第778話 シンの切札

「さあ、大人しく観念して下さい。手荒な真似は私も好きじゃありませんから」

「……勝ち誇るのはまだ早いのではないか?儂と繋がりを持つ人間がどれほどいると思う、その全員の根回しは済んだのか?それは有り得んな、イリアよ。お主の方こそ儂を甘く見ておる」

「この状況でまだそんな事を言える余裕がありますか?」



既にシンの元に兵士が近付き、マホの言葉を聞いて彼等はシンの事を「偽物」だと思い込み、武器を構える。しかし、そんな彼等に対してシンは神妙な表情を浮かべ、やがて笑みを浮かべた。



「……マホ魔導士、それにイシよ。そこにいる小娘はともかく、お主等ならばもう気付いているのではないか?」

「何じゃと……」

「な、何の話だ?」

「愚かな……この顔を良く見よ」



マホとイシはシンの言葉を聞いて訝し気な表情を浮かべるが、この時にシンの顔を見続けてある違和感を抱く。その違和感の正体はすぐに判明し、彼の顔をよく見ると別人だと判明する。



「まさかお主は……」

「気付いたところでもう遅い……さらばだ」

「ま、待て!!何をする気だ!?おい、早く取り押さえろ!!」

「はっ、はい!!」

「覚悟!!」



イシはシンを取り囲む兵士達に指示を出すと、彼等は慌ててシンを抑えつけようとした。だが、そんな彼等に対してシンは笑みを浮かべ、やがて彼の全身から闇属性の魔力が噴き出す。


その光景を見た者達は愕然とするが、すぐにマホはこのままでは危ないと判断し、彼女は杖を構えてシンの周囲に立っている人間を魔法で吹き飛ばす。



「いかん!!離れよ、皆の者!!」

『うわぁあああっ!?』



杖を振り下ろすとマホを含めてシンの周りに立っていた者達が風圧で吹き飛び、直後にシンの肉体は爆散し、闇属性の魔力を含んだ肉片が飛び散る。その光景を確認した者達は驚愕し、一方でイリアはいち早く状況を理解した。



「まさか……死霊人形!?既に入れ替わっていたんですか!!」

「くっ……ぬかった、まさか既に父親の亡骸と入れ替わっていたとは……」

「ぜ、全然気づかなかったぞ……くそっ!!」



既にシンは自分の父親の亡骸と入れ替わり、それを操作して行動していた事が判明していた。シンは父親と瓜二つの容姿をしており、数十年も付き合いがあるマホやイシでさえも気付く事が出来なかった。


宰相の姿をしたシンの父親が爆散した姿を見て他の者達は状況を理解できず、混乱する。その一方で宰相を取り逃がしてしまったマホは悔しがり、イリアも流石に冷や汗を流す。



「まずいですね、この状況で宰相を引き留めれば私達の勝利は確定したのに……」

「イリア、イーシャン!!すぐに国王を目覚めさせる事は出来ぬのか!?」

「い、いや……薬の効果が切れるまで最低でも1日はかかる。それまでの間は何もしない方が……」

「それなら薬の効果を打ち消す薬を作ればいいんですよ!!ほら、猛虎騎士団が訪れる前にちゃっちゃっと作りますよ」

「お、おい!?本気か!?」



イリアはイーシャンを連れて国王の眠りを覚ます気付け薬の製作のために動き、マホは消えたシンを追いかける事にした。しかし、ここで彼女が疑問を抱いたのはシンの父親の死霊人形の言動であった。



(あの死霊人形を操作していたのは恐らくはシャドウのはず……だが、奴が操っていたのならば先ほどまでの言動は全てシャドウだったのか?)



あくまでも死体を操作する能力を持つのシャドウであり、シンは死霊使いではない。それなのにシンの父親はまるでシン同然の言動で他の物を指示していた。


この事から考えらえるとしたらシンは既にシャドウと合流し、彼を通して父親の死体を操って指示を出していた事になる。しかし、マホは自分の推理に完全に納得できず、シンの死骸の一部を見下ろす。



(これはまさか……!?)



マホはシンの死骸をみてある結論を抱くが、冷静に考えれば絶対にあり得ない事である。しかし、それ以外には考えられず、彼女は頭を抑えながら天を仰ぐ。



(シンよ……お主はそこまでしてこの国を自分の一族がする事を望むか)



シンの一族が国のために貢献してきた事は事実であるが、同時に彼等は邪魔者と判断すれば国を治める立場の王族にさえも手を出した。この事から彼等の目的は国を支える事ではなく、裏から国を支配する事ことだと伺える。


シン自身も気づいていない様子だが、彼は国を支える事が出来ない事を恐れたのではなく、自分が国を裏から動かす立場であり続ける事に拘り続けていた様にマホは思えた。大義名分として国を支えると訴え続けた彼だが、実際にしている事は自分達の都合がいいように国を裏から動かし続けていたに過ぎない。


マホはシンの覚悟を感じ入り、やがて訪れであろう猛虎騎士団やシャドウとの決戦は避けられぬのかと考える――

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