第603話 侵入開始
「よし、成功……気づかれていないかな?」
「……今の所、変わった様子はありませんね。あの部屋の近くには犯人はいないんでしょう」
「ナイ殿、こんな物まで持っているとは……もしや、ナイ殿も忍者だったのでござるか?」
「違うよ、ちょっと友達に魔道具職人がいて……いや、話している暇はないから、早く入ろう」
「そうでござるな……では、拙者が窓を開くでござる。ナイ殿、しっかりと固定しておいてくだされ」
クノは鋼線の上に乗り込み、まるで綱渡りのように彼女は移動を行う。普通の綱よりも細い鋼線の上をクノはゆっくりと移動し、その平衡感覚にナイは驚かされる。
「よっ、ほっ、はっ……」
「クノ、凄い……あんな細い鋼線の上を歩けるなんて」
「え、ええ……そうですね」
リンダからすればクノも確かに凄いが、その彼女をナイが左腕から射出した鋼線一本で支えている事も十分に凄い。現在のナイは左腕だけで鋼線を支えており、人間一人を腕一本だけで掲げる腕力にリンダは動揺を隠せない。
以前に戦った時よりもナイは明らかに筋力が強化されており、リンダは今の彼と戦って勝てるのかと思う。彼女と戦った時のナイは王都へ来たばかりであり、火竜、ゴーレムキング、ゴブリンキングという強敵との戦闘を経て彼は強くなっていた。
(この年齢でこれほどの力を身に付けるなんて……お嬢様の言う通りでしたね)
ナイの事はドリスからリンダはよく話を伺っており、前々からドリスはナイの事を気にかけている節があった。バッシュ王子との反魔の盾を賭けた戦いを見た時からドリスはナイの事を気にかけており、何時か自分の騎士団に迎えたいと常々リンダに語っていた。
リンダはナイの実力を改めて思い知り、今の自分でも彼に勝てる保証はない。それと同時にナイがドリスに就けば彼女の夢も敵うかもしれないと思う。
「よし、窓を開いたでござる……御二人とも、中に入っても大丈夫でござるよ」
鋼線を伝ってクノは窓をピッキングで開くと、先に中に入り込み、様子を伺う。他に人間の姿は見当たらず、彼女は二人も中に入るように促す。
この際にナイは剛力を発動させて壁に深く突き刺さったミスリルの刃を引き抜くと、腕鉄鋼に鋼線ごと収納を行う。その後、ナイとリンダは窓に目掛けて跳躍を行う。この際に無音歩行の技能が役立ち、着地の際も音を立てずに侵入する事に成功した。
「よっと……ふうっ、どうにかここまで来たね」
「急ぎましょう、人質を解放しなければ……」
「そうでござるな……拙者が先頭を移動するでござる」
3人は建物の一番上に移動すると、まずは各部屋の確認を行いながら移動を行う。人質にされた3人が何処に捕まっているのかを把握する必要があり、ナイ達は捜索を行う。
残り時間が数分まで迫り、遂に一階まで調べつくしたナイ達は犯人も3人もいない事を把握し、地下の酒場を降りる。すると、そこには縛られているヒナ達と、その前に座り込む男の姿が存在した。
(見てほしいでござる、あの3人がいたでござるよ)
(どうやら無事のようですね、良かった……)
(犯人は……呑気だな、お酒を飲んでるよ)
吸血鬼に操られているはずの男は3人を前にして酒を飲み、この短時間の間にどれだけ飲んだのか数本も空の酒瓶が机の上に転がっていた。
(この状況で酒を飲むとは……余程、肝が座っているのかただの間抜けなのか)
(酔っぱらって逃げ切れないとか考えないのかな……)
(いえ、待ってください……おかしくないですか?)
(ほう、どういう意味でござる?)
リンダは男が酒を飲んでいる事に疑問を抱き、机の上に置かれている酒瓶の数を見てかなりの酒を飲んでいるはずだが、男は特に冷静な様子だった。
(あれほどの酒を飲んでいるというのに男は普通の態度です。それに吸血鬼に噛まれた人間はある種の興奮状態に陥り、冷静ではいられません。なのにあの男は妙に落ち着いています)
(言われてみれば確かに……)
(え?ならどうしてあの人は……)
(もしかしたら……私達は大きな勘違いをしていたのかもしれません)
(勘違い?)
ナイはリンダの言葉に不思議に思い、もう一度男の様子を伺う。この時にナイは観察眼を発動させ、男の顔を確認した。男は顔色が悪く、身体を震わせていた。まるで何かに怯えている表情であり、ここでナイはある事に気付いた。
(あの人……コップを持っていない?)
男の座っている机の上にはからの酒瓶が並んでいるが、酒を注ぐためのコップは彼の手元にはない事に気付き、ここでナイはある事に気付く。それは酒を飲んだのがこの男ではなく、別人がいるという可能性を失念していた。
確かに最初に3人を捕まえた男がいるという話を警備兵から聞かされていたが、男の他に仲間がいて建物の中に隠れている可能性もある。その共犯者は酒を飲み、男に3人の人質を見張らせている可能性が浮上する。
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