貧弱でも英雄になれますか？

第782話 異様な雰囲気

同時刻、気絶したナイを保護した王国騎士団と黄金級冒険者達も王都の異変に気付く。最初に反応したのはガオウであり、獣人族である彼は普通の人間よりも本能が優れており、嫌な予感を察した。

「うおっ！？な、何だ……！？」

「むっ？ガオウよ、急にどうした？」

「わ、分からねえ……だけど、嫌な予感がする」

「嫌な予感、だと？」

ガオウの言葉にハマーンは首をかしげるが、直後に彼や他の者達もガオウが感じ取った嫌な気配に気付き、表情を険しくさせる。

ここに集まったのは王都内でも優れた武人ばかりであり、彼等は普通の人間よりも感覚が鋭い。だからこそ王都に現れた謎の強大な気配に彼等は冷や汗を流す。

「な、何ですの、この感覚……」

「何が起きている……！？」

「この、気配は……」

「馬鹿な……有り得ん！！」

まるで自分の傍に猛獣が現れたかのような落ち着かない雰囲気にドリスとリンは戸惑い、その一方でアッシュとハマーンだけはこの気配に覚えがあった。

彼等が感じた気配は行方不明となった冒険者の気配とそっくりであり、既に死んだと思われていた男の顔が思い浮かぶ。しかし、どうしてこの状況であの男の顔が浮かぶのかと二人は戸惑う。

「おい、どうした爺さん？」

「この気配は……間違いない、リョフじゃ」

「ああ、私も覚えている……この気配だけは忘れられない」

「リョフ！？それって、大分前に姿を消した黄金級冒険者の事か！？」

リョフという名前が出てきてガオウは驚き、まだ彼が冒険者になる前の時代に存在した黄金級冒険者だった。王国の歴史上でも最強の冒険者として未だに名前だけは伝わっており、彼はあった事はないがその存在だけは知っていた。

ハマーンもアッシュもリョフとは面識があり、彼が現役の頃に出会った時の印象は今でも忘れられない。だからこそ現在感じる気配を間違えるはずがなく、リョフの物であると確信を抱く。

「この気配はリョフで間違いないだろう。だが、どうして今更奴の気配……」

「うむ、それのこの気配の大きさは只事ではないぞ……」

「た、確かに……それに何だか嫌な気配ですわ、殺気立っているというわけではありませんけど、なんだかぞわっとします」

「……ああ、あまり気分は良くないな」

「うっ……」

原因は不明だが、リョフの気配は王都中の何処にいても感じられ、まるで彼が目の前にいるかのような不気味な気配だった。この時に意識を失ってアッシュに抱えられていたナイも反応し、それを見たアッシュはこの気配の中でナイを休ませるのはまずいと判断した。

「すぐに休める場所を探すぞ、まずは彼を回復させなければ……」

「そうですわね、こんな時に回復薬か治癒魔導士がいれば……」

「王城へ向かうのはまずい、宰相の手の者が待ち構えているかもしれない」

「よし、それなら冒険者ギルドへ向かおうぜ！！ここから遠くはないし、あそこなら絶対に薬の予備もあるはずだ！！」

「うむ、それしかあるまい」

冒険者ギルドに向かう事を提案したガオウにハマーンも頷き、緊急時に備えて冒険者ギルドでは大量の回復薬を保管しており、そこに意識を失ったナイや一晩中捕まって体力も残り少ない者達も回復できるはずだった。

まるで傍にいるかのようなリョフの異様な気配を感じながらもアッシュ達は行動を開始した――

――同時刻、リノ王女が匿われている教会の廃墟の元にはゴウカと聖女騎士団が向かい合い、今正に一触即発の雰囲気の中、彼等全員が異様な気配を感じて動きを止めていた。

まるで時間が停止したかのように全員が動かず、その間にリノを抱き寄せていたシノビはいち早く意識を取り戻す。彼は忍者として普通の人間よりも優れた感覚を誇り、こちらに接近する存在を感知する。

(何者だ！？ここへ近付いているのは！？)

リノを守るためにシノビは聖女騎士団とゴウカが戦うのを見計らって逃げようとしていたが、そのゴウカをも上回るかもしれない気配がこちらへ近付いている事を知り、冷や汗が止まらない。それは他の者達も一緒であり、ゴウカと向かい合っていたルナは特に身体を震わせていた。

「な、何だこれ……は、初めてジャンヌと出会った時と一緒だ」

『ほう……これは、驚いたな。これほどの気配、魔物でも発してはいなかったぞ！！』

「いったい何が起きている……！？」

ゴウカは心底嬉しそうな表情を浮かべ、彼の意識は完全に聖女騎士団から新たに現れた気配に移行する。その一方で聖女騎士団も感じ取った気配に嫌な覚えがあり、特に古参の騎士はすぐに気配の正体を察した。

「アリシア、ランファン！！」

「この気配は……まさか！？」

「馬鹿なっ……！！」

レイラ、アリシア、ランファンは気配を感じ取った瞬間に相手の正体を掴み、やがて気配は徐々に強まっていく感覚を覚える。

何者かがこちらへ向かっている事を確信し、聖女騎士団はゴウカを無視して武器を構えると、教会を取り囲む壁を破壊して漆黒の剣士が姿を現す。