる音が鳴り響き、鳴き声が聞こえてきた。




――シャアアアッ……!!




倉庫内に明らかに人間とは異なる生き物の鳴き声が響き渡り、その音を聞いたアルトは表情を真っ青にした。彼は恐る恐る慎重に音を立てないように空箱の蓋を僅かに開けると、隙間から倉庫内を徘徊する生物の姿を確認する。


暗闇に覆われているので分かりにくいが、アルトは万が一の場合に備えて用意しておいた単眼鏡型の魔道具を取り出す。この魔道具はアルトが開発した試作品であり、名前は「ミエール」と名付けている。


名前は若干ふざけてはいるが、その性能は素晴らしく、暗闇の中でもまるで暗視スコープのように様子を伺う事ができた。但し、試作品なので相手の輪郭しか捉えきれず、詳細は分からない。



(やはり、リザードマンか……いや、だがなんだあの姿は?)



博識なアルトは魔物に関する知識も豊富であり、彼はリザードマンの事も知っていたし、闘技場で戦う姿も確認した事がある。しかし、倉庫内に入り込んだリザードマンは以前にアルトと見かけた時と様子がおかしい。


輪郭を確認した限りではリザードマンと瓜二つだが、いくつか違う点があった。それは額の部分に赤く光り輝く水晶の様な物を取りつけており、しかも酷い死臭を漂わせていた。



(こいつは何なんだ……額に水晶のある魔物なんて聞いた事がないぞ)



火属性の魔石のような水晶を額に埋め込んでいるリザードマンなど見た事がなく、それに酷い死臭を漂わせている事からアルトは相手が本当にリザードマンなのか疑う。しかし、それを確認する前に彼は殺されるかもしれず、大人しく箱の中に身を隠す。


リザードマンは周囲を見渡し、鼻を鳴らす素振りを行う。だが、すぐに鼻の中に血の塊のような物が噴き出し、気に入らなさそうに鳴き声を上げて走り去る。




――シャアアアッ!!




倉庫を出て行った化物の鳴き声を聞いてアルトは安堵するが、ここで彼は疑問を抱いた。リザードマンの嗅覚ならば既にアルトの臭いを嗅ぎ取って居場所を探すのなど簡単にできるはずだが、どうもアルトを探している個体は鼻が利かないらしい。



(いったい何なんだあいつは……いや、今は逃げる事に集中しよう)



化物に見つかる前にアルトは脱出を考えるが、ここで彼は現在の自分がいる場所が船の倉庫である事に気付き、使えそうな道具がないのかを探す。

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