第748話 シンの決断

「イリアよ、お主はどうやら個人的にあの少年の事が気に入っている様子だが、これ以上に野放しにしていたら何をやらかすか分からぬ。早急に始末する必要があるな」

「どうしてもですか?あれだけの実力者なんだから、味方に付ければこの国のために働いてくれると思いますよ」

「確かにそれは否定はせん。だが……あの子供は明らかに普通ではない。忌み子として生まれながら力を身に付け、遂には素手でミノタウロスを圧倒する腕力までも身に付けた。あれは普通ではない、間違いなく英雄の器を持つ者だ」

「英雄……」

「ぐっ……こ、ここはっ!?」



シンの言葉にイシは冷や汗を流し、ここで机の上に伏せていたオロカが目を覚ます。彼は周囲を見渡してシンやシャドウが居る事に気付くと、驚愕のあまりに椅子から転げ落ちてしまう。



「うわぁっ!?」

「……お前の言う通り、騒がしい男だな」

『落ち着けよ爺さん、ここで騒ぎ立てるとひっ捕らえられるぞ』

「な、何故貴様等が……そ、そうじゃっ!!お主等、よくもこの儂をっ……!!」



オロカは自分の身に起きた事を思い出し、自分に注射器を打ち込んだイリアとイーシャンに突っかかろうとしたが、その前にシャドウが手を伸ばすと彼の影がオロカへと迫り、身体に纏わりつく。



『落ち着けと言ったのが聞こえなかったのか?』

「うおおっ!?」

「止めよ、シャドウ……この男にはまだ使い道がある」



シャドウの影はまるで蛇のように変化するとオロカの身体に纏わりつき、彼の首筋まで移動する。その結果、オロカは本当に首を絞めつけられたかのような感覚に陥り、必死に助けを乞うように手を伸ばす。


シンの言葉を聞いてシャドウは指を鳴らすと、オロカの身体から影が離れてシンの元へ戻る。オロカは全身から脂汗を流しながら腰を抜かすと、シンに顔を向けて震える。



「ほ、本当に宰相……これまでの出来事はお前の仕業だったのか」

「そういう事じゃ。お主も今までよく働いてくれたな、お主という害悪が存在する事でこの国は発展できた」

「な、何じゃとっ!?」



自分を害悪呼ばわりしたシンに対してオロカは憤るが、流石に相手が宰相となると普段通りの態度は貫けず、シンがその気になれば外に居るはずの兵士や騎士を呼び出していつでもオロカを始末できる。



「国が衰退させない一番の方法は何か分かるか?それは敵を傍に置く事で常に警戒心を高める事だ……闇ギルドという邪悪な存在が居る事でこの国は腑抜けず、邪悪を打倒するために力を身に付けてきた」

「ふ、ふざけるな!!我々を何だと思っている!?」

「言ったであろう、国が衰退しないためのただの道具……お前達はこの国のためによくやってくれた。その点だけは認めよう」

「き、貴様!!」



オロカはシンの見下した態度と言葉に怒りで身体を震わせ、今までの自分達の行動が全てシンの策略なのかと怒りを抱き、彼に突っかかろうとしたが、それをシャドウは引き留めた。



『止めとけ、オロカさんよ。気持ちは分かるが……相手が悪すぎるぜ?』

「くうっ……シャドウ!!貴様もシンの手駒だったのか!?」

『手駒?馬鹿を言うな……俺達は二人で一人だ』

「その通りじゃ……ここにいるシャドウは儂の半身、儂のともいえるべき存在……もう姿を隠す必要はないじゃろう」

「……そうだな」



シャドウは遂に全身を覆い包んでいた闇属性の魔力を消散させると、その真の姿を現した。その姿を見て驚いたのはオロカだけではなく、イーシャンやイリアもここでシャドウがシンと瓜二つの容姿をしている事を知る。



「ば、ば、馬鹿なっ……お主等、まさか!?」

「双子、だったのか……!?」

「これは驚きましたね……」

「そういう事じゃ。儂は表の世界で、そしてシャドウは裏の世界でこの国を支え続けてきた」

「……まあ、これからもよろしく頼むわ」



シンとシャドウが双子である事を自ら明かしたのは彼等が初めてであり、他に彼等の関係を知っている人間は今は亡き「マジク」と、そして「ジャンヌ」だけである。前者の場合はある事情でシンが宰相になる前から知っていたが、ジャンヌに関しては偶然にも知ってしまった。




――かつて王城で起きた事件により、ジャンヌは亡くなった。しかし、彼女は亡くなる直絶にシャドウと接触し、彼の正体を知ってしまう。その事を他の誰にも告げる事も出来ず、彼女は死亡する。




つまり現在でシンとシャドウの関係を知っているのはこの場に存在する人間達だけであり、正体を明かした以上はシンもこれ以上の隠し事は出来ず、彼等とは運命共同体になった事を告げる。



「儂等の秘密を知った以上、もうお主等は裏切る事は許さん。これからも儂等と共にこの国のために働いてもらうぞ」

『――――』



シンの有無を言わさぬ迫力と言葉に室内の人間の誰もが何も言い返せず、黙り込む。

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